【完結】甘えたな子犬系Ωが実は狂犬なんて聞いてない

cyan

文字の大きさ
12 / 34
一章

12.終わりは突然

しおりを挟む
 
 
 クラクラするほどの濃厚なフェロモンの中で、ぐちゃぐちゃな部屋をかき分けながらやっと見つけた。

「はるき……ごめ……」

 そこには俺の服を集めて埋もれる政宗さんがいた。
 これって……巣作りってやつじゃないのか?

「政宗さん、帰ってきたよ。スーパー行ってただけだから」
「置いてかれたのかと……はるき……」

 ポロポロ涙を溢しながら両手を伸ばす政宗さんを抱き上げてギュッと抱きしめた。

「遥希ごめん。部屋、こんなにして」
「後で片付ければ大丈夫ですから」

 こんなことするって、政宗さんってマジで俺のこと好きなのか? 好きじゃなきゃ巣作りなんかしないよな? 集めてるのも俺の服だし。
 え? でも……

「はるき……挿れて……」
「分かりました」

 とりあえず政宗さんを落ち着かせないといけない。キスを繰り返すと、集められた服を退かしてベッドに政宗さんを横たえた。

「はるき……ごめん……」
「大丈夫ですから。勝手に買い物行って、俺の方こそごめんなさい」

「はるき……すき……だいすき……もっときて……」

 やっぱり今回の発情期はかなり症状が重いらしい。政宗さんは涙を浮かべながら何度も俺に好きだと言った。そしてごめんとも何度も言った。


「本当にごめん、遥希。一緒に片付けるから」
「気にしなくて大丈夫ですよ。今回はちょっと症状が重そうですね」
「そう……かもしれない」

 一緒に片付けてくれたけど、政宗さんはずっと申し訳なさそうな顔をしていた。

 最後の日、帰る間際に政宗さんは改まった様子で俺に深く頭を下げた。
「今までありがとう、遥希」
「え?」
「遥希のこと好きになってしまって、だから迷惑をかけた。これ以上迷惑をかけられないから、もうこれっきりにする。ごめん」
「もう、会えないってことですか?」
「そうだな……」
「そう、ですか……」

 俺の目からは一筋の涙が流れた。
 いつだって、終わりは突然だ。
 好きって何度も言っていたのは政宗さんの本当の気持ちだったんだ。

「俺も政宗さんのこと好きでした」
「嬉しいよ。でも、だめだ。遥希ごめんね」

 何がダメなのか分からなかったけど、聞いてはいけないと、ここから先には踏み込むなと線を引かれた気がして聞けなかった。
 想いが通じ合っても報われない恋があるのだと、俺はこのとき初めて知った。

 それからは政宗さんを忘れるためにバイトを無理やり詰め込んだ。料理屋のバイトだけじゃなく、交通整理や土木の単発バイトも入れられるだけ入れた。
 それは夏休みが終わっても続けた。

 講義とバイトばかりで、料理の研究をする暇もなくなった。
 考える時間が苦しくて、考えないで済むように無理に忙しくした。
 もう会えない。もしかしたらという希望も無くなった。期待しなくても僅かな希望だけで生きていけると思っていたのに、それも無くなってしまった。
 会いたくても、俺は政宗さんのことを何も知らない。家も仕事も苗字も知らない。
 初めて夢を話して、応援してくれた人。温かい家を思い出させてくれた人。

「田村くん、大丈夫? 働きすぎなんじゃない?」
「大丈夫です。早く金貯めたいんで」
「そう? 無理はしちゃダメよ」
「はい」
 女将さんにまで心配されて、本当に何をやっているのかと溜め息をつく。それでも、政宗さんを失った苦しさを少しでも忘れるために、ボロボロになるまで働き続けた。


「田村、最近クマ凄いぞ」
「そうか?」
 それほど話したことのない同じゼミの鈴井にまで心配された。
 俺のことをそう知らない奴から見てもヤバイ状態なのだと、その時初めて気付いた。

