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二章
543.僕が悪いの?
「フェリちゃん、これを見てください」
「これは……素晴らしい」
ラニエロさんとフェリーチェ様はしゃがみ込んで、地面に飛び散った唐辛子の粉を眺めている。
何がいいのか分からないけど、二人にとっては素晴らしかったらしい。
「マティアス様たちも見てください。均一に飛び散っているでしょう? このように均一に飛ぶようにするために何度も調整をしてもらったんですよ」
「そうですか」
僕にはそれの何がそんなに目を輝かせて自慢することなのかが分からない。ロランドは分かるのかとチラッと横を見てみたけど、ロランドにも分からないみたいだ。
「この形状が敵の油断を誘いますし、敵が一瞬でも手を止めてこちらを凝視した瞬間を狙います」
「なるほど」
僕もラニエロさんが妖精さんの先端に口付けた時は、何をしているのかと一瞬思考が停止した。卑猥なことをしようとしているのかと戸惑っている隙に唐辛子の粉が飛んでくるのか……
その後もラニエロさんとフェリーチェ様の兄弟は、唐辛子が均一に飛ぶ内部の仕組みや、飛び出る量の調整について話が盛り上がっている。
この兄弟、案外仲良しなのかもしれない。
話についていけず取り残された僕とロランド。もう帰りたい気分だったけど、ここは森だ。二人だけで下手に動いたら危険だと判断し、兄弟の話が終わるのを待っているしかなかった。
「僕たちはなぜ連れてこられたんでしょうね?」
「私にも分からない。私やマティアス様を巻き込まずとも、あの二人だけで森に来て披露すればよかったと思う」
「ですよね」
「ああ……」
早く帰りたい理由は他にもある。僕はラルフ様に勝手に家から出るなと言われていた。その約束をこうして破ってしまっている。ラルフ様にバレる前に早く帰りたいんだけど……
フェリーチェ様だって、勝手に家を抜け出したことが副団長にバレたら怒られるんじゃないの?
冷たい風が吹いてザワッと木々を揺らした。
次の瞬間──僕の体は宙に浮いて温かい何かに包まれた。ちょっとだけ肌を刺すような空気感を感じるのは……
やっぱりラルフ様でしたか……
こうなることを予想しなかったわけじゃない。フェリーチェ様たちに攫われてうちを出た瞬間には、こうなることが決定していた気がする。
僕たちを連れ出した兄弟は騎士の皆さんに取り囲まれていた。そこには腕を組んで睨みを効かせた副団長もいる。
ロランドは……と辺りに視線を漂わせると、ルキオがしっかり抱えていた。
「マティアスはちょっと目を離すとこれだ」
えー僕のせい?
僕のせいじゃないと思うんだけど。今日の僕は連れ出してほしいなんて言っていない。今は何を言っても言い訳になってしまいそうだ。早く帰ろうと提案すればよかった……
厳しい顔でフェリーチェ様を見下ろしていた副団長が口を開いた。
「シュテルター邸に行ったのではなかったのか?」
「うん、初めはシュテルター邸に行ったよ。それでクソ兄貴が面白いもの見せてくれるって言うから森に来た」
「またお兄さんに唆されたか?」
「まあそんなところ」
フェリーチェ様、全部ラニエロさんのせいにして逃げる気ですか?
ノリノリで僕を抱えて森まで走ってきたことを知っていますよ。
「それにしては楽しそうだな」
副団長にはバレてるみたいだ。
「バレた? 兄貴が面白いもの作っててさ、お前も見せてもらいなよ。なかなかの出来だった」
開き直ってる……
フェリーチェ様は強いですね。副団長はため息をつきながらラニエロさんに近づいて妖精さんを見せてもらっている。
気に入ったのか、長いこと話し込んで説明を受けているみたいだ。ラルフ様も見せてもらったらどうかな?
僕もフェリーチェ様のように提案してみようと思ったけど、ラルフ様の明らかに怒っている目が怖くてそれはできなかった。
「ごめんなさい」
「危ない目に遭っていないか?」
「うん。唐辛子の粉が飛ぶのを見せてもらっただけ」
「そうか」
僕だって分かってる。ラルフ様は僕が外に出ることが気に入らないわけじゃない。僕が危険な目に遭わないかと心配しているだけだ。
だから今も僕の背中を撫でる手はとても優しい。腕に込められた力も緩んできた。
「ラルフ様も、見せてもらったら?」
「俺には必要ない。唐辛子など目を潰すくらいしか使えない」
「うん」
「あいつは王族の女性のそばにいることが多い。だから血生臭い現場を見せるわけにはいかない。だが俺はそこを気にすることなく敵を斬り刻むことができる」
ちょっと待って、僕の前で敵を斬り刻むことはやめてほしい。
僕は王族でも女性でもないけど、目の前で人が斬られるところは見たくないです。それは我儘だろうか?
「ふっ、安心しろ。マティアスの目の前で敵を屠ったりしない。マティアスが俺に心配ばかりかけるから冗談を言っただけだ」
ラルフ様が冗談を言うなんて……
悪戯が成功したみたいにラルフ様は笑みを浮かべているけど、僕への意趣返しだろうか?
もしかして、誰かに入れ知恵されましたか?
ラルフ様がチラチラとラニエロさんたちのことを見ている。「俺には必要ない」なんて言っていたけど、ラルフ様も気になっているんじゃないか。あの暗器と呼んでいいのか分からない唐辛子を吹く妖精さんのこと。
「ラルフ様も見に行ってきてください。気になっているんでしょう?」
「む……」
ラルフ様は少し視線を泳がせて迷っている様子だったけど、僕をリーブに預けると走ってラニエロさんの元へ向かった。
そんなに気になっていたのか……
僕にはあの妖精さんの良さが分からない。
良さは分からないけど、敵を惨殺するような武器になっていなかったことについては安心した。
「マティアス様、旦那様はとても心配されておりました」
「そうだよね。リーブも迷惑かけてごめんなさい」
「いえ、今回も何か計画があったのでしょう?」
計画? まさかリーブは僕が計画的にフェリーチェ様たちに攫われたと思っているの?
リーブはいつもの微笑みのまま僕を眺めている。それ、絶対に疑ってる目だよね?
そんなわけない。だいたい僕がフェリーチェ様たちを動かせるわけない。──と思いたいところだけど、僕が何かを計画したら面白そうという理由だけでフェリーチェ様たちはのってきそうな気がする……
「今回は何も計画してないよ」
「そうですか。ではそういうことにしておきましょう」
分かってくれたと見せかけて、リーブは全く分かってくれていなかった。
やっぱりここに僕の味方はいない。
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