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二章
544.シルと妖精さん
僕とリーブが話している間もずっとグラートはリーブの腕に絡みついている。グラートはブレないね。
リーブもグラートに向ける視線は優しい。僕に向ける視線は疑っているようなものだったのに……
武器と呼んでいいのか分からない妖精さんとラニエロさんは騎士の皆さんに囲まれている。
戦いを生業にしている騎士のみんなは妖精さんに興味津々の様子だ。
そんなことはいいから、そろそろ帰ろうよ。ロランドを寒空の下に長時間置いておいたら体調を崩してしまう。ブランケットがあるとはいえ、ちょっと冷えてきた気がする。
ロランドはどうしているのかと思って辺りを見渡してみたけど、ロランドの姿はどこにもなかった。
「ねえリーブ、ロランド様は?」
「ルキオ殿が連れて帰りましたよ」
そうなんだ。僕もその時に一緒に帰りたかった。ルキオはロランドのことをよく分かってる。保護してすぐに帰ったのかもしれない。
早く帰って暖かい部屋でのんびり過ごしてください。
今頃は暖かい部屋でお茶でも飲みながら、二人で暗号を考えてるのかな?
僕も早く帰ってラルフ様と二人で暗号を考えたい。
「マティアス、戻るぞ」
「もういいんですか?」
「もういい。マティアスを寒いところに置いておけない」
やっとですか。うちに帰れるのかと思っていたら、僕はラルフ様に抱えられて騎士団に連れていかれた。
リーブはグラートが駄々を捏ねるから、グラートを騎士団の正門まで送ることになったけど、相変わらず優しい目でグラートのことを見ている。
我儘なところも甘えたなところも好きなんだね。
「僕は騎士団でなくうちに帰してもらえないんですか?」
「また行方をくらませる気か?」
「そんなこと考えていません。日が翳り始めて寒くなってきたのでどこへも行きませんよ」
「そうか」
そうか、なんて言ったけどラルフ様は僕のことを全然信じていない。僕が逃げないように更に腕に力が込められた。
フェリーチェ様も騎士団に行くんですね。休んでほしいという副団長の願いは届かなかったようだ。フェリーチェ様を閉じ込めておくことなんて、初めから無理だったんだ。副団長にとってはこれも想定内なんだろうか?
「ママ、かってにいなくなったらダメ!」
「うん、ごめんね」
騎士団に着くと僕はシルにも怒られることになった。
シルは溢れそうなくらい目にいっぱい涙を溜めている。心配をかけてしまったようだ……
もしかしてシルが心配してるから僕は騎士団に連れてこられたんだろうか?
これからはちゃんと断ろう。武器を試すのなんて、僕が見てもよく分からないんだから。今日だってフェリーチェ様たちと森に行く必要はなかったんだ。
ちょっとだけ妖精さんがどう改造されてしまったのか見てみたかったけど、みんなに心配かけてまで見たいわけじゃない。
「おいで」
僕が手を伸ばすと、シルが勢いよく飛び込んできた。そんなに勢いをつけなくていいんだよ。僕は逃げたりしないから。
ラルフ様はシルごと僕を抱き上げて運んでいった。僕が地に足をついたのはほんの一瞬だった……
心配をかけてしまったシルにどこへ行って何をしていたのかを話すと、シルは僕の腕をすり抜けてラニエロさんのところへ走っていってしまった。
シルも新しい妖精さんに興味を惹かれたようだ。それにしてもすり抜け方が上手かった。本当に一瞬の間にすり抜けたんだ。
「行ってしまいましたね」
「そうだな。マティアスはダメだぞ」
「僕は大人しくここにいます。どこへも行きませんよ」
「そうか」
僕はラニエロさんに用はないし、近衛にも用はない。ラニエロさんがどこにいるかも分からない。シルは一人で大丈夫だろうか? 見つけられずに迷子になったり……
「シルは一人で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。フェリーチェを探して案内してもらうだろう」
「そっか」
その手があったか。無計画に飛び出したのかと思ったけど、シルのことだから困ったら誰かに頼るだろう。
妖精さんを欲しいと言わないといいんだけど……
殺傷能力は無いとしても、あれは暗器だ。子どもの頃から暗器に触れるなんてよくないと思う。シルに詳しく話してしまったのは間違いだったかもしれない。
僕が心配していると、シルがフェリーチェ様と一緒に戻ってきた。
「ママ! ラル! ふーってした!」
「シルもしたの?」
あんなちょっと卑猥な感じのものに口付けるような行為をシルにはまだしてほしくない。僕が卑猥だと思って見ているからいけないんだろうか? 暗器だと思えば……いや、それでも子どもが扱うなんて間違ってる。
「マティアス様、シルくんは見ていただけだから安心して。騎士団の地下に捕えてた野盗でちょっと威力を試したのを見学しただけだから」
「……」
それはそれで問題だと思う。
そんな実験をシルは見たのか。シルに怯えた様子はないけど、僕ならそんなのトラウマになってしまいそうだ。
野盗の皆さんも実験に使われて災難でしたね。今まで悪いことをしてきたのかもしれないけど、まさか暗器の実験に使われるとは思っていないだろう。
「面白いくらい効果があったよ。兄貴がかなり細かい唐辛子を使っていたみたいでね、視界を奪うだけでなく咳やくしゃみを連発するような者もいた。ただ、あの細かい唐辛子を作るのはなかなか大変らしい」
「ふむ、乳鉢でひたすらに擦るしかないのか。本体を量産しても中身の問題があるんだな」
フェリーチェ様とラルフ様が唐辛子の粉の話をしている。咳やくしゃみってことは吸い込んだの? それはとても苦しそうだ。
シルにそんな恐ろしい場面を見せないでほしい。
「シル、怖くなかった?」
「うん。チェーとラニがすごくたのしそうにわらってたから、こわくなかった」
なんか想像できる。きっとこの兄弟は苦しむ野盗たちを見て、お腹を抱えて大爆笑していたんだろう。笑っている人がいれば、怖さは半減するのかもしれない。
トラウマにならなくてよかったけど、シルをそんな危ないところに連れて行くのはやめてほしい。シルはしっかりしているけど、まだ子どもなんだから。
「いたい、いたいっていってたら、ラニが『おやすみ』ってみんなねたの」
「うん? 寝たの?」
唐辛子の粉を飛ばされて痛みに苦しんでいるのに寝たってのがよく分からない。フェリーチェ様に視線を送ったけど、ウインクが返ってきて教えてはもらえなかった。
唐辛子の粉の他に何か別の薬でも混ぜていたのかもしれない。
恐ろしいことだ……
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