「見てて心配になる」
「俺のことなんか心配しなくていいよ」
「そんなこと言うなよ。何があった? 話くらい聞くぞ」

 何でそんな親しくもない奴に話をしなければならないのか。何が目的だ? ただのお節介なのか?
 俺は疑いの目で鈴井を見た。

「別に深い意味は無いって。田村と話してみたかっただけ」
「そうか」
「時間あるならカフェテリア行かね?」
「別にいいけど」

 もうどうでもよかった。実家を飛び出してからは、話しかけてくる奴がみんな俺がαだから寄ってきたんじゃないかと不信感しか持てずに、距離を取って友達も作れなかった。
 こいつも俺がαだと知ったら態度を変えるんだろうか? 態度を変えたらやっぱりな、と思える。
 恋とは別の絶望を味わいたかったのかもしれない。

「ふぅ~」
 ゆっくり座ってカップに入ったコーヒーを飲んだのなんていつぶりだろう? バイトの合間に缶コーヒーを飲むことはあっても、コーヒーカップに入ったコーヒーを飲むのは久しぶりだった。

 両思いなら、政宗さんとお揃いのカップなんか使ってみたかったな。
 お揃いのカップを机に並べて、寄り添って座っていたかった。
 バラバラのカップを、これは割り切った関係なんだって示すように並べて、期待してませんとアピールなんてしなきゃよかった。
 いつか終わりは来たんだろうけど、あなたと少しでも長く一緒にいたいから休みを取ったのだと、言えばよかった。
 巣作り、上手くできましたねって、褒めてあげればよかった。
 もう届かない感情ばかりが次々と湧き上がって溺れそうになる。

「なんかストレス溜まってそうだな」
「ストレス、ではない」

 ストレスじゃないんだ。苦くても、その苦味を求めてしまうコーヒーと同じ。苦しくても、何度も思い出してしまう。後悔はあるけど、苦しいだけじゃない。

「そっか。なぁ、同じゼミなんだし連絡先交換しねー?」
「は? そんな親しくないだろ」
「んーこれから親しくなればいいし。今から家くる? 俺んち近いんだよね」

 一番連絡したい人の連絡先は聞けなかったのに、俺は大して親しくもないこいつと連絡先を交換するのか?
 しかもなぜか家に誘われているし。だいたいよく知りもしない奴を家に上げるなんて怖くないのか?
 そんなこと言ったら俺だって見ず知らずの政宗さんを家に上げた。

 親しくもないと思ったけど、名前と歳しか知らない政宗さんより、大学のゼミも同じでフルネームも知っているこいつの方がよほど親しい間柄なのか? と思うと、可笑しくなってきた。

「ははは」
「何だよ。笑うポイントなんて無かったろ?」
 いきなり笑い始めた俺に、鈴井は怪訝な顔を向けた。

「そうだが、悪いな、俺好きな男いるからさ、家行ったり連絡先交換したりはできない」
「そっか。なんだ、俺失恋じゃん」
「は?」
 鈴井が何を言ったのか分からず、俺は固まってしまった。

「田村のこといいなーって思ってた」
「そうだったのか。なんかすまん」
「いや別にいい。いいなーって程度でまだ恋ってほどでもなかったし、ハッキリ言われたら引くしかねーな」
 気軽に連絡先を聞いて、気軽に家に誘える。同じ大学で同じゼミだとそんなに簡単なことなのかと驚いた。俺と政宗さんは、その簡単なことができなかった。できないまま終わってしまった。

「すまん」
「またゼミで会ったら話くらいさせて。友達として」
「分かった」
「じゃあな」

 俺がαだという理由で寄ってきたなら、もっとしつこくしてきたはずだ。あっさり去って行った鈴井の背中を眺めた。
 鈴井は新しい恋を探すために、その歩みを進めたんだ。
 俺も、いつか前に進めるのか?

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!

ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。  そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。  翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。  実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。  楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。  楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。 ※作者の個人的な解釈が含まれています。 ※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。

処理中です...