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守るべきもの(ロード視点)

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夜中にカタカタと震えながら、リヒトは寒い、痛い、怖いと呟いた。
やはり俺のことが怖かったんだな。
そりゃそうか。事後に見たリヒトは噛み跡と痣と、血まで流れていた。

当たり前だが、奴隷でも人なのだと、感情を持っているのだと、あんな風に乱暴にされたら痛くて苦しいのだと知った。あれは一方的な暴力だった。
リヒトは感情を出さない。俺もそうか。
別に恋人でも家族でもないし、奴隷と主人なんだからそれでいいと思っていた。

奴隷だから拒否もしないし、泣き言も言わなかった。
それどころか、全身が痛いだろうに朝起きたらベッドから消えていた。
逃げたのかと思ったら、キッチンで昨日の夜に俺が食べて放置していた食器や包みを片付けて、食事の支度をしようとしていた。

俺が声をかけると、ビクッと震えて、床に平伏し許しを請う姿が痛々しくて、それに何でそんな俺が引き裂いたような服を着ているんだ・・・。
肩にかろうじて引っかかっているボロ布のような服は俺への当て付けなのかと思って苛立った。

昨日、まともに立つこともできないリヒトを置いて食事を買いに行ったが、戻ったらリヒトは寝ており、仕方なく1人で食べた。
昨日買ったリヒトの分のスープを鍋で温めて、サンドイッチは包みのまま持っていきリヒトに食べさせた。

素直に俺が出した物を食べているリヒトに疑問をぶつけてみた。
なぜその服を着たのか、下穿きをなぜ穿いていないのか。服はそれしかないと言った。確かにここへ来た時、リヒトは荷物など持っていなかったな。
下穿きを穿いていないのは、まさか穿いたことがないなどと言う返答が返ってくるとは思わなかった。
奴隷とはそんな扱いなのか?
死と隣り合わせというわけではないが、戦場にいる兵よりも劣悪な環境に置かれていたことに驚いた。

リヒトは俺の顔をチラッと見て、恐る恐るベッドから出たいと言った。

「ベッドの上では何もできませんので。シーツも汚してしまったので洗いたいですし、食事の支度もしないと。」
「ダメだ。」
「それと厠へ・・・」

昨日は立つことさえできなかったんだ、そんなに早く回復するわけがない。そんな体で洗濯や料理をすると言う。何を考えている?
今までもそんな生活だったのか?

厠へ連れて行って座らせると、ドアを開けたままにした。こいつは放っておいたら、こんな傷ついた体で掃除などの家事を始めてしまうと思った。
だからせめて俺が付けた傷が癒えるまでは働かせないと決めた。

リヒトは俺が見ている前で用を足すのを恥ずかしがった。恥ずかしいという感情はあるらしい。そういえば、ありがとうと言ったときも少し照れていたな。
終わって抱き上げると、リヒトは恥ずかしがって俺の腕に隠れた。
額を俺の胸筋に押し付けて、服の胸の部分をギュッと握った。

「ははっ、リヒト、お前俺に甘えてるのか?もっと甘えろ。」
「え?」

人に甘えられることなど初めてで、俺に守るものができたのだと思って嬉しかった。

ベッドから出ないよう言及すると、俺は街に向かった。
リヒトの下穿きと服を買わなければ。
まだ俺は朝食をとっていないから、先に屋台で朝食をとるか。

リヒトは痩せすぎだ。とりあえず普通体型にはしてやりたい。そう思うと俄然やる気が出た。
綺麗な顔をしているんだから、あんな服ではなく、もっとちゃんとした服を買ってやろう。


