僕の過保護な旦那様

cyan

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一章

10.暴れる夫

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 再び目が覚めると、僕は一人きりでベッドに寝ていた。あれ? ラルフ様は?
 僕はもしかして夜中にベッドから落ちたんだろうか? そう思うくらい痛む腰に、起き上がることもできずにいた。

 リーブを呼ぶとすぐに来てくれて、腰を打ったみたいで起き上がれないのだと伝えた。
「そうでしたか。旦那様も無茶をなさる……」
 何のこと? 何かあったんだろうか?
 仕事に支障が出るといけないから、治療院には行ったんだけど、馬車に揺られる程度の刺激ですらズキズキと痛みが響いてくる。
 結局、治療院では緑色の酷い匂いの湿布薬をくれただけだった。
 今日と明日はお休みだからいいんだけど、しばらく重い物は持てないかもしれない。

 その日、ラルフ様は帰宅しなかった。帰らないという連絡もない。
 何か問題が起きたんだろうか? ラルフ様が戻らないなんて初めてで、少し不安になった。
 王都を守るって言ってたし、夜勤なんかがあるのかもしれない。夜中の巡回?
 それなら仕方ないかなって思ったんだけど、次の日もラルフ様は帰らなかった。
 やっぱり何かあったんだ。国を守るって大変なんだな。怪我とかしないといいんだけど。

 腰は湿布薬が効いたのか、すぐによくなったから、無事仕事も続けられた。
 しかし、ラルフ様は十日経っても帰宅しない。


「リーブ、騎士とはこんなにも長く家を空けるものなんですね。僕は知りませんでした」
「今は戦争も無いですし、自然災害か何かが起きたのかもしれません。調べてみましょう」
 そうか、自然災害の時にも騎士は人助けに向かうのか。知らなかった。

「マティアス様、事件が起きているという情報や、国内で自然災害が起きたという知らせはありませんでした」
 リーブが午後に戻ると、特に何も起きていないということだった。
「そっか。じゃあラルフ様はどこにいるんだろうね? なんで帰ってこないんだろう?」
 帰れないほど忙しいとか、どこか遠くに行ったとかじゃなければ、一体どこに行ってしまったんだろう?
 僕のこと、嫌になったのかな?

「マティアス様、お尋ねしていいものか迷ったのですが、腰を痛められた日のキャンドルはマティアス様がお選びになったものですか?」
 先日からリーブが、何か話したそうにしているのは知っていたけど、その時がきたら話してくれるんだろうと思っていた。聞きたいことってこれ? キャンドル?
「あのキャンドル、僕も買った記憶がなくてね、おそらくお店の人がサービスでつけてくれたものなんじゃないかと思うんだ。ラルフ様が見つけて試してみたんだよ」

「そうでしたか。朝お伺いした時に僅かに残った香りが気になったもので」
「香り? 甘い香りだよね。朝まで残ってたんだ。気付かなかった」
「いえ、その……媚薬の香りが気になったのです」
 媚薬? 性的に興奮するという、あの媚薬? だとしたら一体なぜそんなものが……

 だからリーブは話し難そうにしていたのか。僕は全然気づきませんでした。媚薬の匂いなんて嗅いだこともないし、気付かなかったのは仕方ないかな。
 媚薬が入ったキャンドルが紛れ込んでいたのなら、リーブに調査をお願いした方がいいのかもしれないなと思った時、ドアがノックされた。
 コンコン
「騎士団の方がお見えです」
「ラルフ様は不在ですよ」
「マティアス様に用があるそうです」

 僕に? まさかラルフ様に何かあったんじゃ……
「すぐにお通しして」


 僕に向かって頭を下げる騎士の男が二人。
「えっと……」
 ラルフ様が何やら荒れていて手がつけられないのだとか。荒れ狂うラルフ様を僕に止めてほしいらしいけど、ラルフ様より圧倒的に非力な僕が止められるとは思えない。
 でも、夫が職場に迷惑をかけているのなら、僕が何とかしなければいけないのかもしれない。
 僕に何ができるのか分からないけど、ラルフ様が帰宅しないのも気になってたし、とにかく行ってみることにした。

 リーブに馬車を出してもらい、僕は急いで乗り込んだ。
 できるだけ早くと言われたから、着替えることなく普段着だ。城に行くわけじゃないから正装なんておかしいけど、騎士団に行くのってどんな格好をすればいいか分からないな。
 ガタガタと揺れる馬車の中で、そんなことを考えていた。


「あちらの第二訓練場です」
「分かりました」
 家まで来た騎士二人に先導されて、足早に訓練場というところに向かうと、中からはガキーンと、鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてきた。
 扉を開けて中に入ってみると、むわっと蒸し暑い空気に襲われた。
 土を固めた地面に騎士が何人も倒れており、その向こうで戦っている人が見える。そのうちの一人は僕の夫であるラルフ様だ。久しぶりに髭があるラルフ様を見た。

 この倒れている人たちは、ラルフ様がやったんだろうか?
 まだ倒れていない人たちも、みんな疲れて肩で息をしているような状態で、それなのにラルフ様だけは、血走った目をギラギラさせて、どんどんかかってこいと挑発するような動きも見てとれた。

「ラルフ様!」
 僕がラルフ様を呼ぶと、僕に気付いたラルフ様はビクッと肩を揺らして、僕から目を逸らして剣を下ろした。
 しかし、僕も呼んでみたはいいものの、その先に続く言葉は考えあぐねていた。
 聞きたいことはある。媚薬のキャンドルのこと、何日も家を空けたこと、なぜ暴れているのか。

「そちらに行ってもいいですか?」
「ダメだ」
 なんで僕と目を合わせようとしないんですか?
 僕はダメだと言われたけど、構わずラルフ様に向かって歩みを進めた。
 僕がどんどん距離を詰めていくと、ラルフ様は少しずつ後退りを始めた。なんで?
 後ろめたいことがあるってこと? まさか浮気?
 たとえ浮気だとしても、騎士たちが大勢いるこの場所で、家庭の事情を持ち出してラルフ様を責めたりはできない。

「ラルフ様、みなさんお疲れです。休ませてあげて下さい」
 そう言うと、ラルフ様は小さな声で「分かった」と言って、周りの人たちに休憩にすると伝えていた。

 僕を迎えにきたうちの一人が「さすが猛獣使い」と呟いたのは、今は聞かなかったことにしてあげる。次にそんなことを言ったら、きっと猛獣ラルフの餌食になるだろう。僕は知らないからね。

  
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