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二章
535.消えたシル
朝晩は冷え込むようになった。騎士団へ通う道の脇には落ち葉が積もっているし、すっかり秋だ。
父上たちや、シュテルター家の方々も、来週には王都に到着する。ヴィートはあと二、三日で到着するらしい。
貴族が集まるということで、騎士団では訓練を減らし街の巡回や、王都周辺の街道の警備を強化する。
そのための会議が開かれていた。会議だって全部が無駄なわけじゃない。必要なこともある。だけど僕にとっては退屈で眠くなってしまう。
会議の時は僕は別室で待機していたいんだけど、ラルフ様はそれを許してくれない。今日も僕はラルフ様の膝の上で会議に参加する。
なぜ部外者である僕が紛れ込んでいるのに、誰も指摘しないのか。僕が悪い奴と通じていたらどうするの?
どこの貴族が何日に王都に入るとか、機密情報と思われるものもあるのに、僕はここにいていいんですか?
「む」
ん?
ラルフ様の腕に力が込められた。僕を抱えたまま不意に立ち上がり窓に近づいていく。
会議は一段落しているけど、敵の気配でも察知したんだろうか?
僕もラルフ様につられて窓の外を眺めてみた。サロモンはいつも通り背負子を背負って駆け回っている。だけど今日後ろに乗せているのはシルではなかった。
あれは殿下だ。ラルフ様はサロモンが殿下を乗せて走っているから危ないと思ったんだろうか?
いくらサロモンでも、殿下を乗せて無茶はしないと思う。
それはいいけど、殿下は一応第二騎士団の団長なんだから、会議に参加してください。
なぜ外で遊んでいるのか。
そのせいで副団長が大変そうだ。
フェリーチェ様が手伝っているからなんとかなっているけど、甘えてばかりではいけないと思う。
殿下を背負って駆け回るサロモンを眺めていると、ラルフ様から不穏な空気が漏れ出してきた。何か不快になるようなことがあるんだろうか?
「シルがいない」
「え?」
ラルフ様の小さく呟いた言葉で僕は必死にシルの姿を探した。筋肉の塊みたいな人たちの中にいるシルは見つけやすい。それなのに、どこを探しても見つからない。いつもの楽しそうに笑う声が聞こえない。
「寒くて室内に入ったとか、厩舎へ馬を見に行ったとか、別の訓練場にいるとか……」
分かっている。ラルフ様だってその可能性は考えたんだろう。それでもいないと判断した。
ここから見える訓練場にはラルフ様の部下のみんながいる。欠けている人はいない。フェリーチェ様も副団長も会議室にいるし、どこかへ行くなら誰かがついていくはずだ。
「何? シルくんいないの?」
「フェリーチェ様……」
ラルフ様から不穏な空気が漏れ出たせいで、フェリーチェ様が真剣な顔で近づいてきた。
誰が彼女を作ったとか、フラれたとかどうでもいい噂話で時間を潰していた隊長たちもいつの間にか静かになっていた。
「どうしよう……」
「一旦落ち着こう。まず、騎士団の中には簡単に部外者は入れない。いい?」
「うん……」
そうだ。騎士団の入口は門番が立っている。高い塀もある。誰でも気軽に入れるわけじゃない。それは分かってる。だけど……
「訓練場にいるのは、殿下とサロモンとシュテルター隊長の分隊は全員だね。ん? 全員がシルくんがいなくなったことに気づいていないわけないよね?」
「それは、そうかも」
確かに。シルがいなくなったのに、平然と訓練を続けているなんてあり得ない。だとすると、リーブが連れ帰ったとか、ネストさんが連れ帰ったとか、うちに帰ってるかもしれない。
「訓練場にいるみんなに聞いてみようか。シルくんが一人で出て行くとは思えない」
「うん」
一瞬連れ去られたのかと思ったけど、ここは騎士団だ。悪い人が簡単に侵入できるわけがない。ラルフ様の部下の皆さんがいるのに、みすみすシルが連れ去られるとは考えられないし、連れ去られたのなら必死に探すと思う。
それに、ラルフ様が動いていない。もしシルが危険人物に連れ去られたのだとしたら、ラルフ様はすぐにでもこの部屋を出て走って行くだろう。
フェリーチェ様が一緒に考えてくれたから僕も少し冷静になれた。
だけど、それならなぜラルフ様はピリピリと空気を震わせているんだろうか?
「あいつだ」
「まさか……」
ラルフ様とフェリーチェ様だけが分かる会話をしないでください。僕にも分かるように教えて。あいつって誰なの?
「マティアス様、ごめん。私のクソ兄貴が原因かもしれない」
「え? ラニエロさんがシルを?」
安心している場合じゃなかった。シルは危険人物に連れ去られていた。
こんなところで呑気に外なんて眺めていられない。森の中に置き去りにしたり、川に突き落としたり、闇組織のアジトに放り込んだり……
フェリーチェ様から聞いた恐ろしい訓練法が頭を過ぎる。
「ラルフ様、行きましょう!」
「分かった。だが先に情報だ」
「そうですね……」
闇雲に探したって見つけられるわけない。そこは我らがフェリーチェ様に頼るしか……
「任せて。すぐに調べる」
フェリーチェ様は風のように消えた。というか、窓をガタンと開けて飛び降りていった。ここ三階ですけど……
しばらくするとフェリーチェ様が窓の外から帰ってきた。よじ登ったんですか?
普通に扉から入ってきてください。
「シュテルター隊長の屋敷には戻っていなかった。王都の門を出た形跡はない。だけど抜け穴があれば分からない。それを言い出したらキリがないから、王都の中を捜索するよう聞き込みを進めている」
「フェリーチェ様、ありがとうございます」
シルが行きそうなところ……公園、赤い屋根の教会、パンの世話をするための道具屋、屋台、花屋、お菓子屋……どこもラニエロさんと一緒に行くとは思えない。
ラニエロさんが行きそうなところが全く分からない。
「あ、セグレータ!」
「よし行こう!」
ラルフ様は僕を抱えて走り出した。旅に出ている妖精さんを引き取りに行くのに、シルを誘ったんじゃないかと思ったんだ。王都には他にも暗器のお店があるかもしれないけど、僕が知っているのはセグレータだけだ。しかも最近までその存在を忘れていた。
まさかシルを連れ去って、僕たちの反応をどこかで笑いながら見ているわけじゃないですよね?
そんなことをしていたらうちは出禁にしようと思う。
あっという間にセグレータに着いて、お店の中に入ったけどお客さんは誰もいなかった。
「店主、ここに子どもを連れた男が来なかったか? 名前はラニエロ、暗器を注文していたはずだ」
「すまないね、うちは誰であってもお客の情報は明かせない」
「そうか」
それはそうだろう。暗器を注文するなんて普通じゃない。店主がお客さんの情報をペラペラと話すような店では暗器の販売なんてできないだろう。
「誰が来たかは教えられんが、うちの店に子連れで来るような客はいないよ」
「そうか、それだけ聞ければいい。邪魔したな」
あれ? てっきりここだと思ったのに、来ていないの?
じゃあどこだ? 僕にはラニエロさんのことをあまり知らない。趣味も好きなものも分からない。暗器の店にシルを連れてきていないことにはホッとしたけど、ここ以外にラニエロさんが行きそうな場所が分からない。
フェリーチェ様が捜索隊を出しているし、報告を待つしかないのか……
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