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二章
537.ぐるぐる巻き
「ラルフ様、僕は元気です。風邪なんてひいていません」
「そうか」
「そうか」なんて僕の言葉を信じたような返事をしたくせに、ラルフ様は暖炉に火を入れて僕を厚手のブランケットでぐるぐる巻きにした。今はソファに座ってぎゅっと抱えたままでいる。
「寒いか?」
「寒くないです」
「そうか」
またラルフ様は「そうか」なんて言いながら、暖炉の前に移動した。
やっぱり僕のこと信じていませんね?
シルが帰ってきたのか、外からシルの声が聞こえた。騎士のみんなも帰ってきたみたいだ。
僕もお迎えに行きたかった……
「僕は病人ではありません。ブランケットをもうそろそろ解いてもらえませんか? これでは食事もできません」
「俺が食べさせるから問題ない」
そうかもしれないけど、手足が自由にならないのは落ち着かない。直立不動って感じでぐるぐる巻かれたから、腕は動かせないし、足も曲げることはできるけど歩いたりはできない。自由に動かせるのは首から上だけだ。
手足が自由になったからって、僕はどうせラルフ様に抱えられて運ばれる。それならこのままでいいと諦めそうになるけど、そうじゃない。せめて手は自由にしてください。
「僕もラルフ様に食べさせてあげたいな~」
これならどうだ。少し上目遣いでラルフ様に甘えてみる。
ラルフ様の腕が緩んで、とうとう僕は解放される──と思ったのに、またぎゅっと腕に力が込められた。
「今日はマティアスが万全でない。残念だがまたの機会にする」
ラルフ様は小さくため息をついて、僕を恨めしそうに眺めている。そんなに残念なら、僕の手足を自由にしてください。そうすれば僕があーんしてあげますよ。
ジーッとラルフ様を見つめてみたけどダメだった。
いけると思ったのに……
今度グラートに夫に甘える方法を教えてもらおう。グラートはいつもリーブに甘えているから得意だと思うんだ。
抵抗虚しくブランケットに巻かれたまま食堂に運ばれた僕。
なんと同類を発見した。
みんなから目を逸らしているけど、ロランドがブランケットに巻かれてルキオに運ばれてきた。目を逸らしたりしなくても、この寮の住人たちは誰がイチャイチャしていても気にしない。
不意にこっちを向いたロランドと目が合った。少し驚いたように目を見開いて、僕とロランドにしか分からない気持ちの共有をした。
分かるよ。僕も同じ気持ちだ。
一人じゃなければ怖くない。同士がいれば乗り越えられる。お互い気持ちを強く持とう。
アイコンタクトを交わした僕たちは、気合を入れて食事に挑んだ。
「マティアス様、どうかされたんですか?」
アンサンセ隊長が心配そうに尋ねてきた。
うちの寮の住人は誰がイチャイチャしていても気にしないけど、例外もある。アンサンセ隊長のような新参者だ。だいぶ慣れてきてはいるけど、今日は声をかけずにはいられなかったんだろう。
僕はどうもしていないけど、それを分かってもらえないから困っている。そしてこれは不測の事態ではなく、うちでは割とあることだ。だからアンサンセ隊長も早くこの環境に慣れてください。
「少し風邪気味なだけだよ」
「そうですか、お大事になさってください。ロランド様もですか?」
「そうですね」
ロランドは風邪気味どころか熱も出ているかもしれないけど、同じようなものだろう。ルキオがスプーンで料理を掬うと、ロランドはまるで雛鳥のように口を開けて待っている。
もうロランドも食べさせてもらうことが当たり前になっているんだ。
アリオスティ侯爵が見たら驚くだろう。
「そうですか。こういう時は看病のマナーが使えそうですね。マティアス様も看病のマナーをご存知ですか?」
「……ええ、まあ」
ご存知も何も、実践の時の被験者になったのは僕です。アンサンセ隊長はそれを知らないんだろう。
看病のマナーは第二騎士団では採用されたと聞いていたけど、第一でも取り入れているなんて知りませんでした。
「アンサンセ、看病のマナーはマティアスが中心となって開かれた講義だ」
ラルフ様が誇らしげな顔をしているけど、僕が中心となって開いた講義ではない。中心となったのではなく、みんなの中心で色んな看病の見本として使われただけだ。
「マティアス様が? そうでしたか。素晴らしいです! 怪我をする者は多いですが、病気になる者は少ない。まさか実践の経験が乏しい私のために風邪を?」
アンサンセ隊長が鼻息荒く顔を近づけてきたけど、何もできない僕に変な期待をしないでいただきたい。その爛々と輝く目が怖いです。
「近づきすぎだ。マティアスはお前のために風邪をひいたわけではない。俺が忘れないように復習させるためだ」
ちょっと待って、アンサンセ隊長もラルフ様もどっちも違うから!
なぜそんな思考になるのか不思議だ。僕はそもそも風邪をひいていない。看病なんて必要ないんだ。
「ママ、びょーき?」
ラルフ様とアンサンセ隊長が変なことを言うから、シルが不安そうな顔をしている。どうしてくれるんだ。
「違うよ。僕は病気じゃないからね。寒いところにいたから温かくしてるだけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。川は寒かったからね」
「そっか。ぼくもぐるぐるまき、してほしい」
僕は遊んでるわけでもないんだけど……
病気だと勘違いされるよりはいいか。食事を終えるとシルを部屋まで連れて行って、ブランケットでぐるぐる巻きにした。
シルが温かいと喜んでいるから、僕が不自由な時間を過ごしたことも意味があった。
「今日はお風呂で温まって早く寝ようね」
「うん!」
寒い河原に長時間いたせいか、シルの頬が少し赤くなっているのが気になった。まさか僕じゃなくシルが風邪をひいてるなんてことないよね?
咳やくしゃみはしていない。触った感じ熱がある感じでもない。ボーッとしているってこともないし、返事は元気にしている。それなら大丈夫かな。
やっぱり僕が帰る時に、シルも連れ帰ってもらえばよかった。
走り出したラルフ様は僕には止められないなんて諦めている場合じゃなかった。
シルはしっかりしているし、お利口さんだけどまだ子どもだ。僕は大人なんだから、シルの親としてしっかりしなきゃ。
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