489 / 637
二章
486.最後のチャンス
「ただいま戻りました」
「みんなおかえり、無事に戻ってくれてよかったよ」
ピグロとリーノ、ルキオとロッドが帰ってきた。泥は落とされているけど三人は水浸しだ。共用の井戸で水を被ったか、川にでも入って泥を洗い流してきたのかもしれない。
四人は肩を落として帰ってきた。気合を入れて行っただけに、収穫なしで戻ってくることになったのが残念なんだろう。
しかしそれは仕方ないことだ。野盗にこの日に通るので襲ってくださいなんて言えないし、そんなことを伝えれば警戒してますます野盗は出てこない。
「マティアス様、すみません。せっかくマティアス様が提案してくれたのに、上手くできませんでした」
「気にすることないよ。街では運送を受けてくれる人がいないと困っていたんだから、十分役に立ったと思う」
そんな慰めで四人の気持ちが軽くなるとは思わないけど、ヤギのチーズやミルクを楽しみにしていた王都の人は喜んでいると思う。
ロランドも珍しく迎えに出てきた。諜報部の仕事と違って、全容が掴めない敵を相手にするルキオが心配だったんだろう。
その後もピグロの囮作戦は何度か実行されたけど、全然野盗は現れない。
ロッドは毎回参加するわけではなく、ハリオが参加した日もあった。
まるでそんな作戦には引っかからないと嘲笑われているみたいで少し不気味だ。
「もう他の地域に移動したのかも」
「その可能性はないとは言えん。いつまで調査を続けるか迷うところだ」
移動してしまったのなら、これ以上調査を続けても仕方ない。次の運送を最後に、調査は終了することになった。
「悔しい……」
ピグロがポツリと呟いた。膝の上でぎゅっと握った拳が震えている。かなり時間をかけて調べてきた。慣れないことをして、上手く進められないこともあったと思うけど、みんなで相談して今まで必死にやってきた。だから犯人を捕まえられなくて悔しい気持ちは分かる。
街の中に拠点を構えている組織と違って、野盗は移動するから調査中に逃げられることも多いとルキオが言っていた。だからルキオは、そんなこともあるさと気にした様子はないけど、隣に座るロランドは落ち込んでいる。
僕も残念な気持ちはある。みんなが頑張っているのを知っているから……
「ラルフ様……」
「まだあと一回ある。今回逃しても、まだ機会はある」
そうだよね。そうだよ、あと一回ある。
最後の囮作戦の決行日、みんなは気合が入った様子だった。ロッドとハリオ、アマデオとグラートまで協力してくれることになった。
やっと見慣れてきた、泥に塗れて草を被ったみんな……
見慣れたけど、やっぱりその格好で街の中を歩くのはどうかと思うよ。
「これで最後だね、最後まで応援してるよ。そうだピグロ、普段みたいに肩の力抜いて。殺気立ってたら野盗も警戒するかもしれないよ。これ、荷馬車で食べて」
シルと一緒に作ったクッキーを渡した。気楽に行ってほしかった。気合を入れれば入れるほど、失敗した時のショックは大きい。僕はそれが心配だったんだ。
野盗を捕まえられなくても、もう野盗が移動しているなら、今後運送する人に被害は出ない。捕まえられなかったのではなく、追い払ったのだと思えばいいんだ。
最後ということで、みんなを見送るロランドもそわそわしている。本当はついていきたいのかもしれない。だけどロランドは泥を被って森の中にずっといたら、確実に風邪をひく。
体調を崩して途中で帰ってくることになると思うから、思いとどまってくれてよかった。
「ラルフ様、最後ですね……」
「マティアス、俺は気づかされた」
「へ? なんの話ですか?」
ラルフ様は何に気づいたんだろう?
今更だけど、うちから泥を被っていくのは、街では目立ちすぎるってことに気づいたんだろうか?
そうだとしても、もう遅いですよ。また同じように森に潜むことがあれば、その時はぜひ街中は普通の服装で歩いてください。
「今日は上手くいくかもしれないな」
ラルフ様は僕を抱き上げたまま、空を見上げた。
天気のこと? 今日は晴天で日中は暑くなりそうだ。晴天の空が応援してくれているって言いたいんだろうか?
「ラルフ様、僕もヤギの森の湖に行ってみたいです」
「安全が確保されたら行ってみるか?」
「はい、ぜひ」
ピグロとリーノも綺麗だと言っていたし、サロモンと殿下も綺麗だったと言っていた。そんなの見てみたいに決まっている。ルカくんみたいに体力があるわけじゃないから、氷の山には登れないけど、日帰りで行ける森の中の湖なら僕でも行けるんじゃないかって思うんだ。
今日の作戦が終わったら、次の満月を調べてみよう。きっとシルも喜ぶと思う。楽しみだ。
「騎士団に行って、檻を用意しておこう」
「檻?」
まさか僕は檻に入れて運ばれるの? そんなの罪人じゃないか。足枷も罪人みたいだったけど、あれは足を鍛えるという理由があった。だけど檻なんて何も鍛えられないよね?
無計画に家出したことを怒って、ラルフ様はとうとう僕を檻に入れて閉じ込めることにしたの?
騎士団に着くと僕は「絶対に動くな」とラルフ様に怖い顔で言われて椅子に座らされた。とうとう僕は檻に閉じ込められてしまうの?
「シュテルター隊長、荷馬車に乗せました。いつでも出発できます!」
騎士が何人か集まって、荷馬車に鉄でできた頑丈そうな檻を積み込んだ。
檻に入れられたまま僕はどこかへ連れて行かれるの?
「マティアス、準備はできた。あとは報告を待つだけだ」
「報告?」
「そのうち誰かがここに駆け込んでくるだろう」
もしかして、あの用意された檻は僕のじゃない? なんだ、一人で怖い想像をして、逃げようとか色々考えてしまった。また早とちりして逃げなくてよかった。
そんなことをしては、本当に僕は檻に閉じ込められてしまうかもしれない。危なかった……
お昼を過ぎて、日が傾きかけた頃にグラートが駆け込んできた。
「犯人を確保しました! 護送用の馬車を借りたい!」
「用意できているぞ」
「さすが隊長! 借りていきます!」
グラートはラルフ様たちが用意した檻を乗せた荷馬車の御者席に飛び乗って、すぐに出発した。
グラートって御者ができるんだ? 全然知らなかった。リーブに教えてもらったのかな?
「ラルフ様、こうなることがなんで分かったんですか?」
「マティアスのおかげだ。さすがマティアスだな」
「うん?」
僕には全然分からない。僕は何もしていないし、一体どうなっているのか?
ねえ、誰か僕にも分かるように説明してもらえませんか?
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
あなたの愛したご令嬢は俺なんです
久野字
BL
「愛しい令息と結ばれたい。お前の家を金銭援助するからなんとかしろ」
没落寸前の家を救うため、強制的な契約を結ばれたアディル。一年限りで自分の体が令嬢に変わる秘薬を飲まされた彼は、無事に令息と思いを通じ合わせることに成功するが……
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。
みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。
死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。
母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。
無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。
王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え?
「ファビアン様に死期が迫ってる!」
王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ?
慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。
不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。
幸せな結末を、ぜひご確認ください!!
(※本編はヒロイン視点、全5話完結)
(※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします)
※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。