「・・・サイズか。」
「身長や胴回りは分かりますか?」
「背は、このくらい。胴回りは、確かこれくらいだ。」

俺は抱きしめた感触を思い出してだいたいのサイズを手で示して店主に服を選んでもらった。
次に服を買うときはリヒトを連れてこよう。

戦場から戻ってから、あんなに何もしたくなくて、敷地から全く出なかったのに、買い物を楽しんでいる自分に驚いた。

そうだ。軟膏も買っていこう。
昨日買っていけばよかった。俺は気が利かないな。

こうして俺は、リヒトの服と夕飯用のパンと、何の鳥か分からない鳥の串焼きとスープと軟膏を買って帰った。

部屋に向かうと、ベッドは空に見えた。

「リヒト?」
「はい。」

細くて厚みが無いため、布団に潜り込むといないように見えた。
俺が帰ってきたことで、起きあがろうとするのを制してそのまま寝ているように言った。

「私ではお役に立てませんか?」
「は?」
「私の料理はお口に合わなかったのでしょう?掃除の仕方もダメでしたか?」
「何の話だ?そんなことを言った記憶はないが。」
「私が至らないから、怒りを私にぶつけて、そして仕事をするなと・・・。」
「はぁ、違う。リヒトの家事に不満はない。
俺がリヒトに傷を負わせたから、それが治るまでは安静にしてほしいだけだ。」
「そんな・・・私は奴隷ですよ?」
「だから何だ?ほれ、そんな破れた服は脱げ。ちゃんと新しいのを買ってきたから。
その前に軟膏を塗ってやる。」
「はい。」

リヒトの破れた服を脱がせ、ベッドに横たわるリヒトの肌についた噛み跡に軟膏を馴染ませていく。

「はぅ、、」
「すまん、痛かったか?」
「変な声を出して申し訳ありません。」
「気にするな。」

「ぁ、、ん、、、」
「・・・お前、実は敏感なのか?」
「・・・?」

リヒトはよく分からないといった顔をしているが、感じているときに出る嬌声に聞こえて仕方ないんだが・・・。

赤く腫れ上がった胸の突起やその周りにも塗ってやると、ビクッと体が跳ねた。

「ふぁ、、ぁ、ゃ、、」
「・・・リヒト、ここ気持ちいいのか?」
「ぁ、、、」

自分が嬌声を上げるのが恥ずかしかったのか、それとも気持ちいいと指摘されたのが恥ずかしいのか、リヒトは真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。

何だよその反応。可愛すぎるだろ。
今は傷だらけだから我慢しよう。傷が治ったら可愛いリヒトをもっと見たいと思った。

「う、ぐ、、、」

尻は感じないのか。いや、傷が痛むのか。
軟膏を塗り終えると下穿きを穿かせ、ワンピースタイプの寝巻きを着せた。
ちょっと大きすぎたか。寝巻きだからまぁいい。

「ご主人様、あ、ありがとうございます。」
「あぁ。」

俺が謝るよりありがとうと言えと言ったからか、リヒトは瞳を揺らしながらありがとうと言った。
横たわるリヒトのサラサラな髪を撫でると、リヒトは目を細めた。
いや、俺何してんだ?
分からんが、リヒトを見ていると、ずっと胸の奥にある治らない火傷のようなジクジクとした痛みが少し和らぐんだ。

これは傷の治療なんだ。そう自分に言い聞かせて、俺は朝晩毎日リヒトの傷に軟膏を塗った。

「、ひぁ、ぁ、ご主人様、、自分で塗れます、、」
「届かないところや見えないところもあるだろ?大人しく塗られておけ。」
「はい。」

「はん、、ん、、んん、、」

我慢しているのか、プルプル唇が震えて可愛い。
やっぱりこれは感じているんだよな?

