【短編】不良に囲われる僕

cyan

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1.始まり

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「なあ、苺人キスしていい?」
「え?」

目の前には銀狼と呼ばれる男がいて、僕は放課後の教室で壁際まで追い込まれて鋭い目で凄まれている。でも、セリフおかしくない?

銀狼は本名じゃない。彼の本名は林淳之介。シルバーアッシュの髪と、一匹狼の不良だからそう呼ばれてる。関わったのはたぶんこれが初めてで、接点は同じクラスだってこと以外には無い。
だって僕は不良じゃないし、真面目に生きてきたつもりだよ?誰かを殴ったことなんて無いし、髪だって染めてないしピアスだって開けてない。
何でこんなことに。

僕を見るその目は、ギラギラと獲物を狙う狼の目みたいで、前世は狼だったんじゃないかと思った。
少し背の高い林くんを、僕は見上げる格好になってて、もう本当に驚きすぎて目を逸らすことすらできずにジッと彼の顔を見ていた。

綺麗な顔。
僕からしたら不良なんて怖い人って認識しかなくて、今まで目を合わさないよう、視界に入らないように過ごしてたから、シルバーアッシュの髪と制服をだらしなく着崩してるってことしか知らなかった。ちゃんと顔を見たのはこれが初めてかも。
まつ毛長いんだなとか、肌が綺麗だなとか、人の目って少し揺れてるんだなとか、そんな関係ないことを考えて現実逃避していた。

「なぁ、聞いてる?」
「はい」

僕が何も答えないから、林くんは苛立ったように再度口を開いて、僕は反射的に「はい」って言ってしまった。

「目、閉じろよ。」
「え、はい。」

もしかして殴られる?怖い。
僕は逆らえなくてギュッと目を閉じて、次にくるであろう衝撃に身を固くした。

唇に柔らかい何かがフニッと触れて、何?ってパニックになったけど、よく考えてみたら林くんの最初のセリフは「キスしていい?」で、「聞いてる?」って言われて、僕は「はい」って了承とも取れる返事をしたことに気づいた。
そして目を閉じるよう言われて、目を閉じたんだから、どうぞって言ってるようなものだ。

え?でも本当に?あの林くんが僕にキスしたの?目を閉じていたから見てないし分からない。いつ目を開けていいのかも分からない。
林くんの許可があるまでは閉じておこう。怒られたり殴られたりはしたくないし。大人しく従ってれば、殴られることはないんじゃないかと思う、いや思いたい。

「もっとしていいのか?」
え?何を?僕は何も答えられなくて、ただずっと目を閉じてた。林くんの手が僕の頬に触れた時はびっくりして体がビクッとしたけど、目は閉じたままにしてた。
そしたら、また唇に柔らかい何かが触れた。

もしかしてまたキスされた?もっとしていいってキスのことだったの?
じゃあこのまま僕が目を開けなかったら、またキスされるの?でも目を開けて勝手に開けたと因縁つけられて殴られるのも怖い。どっちが正解なのか分からない。

僕の頬に添えられていた林くんの手は、なんでか親指が僕の頬を撫でていて、ちょっと擽ったい。

「苺人って俺のこと好きなの?」
「え?」
突拍子もない質問に驚きすぎて僕は目を開けてしまった。驚いて見開かれた僕の目には、林くんの鋭い目が飛び込んできて、やっぱり怖いと思った。
好きとか嫌いとかの感情は無い。怖いって感情しかない。関わりたくないから、どちらかと言えば嫌いに入るのかな?
でも嫌いなんて言えるわけない。好きじゃないなんて言っても嫌いと同じ意味だと思われるよね?そんなこと言ったら喧嘩売ってると思われるし、じゃあ好きって言うしかない。質問しているように見えて、実は答えは一つしかない。

「す、好き、です。」
その真っ黒な目を見ながら言ったら、僕はなぜか抱きしめられた。これは抱きしめられてるんだよね?だんだん力を込められて締め上げられていくんじゃないよね?
「俺も好きだから。付き合おう。」
小さな声で呟かれた言葉に僕は耳を疑った。

だんだんとその言葉が体に染み込んで、ゆっくり理解していく。好きだからキスしたかったの?それはまあいい。
それより僕だ。キスしていい?に対して「はい」と了承して、好きなの?に対して「好き」と言った。
これはまさかの僕から告白したことになってる?
僕は林くんに告白して、そして付き合うことになったらしい。

今更嘘だなんて言えない。そんなこと言ったら、殴られるどころじゃない。最悪殺されるかもしれない。
僕は震える手で、林くんの背中に腕を回した。
きっとそれが正しいんだと信じて。

「なあ苺人、眼鏡とった顔見せて。」
「え?うん。」

急に腕を解いて、僕の顔を凝視しながらそんなことを言う林くんに大人しく従って眼鏡を取った。僕は近視と乱視が酷くて眼鏡がないと物がぼやけてはっきり見えない。それが意外なところで役に立った。
眼鏡を取ると、林くんの鋭い目がぼやける。顔もぼんやりだ。これなら怖くないかもしれない。林くんの前では眼鏡を外していようと思った。

「眼鏡無い方がいい。でも、俺以外には見せんなよ。」
「うん。分かった。」
僕もその方がいい。普段から眼鏡なしで生活なんてできないし、林くんの前でだけ眼鏡を取ることにした。

その日は連絡先を交換すると、林くんは僕を家まで送ってくれた。手を繋いで。
林くんって本当に僕のこと好きなの?揶揄って遊んでるだけ?分からない。
 
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