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九章:未来 ロディ視点
70.眉毛のおじいちゃん先生
「ロディ、眉毛のおじいちゃん先生はオスクルムという名前なんだな」
「俺も今日知った。教えてもらったと思うんだが、当時は色々な先生を紹介されて覚えきれなかった」
「そうか。それで相手の特徴で覚えたんだな」
そうだ。それが一番覚えやすいからだ。間違えないで済む。
食事のマナーを教えてくれたのは女の先生で細く端が尖ったメガネをしていたから『棘メガネの先生』と心の中で呼んでいた。あの人はとても恐ろしかった。細長い棒をいつも持っていて、俺が間違えるとその棒で手の甲を叩かれた。頭に響くような高い声で食事の度に怒鳴られていたのを思い出す。
翌日の昼過ぎに眉毛のおじいちゃん先生が訪ねてきた。
「先生来てくれてありがとう。俺の夫が先生に会いたいと言っているんだが、会ってくれるか?」
「構わないよ。ぜひ会おう」
オスクルム先生はふさふさの白い髭を片手で撫でながら、優しい笑顔で了承してくれた。
今日もいつもと同じように、シャツのボタンは上から四つ外している。寒くないんだろうか?
ちなみに先生は胸毛は剃る派だと聞いた。俺もアダムも剃らなくても生えてこないから関係ないが、先生は放置しておいたらふさふさ生えるそうだ。
アダムが待つ応接室に通すとソファに座ってもらい、アダムに先生を紹介した。
「アダム、この人が俺の先生だ。
オスクルム先生、彼が俺の夫でアダムヘルム・ロイター。可愛くて格好よくて、優しくて魔術が上手で、宝物なんだ」
「ほうほう、君がローデリック様の最愛の旦那様ですか。ワシはオスクルム。ハーマイン家でシェフをしております。
なんでもワシに会いたいとか。こんな老ぼれに会っても楽しくはないでしょうが、何か相談かな?」
「アダムヘルムです。オスクルム殿の本職はシェフなんですか?」
眉毛のおじいちゃん先生がシェフだったなんて俺も初めて知った。それで昨日は夕食が近い時間だったから手が離せないと言ったのか。
「えぇ、だいぶ前に料理長を引退してからは、シェフをやったり旦那様の話し相手になったり、自由気ままに過ごしております。
いただいた『毛玉』は昨日の夕食には間に合いませんでしたので、本日の夕食に煮込み料理として出すことになりました」
「先生にもぜひ『毛玉』を食べてもらいたい」
先生にはお世話になったから、先生にもぜひ食べてもらいたい。
「ありがとう。みんなで今晩いただくよ」
「そうだ先生、この前教えてもらった『君の淫らな姿が見たい』というセリフはアダムには不評だった」
「おや、それは残念。ワシの中では九割ほどの確率で、成功だったのじゃが……
固まりながらも顔を赤くして俯き、それでも満更ではないとはにかんだらもう成功じゃ」
あの時のアダムは、戸惑いながらも顔を赤くして俯いていた。受け入れてくれたということは成功だったんだろうか?
「アダムは戸惑っていた。顔を赤くして俯いて、でも受け入れーー「ちょっとロディ! そ、そんな詳細、恥ずかしいから言うな!」
アダムが顔を真っ赤にして俺の話を遮るように声をあげた。
アダムのそんな大きな声は初めてで、恐怖は感じなかったが、驚いて固まってしまった。
「ごめん、ロディ……怖がらせて」
「そんなことない。アダムなら怖くない。アダムとの格闘のことは内緒だったのに話した俺が悪い。ごめんなさい。嫌いにならないでほしい」
許してもらえなかったらどうしよう……
嫌われたらどうしょう……
アダムの返事が怖くて、アダムの顔を見れなかった。
「そんなことで嫌いになったりしない。大丈夫だよロディ」
「そうか。アダムは優しいな。大好きだ」
俺は隣に座るアダムを引き寄せて抱きしめた。
「好き。本当に好きなんだ。ごめん」
「いいよ。許す」
よかった。アダムに許してもらえた。
「可愛らしい夫夫じゃな。夫夫関係は良好のようでなにより」
先生を見ると、ニコニコと嬉しそうに、アダムが淹れてくれた美味しい紅茶を飲んでいる。
「アダムは先生に会いたかったんだろ? 何か聞きたいことがあったのか?」
「そ、そうかな。うん。僕は閨教育を受けたことがなかったから、話を聞いてみたいと思ったんだ」
そうだったのか。俺が知っているし、格闘は何度もしている。何を聞きたいんだろう?
「聞きたいことがあるなら聞けばいい。先生いいか?」
「構わんよ。じゃがローデリック様には部屋を出てもらおう。こういう話は相手がいると話し難いんじゃ」
俺がいると話し難いのか……
アダムと離れるのは寂しいが、アダムが望むのなら仕方ない。
「部屋を出てもいいが、俺のアダムだから取らないでくれ」
「安心するといい。ワシは人のものをとるほど飢えていない」
俺によくしてくれた先生の言うことだから信じるしかない。俺は後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。
*
>>>アダム視点
「あの、ありがとうございます。ロディがいると話し難かったから」
「ワシに聞きたいことは閨のことでいいのかな? まさか料理のことというわけではないじゃろう?」
髭がふさふさとしていて、その髭を撫でるのが癖らしいオスクルム先生は髭に目がいきがちだが、真っ白な眉もふさふさで目尻にかけて少し上にクルッと巻いている。
髭がふさふさの老人はたまにいるが、眉毛の先が巻いているのは珍しい。きっとロディはそれで『眉毛のおじいちゃん先生』と呼んでいるんだろう。
それにしてもなぜ真冬なのにシャツのボタンをそんなに下まで開けているのか。寒くないのか? 高齢にしては胸筋が盛り上がっているせいで、髭を撫でている手を退けると胸の谷間が見える。
「ロディに閨のことを教えたんですよね? 僕はさっきも言ったように閨教育を受けたことがない。それでロディばかりに任せきりになってしまうから、その……」
「ローデリック様が『俺の夫は可愛い』と何度も言っていた意味がよく分かる。もう経験済みなんだから一から十まで教える必要はないと思うが、相手を喜ばせる方法ということでいいのかな?」
「はい……」
「…………」
僕は眉毛のじいさんの話を恥ずかしくて聞いていられなくなって、両手で顔を覆って俯いた。全身が熱くて顔には特に熱が集まる。
このじいさん、やっぱりただものではなかった。この部分にこういう感じで舌を這わせるとか、ものすごく具体的で生々しくて、頭が沸騰しそうな勢いだった。
「アダムヘルム様には刺激が強すぎたかね?」
僕は何も答えられず、首だけ縦にうんうんと振った。
そして、「初心な子なら何も覚えず無知なまま、できないなりに一生懸命やると虜にできる」と謎のアドバイスをもらった。
全然意味が分からないが、ロディは真面目にこんな教育を受けたのだと思うと色々すごい理由が分かった気がした。
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