何であんな苛立ちをぶつけるように抱いてしまったのか、俺は後悔した。
優しく抱けば、こんなに可愛い反応をしてくれたのか?
いやしかし、尻には触れるだけで怯えたような苦しそうな呻き声をあげる。やはり俺のように乱暴する奴が多かったんだろうか。」

「大丈夫だから。」
「え?」
「早く傷が治るといいな。」
「はい。」

「おいで。」
「はい。」

リヒトが俺の腕の中に収まると、今日もリヒトを抱きしめて寝た。


「おはようございます。ご主人様、もうベッドから出てもいいですか?」
「まだダメだ。」
「はい。」

これが俺たちの毎朝の会話になっている。
なぜそんなにベッドから出たがるんだ?俺ならずっとベッドの上で過ごせるなんてラッキーだとしか思わないが。

「ご主人様、私はもう大丈夫ですよ。ちゃんと自分の足で歩けますし、家事もできます。」
「分かった。じゃあ明日からはベッドから出ることを許可する。だが傷跡が消えるまで軟膏は俺が塗るからな。」
「はい。」


翌朝起きると、リヒトにいつも通り軟膏を塗ってやる。
もう何度もやっているのに、リヒトは相変わらず恥ずかしがって手で顔を隠す。

「そうだ、服はこれを着るように。」
「え?この服ではいけませんか?」
「お前、それは寝巻きだぞ?」
「寝巻き?」
「そうか。寝巻きも知らないんだな。寝る時に着る服だ。普通は寝る時にしか着ない。」
「そうなんですね。」

サイズはまぁ大丈夫だった。レースの飾りがついた尻が隠れるくらいの丈のチュニックに、ベージュのパンツを合わせて着せてやると、やはりリヒトに似合っていた。

「リヒト、似合ってる。」
「あ、えっと、その、ありがとうございます?」
「ふはっ、何で疑問系なんだ?」
「何と言えば正解なのか分かりませんでした。」
「リヒトは面白いな。無理はするなよ。」
「はい。」

一緒にキッチンに向かうと、キッチンを見たリヒトが固まった。

「すまん。」
「いえ、大丈夫です。」

この1週間、なるべくリヒトの側にいようと、洗い物やゴミの処理は後回しにしていた。
料理やなんかは買ってきたが、それだけで他は何もしていなかった。
きっと溜め込まれた洗濯物を見てもリヒトは固まってしまうんだろう。

「俺も手伝うか?」
「いえ、ご主人様はゆっくりソファーでお寛ぎ下さい。」
「分かった。」

俺が手伝ってもかえって足手まといになるかもしれない。
すまない。腕を捲ってキッチンに立つリヒトの後ろ姿に、心の中で謝罪をした。

俺がソファーから立ち上がって厠へ行く時にチラリと見たら、必死に鍋の焦げを削っていた。
次に厠へ行った時にはキッチンは片付いており、見当たらないと思ったら井戸の横で山盛りの洗濯物を洗っていた。
午後になるとお茶と軽食を用意してくれたが、リヒトは食べず、すぐにどこかへ行った。

あいつ休む間も無くずっと働いていないか?
こっそり見にいくと、また洗濯物を洗っていた。いきなり働きすぎだ。

「リヒト。」
「はい。」
「洗濯は明日でいい。昼寝をするぞ。」
「私は大丈夫ですから、ご主人様はどうぞお休みください。」
「ダメだ。リヒト、添い寝しろ。」
「はい。」

リヒトは、洗い終わった物を干すと、素直に俺に従って俺の後を付いてきた。
別に俺はずっとソファーでのんびりしていたんだから昼寝など必要ないが、これはリヒトを休ませるための口実だ。

「おいで。」
「はい。」
「手が冷たいな。」
「申し訳ありません。」

リヒトは慌てて手を引っ込めようとしたが、俺は水仕事で冷えたであろうリヒトの手を掴んで自身の両手で温めた。
手も小さいんだな。

「ご主人様、温かいです。ありがとうございます。」
「あぁ。」

こいつ、素直なんだな。
しかし、自分のことより主人である俺のことや仕事を優先する。そんな環境で生きてきたんだから仕方ないのかもしれないが、彼の本音はどこにあるんだろうか?

手を温めてから抱きしめていると、スヤスヤと寝息が聞こえてきた。
久々に働いて疲れたんだろうな。
薄っすら開いた口が可愛い。しかし僅かに眉間に皺が寄っているから、完全に安心しているわけではないんだろう。
 
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