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一章
12.終わりは突然
しおりを挟むクラクラするほどの濃厚なフェロモンの中で、ぐちゃぐちゃな部屋をかき分けながらやっと見つけた。
「はるき……ごめ……」
そこには俺の服を集めて埋もれる政宗さんがいた。
これって……巣作りってやつじゃないのか?
「政宗さん、帰ってきたよ。スーパー行ってただけだから」
「置いてかれたのかと……はるき……」
ポロポロ涙を溢しながら両手を伸ばす政宗さんを抱き上げてギュッと抱きしめた。
「遥希ごめん。部屋、こんなにして」
「後で片付ければ大丈夫ですから」
こんなことするって、政宗さんってマジで俺のこと好きなのか? 好きじゃなきゃ巣作りなんかしないよな? 集めてるのも俺の服だし。
え? でも……
「はるき……挿れて……」
「分かりました」
とりあえず政宗さんを落ち着かせないといけない。キスを繰り返すと、集められた服を退かしてベッドに政宗さんを横たえた。
「はるき……ごめん……」
「大丈夫ですから。勝手に買い物行って、俺の方こそごめんなさい」
「はるき……すき……だいすき……もっときて……」
やっぱり今回の発情期はかなり症状が重いらしい。政宗さんは涙を浮かべながら何度も俺に好きだと言った。そしてごめんとも何度も言った。
「本当にごめん、遥希。一緒に片付けるから」
「気にしなくて大丈夫ですよ。今回はちょっと症状が重そうですね」
「そう……かもしれない」
一緒に片付けてくれたけど、政宗さんはずっと申し訳なさそうな顔をしていた。
最後の日、帰る間際に政宗さんは改まった様子で俺に深く頭を下げた。
「今までありがとう、遥希」
「え?」
「遥希のこと好きになってしまって、だから迷惑をかけた。これ以上迷惑をかけられないから、もうこれっきりにする。ごめん」
「もう、会えないってことですか?」
「そうだな……」
「そう、ですか……」
俺の目からは一筋の涙が流れた。
いつだって、終わりは突然だ。
好きって何度も言っていたのは政宗さんの本当の気持ちだったんだ。
「俺も政宗さんのこと好きでした」
「嬉しいよ。でも、だめだ。遥希ごめんね」
何がダメなのか分からなかったけど、聞いてはいけないと、ここから先には踏み込むなと線を引かれた気がして聞けなかった。
想いが通じ合っても報われない恋があるのだと、俺はこのとき初めて知った。
それからは政宗さんを忘れるためにバイトを無理やり詰め込んだ。料理屋のバイトだけじゃなく、交通整理や土木の単発バイトも入れられるだけ入れた。
それは夏休みが終わっても続けた。
講義とバイトばかりで、料理の研究をする暇もなくなった。
考える時間が苦しくて、考えないで済むように無理に忙しくした。
もう会えない。もしかしたらという希望も無くなった。期待しなくても僅かな希望だけで生きていけると思っていたのに、それも無くなってしまった。
会いたくても、俺は政宗さんのことを何も知らない。家も仕事も苗字も知らない。
初めて夢を話して、応援してくれた人。温かい家を思い出させてくれた人。
「田村くん、大丈夫? 働きすぎなんじゃない?」
「大丈夫です。早く金貯めたいんで」
「そう? 無理はしちゃダメよ」
「はい」
女将さんにまで心配されて、本当に何をやっているのかと溜め息をつく。それでも、政宗さんを失った苦しさを少しでも忘れるために、ボロボロになるまで働き続けた。
「田村、最近クマ凄いぞ」
「そうか?」
それほど話したことのない同じゼミの鈴井にまで心配された。
俺のことをそう知らない奴から見てもヤバイ状態なのだと、その時初めて気付いた。
「見てて心配になる」
「俺のことなんか心配しなくていいよ」
「そんなこと言うなよ。何があった? 話くらい聞くぞ」
何でそんな親しくもない奴に話をしなければならないのか。何が目的だ? ただのお節介なのか?
俺は疑いの目で鈴井を見た。
「別に深い意味は無いって。田村と話してみたかっただけ」
「そうか」
「時間あるならカフェテリア行かね?」
「別にいいけど」
もうどうでもよかった。実家を飛び出してからは、話しかけてくる奴がみんな俺がαだから寄ってきたんじゃないかと不信感しか持てずに、距離を取って友達も作れなかった。
こいつも俺がαだと知ったら態度を変えるんだろうか? 態度を変えたらやっぱりな、と思える。
恋とは別の絶望を味わいたかったのかもしれない。
「ふぅ~」
ゆっくり座ってカップに入ったコーヒーを飲んだのなんていつぶりだろう? バイトの合間に缶コーヒーを飲むことはあっても、コーヒーカップに入ったコーヒーを飲むのは久しぶりだった。
両思いなら、政宗さんとお揃いのカップなんか使ってみたかったな。
お揃いのカップを机に並べて、寄り添って座っていたかった。
バラバラのカップを、これは割り切った関係なんだって示すように並べて、期待してませんとアピールなんてしなきゃよかった。
いつか終わりは来たんだろうけど、あなたと少しでも長く一緒にいたいから休みを取ったのだと、言えばよかった。
巣作り、上手くできましたねって、褒めてあげればよかった。
もう届かない感情ばかりが次々と湧き上がって溺れそうになる。
「なんかストレス溜まってそうだな」
「ストレス、ではない」
ストレスじゃないんだ。苦くても、その苦味を求めてしまうコーヒーと同じ。苦しくても、何度も思い出してしまう。後悔はあるけど、苦しいだけじゃない。
「そっか。なぁ、同じゼミなんだし連絡先交換しねー?」
「は? そんな親しくないだろ」
「んーこれから親しくなればいいし。今から家くる? 俺んち近いんだよね」
一番連絡したい人の連絡先は聞けなかったのに、俺は大して親しくもないこいつと連絡先を交換するのか?
しかもなぜか家に誘われているし。だいたいよく知りもしない奴を家に上げるなんて怖くないのか?
そんなこと言ったら俺だって見ず知らずの政宗さんを家に上げた。
親しくもないと思ったけど、名前と歳しか知らない政宗さんより、大学のゼミも同じでフルネームも知っているこいつの方がよほど親しい間柄なのか? と思うと、可笑しくなってきた。
「ははは」
「何だよ。笑うポイントなんて無かったろ?」
いきなり笑い始めた俺に、鈴井は怪訝な顔を向けた。
「そうだが、悪いな、俺好きな男いるからさ、家行ったり連絡先交換したりはできない」
「そっか。なんだ、俺失恋じゃん」
「は?」
鈴井が何を言ったのか分からず、俺は固まってしまった。
「田村のこといいなーって思ってた」
「そうだったのか。なんかすまん」
「いや別にいい。いいなーって程度でまだ恋ってほどでもなかったし、ハッキリ言われたら引くしかねーな」
気軽に連絡先を聞いて、気軽に家に誘える。同じ大学で同じゼミだとそんなに簡単なことなのかと驚いた。俺と政宗さんは、その簡単なことができなかった。できないまま終わってしまった。
「すまん」
「またゼミで会ったら話くらいさせて。友達として」
「分かった」
「じゃあな」
俺がαだという理由で寄ってきたなら、もっとしつこくしてきたはずだ。あっさり去って行った鈴井の背中を眺めた。
鈴井は新しい恋を探すために、その歩みを進めたんだ。
俺も、いつか前に進めるのか?
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