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一章
9.初めての夜
しおりを挟むそれからエドワード王子は、週に一、二回やってくるようになった。
初めは、ラルフ様の夫である僕を見定めにきているのかと緊張したけど、そんな様子はなくて、何度も会っていると慣れてきた。
毎回よく分からない話を少しだけする。人気の娼館の話だったり、相手がこう言ったらこう答えるといいとか恋愛指南みたいな話、貴族の誰と誰が恋仲だとか、そんなちょっと変な話だ。そして薔薇を一輪だけ買って行く。本当に何をしに来ているのか全然分からない。
「マティ、来たよ」
「殿下、護衛も付けずに出歩くのはおやめ下さい。何かあっても知りませんよ?」
「大丈夫。その辺を騎士たちが見回りしてるし、意外と俺強いから」
「そうですか」
ラルフ様に黙って来てるっぽいところも気になる。僕が言ったら、ラルフ様は怒って城に乗り込みそうな気がしていて、それが不安で言えずにいる。
「最近ラルフとはどう?」
「どうとは?」
「仲良くしてる?」
「そうですね。仲はいいと思います」
「やっぱりラルフは夜の方も激しいの?」
僕の耳元で囁くようにそんなことを聞いてきた。
は? この人は何を聞きたいんだ? そんなこと答えるわけないじゃないか。
「ご想像にお任せします」
僕は内心ドキドキしながら、表情筋を引き締めて、何でもないことのようにそう答えた。想像されても嫌だけど、それしか答えられなかった。
だって僕は知らないから。
「そっか。今日は紫の薔薇を一本貰うよ」
「いつもありがとうございます」
薔薇を渡すと、「またね~」と言ってあっさり帰った。
僕に用があるわけではないのに、この人の目的はなんなんだろう? 今日の質問もわけが分からない。僕がラルフ様に相応しくないと判断して、仲を引き裂きたくなったんだろうか?
そんな風に考えていたら、隣のお菓子屋さんの向こうにラルフ様の影を見つけた。いつからいたんだろう?
まさか見られてないよね?
見られてたら、一瞬にして距離を詰めてエドワード王子に剣を向けそうな気がする。
でも、僕が働いているお店に迷惑がかかるから、その辺を我慢しているのだとしたら……
勤務時間が終わると、急いでラルフ様の元へ向かった。僕から「見ていましたか?」などと聞いて、エドワード王子が店に来ていることを知らなかったら藪蛇になるし、触れずにおくか。
ラルフ様が迎えに来てくれた日は、手を繋いで帰る。僕の冷えた手を温めるのは、ラルフ様の役目だからだ。
もう寒い時期は過ぎたんだけど、ラルフ様はそれを楽しみにしてるみたいだ。
暖かくなったから、この時間でもまだ日は高く、あんな日向で待っていたラルフ様の手は熱かった。
長く伸びた影を追いかけるように歩いていく。影だけ見ると、二人の姿は親子みたいに見える。僕は子どもみたいに小さいってわけじゃない。少し小柄ではあるけど、大人の男なのに、ちょっと悔しい。
「今日は早くお仕事が終わったんですね」
「そうだな」
ラルフ様のお仕事が早く終わるってことは、きっと王都が平和ってことだ。
「今日の夕飯は何でしょうね?」
「マティアスと一緒に食べる食事なら何でも美味しい」
「そうですか。僕もですよ」
「そうか」
無難な会話をしながらも、ラルフ様は相変わらず、周囲に鋭い目を向けて歩いている。
ラルフ様はこうして僕のことを守ろうとしてくれるけど、相変わらず僕に手を出してこない。手は繋ぐけど、キスも無い。
さっきエドワード王子に言われたことが気になる。
同じベッドで寝るだけでいいんだろうか?
人としては好きだけど、性的な対象ではないとか? 僕はどうするべきなんだろう。これは結婚ではなく同居なのではないかとも思えてきた。
夕飯を一緒に食べて、お部屋に戻って二人で少しだけお酒を飲む。
「ラルフ様、今日のキャンドルはどれにしますか?」
「今日はそのピンクのがいい」
「こんなの買いましたっけ? サービスでお店の人がつけてくれたものかな? では今日はこれにしましょう」
ベッドの横の小さなテーブルに、ラルフ様が選んだピンクのキャンドルを置いて火をつけた。
寝る前にキャンドルの香りを楽しみながら、今日あったことの話などをするのが、僕たちの日課だ。
最初の頃は、気を張り詰めているラルフ様のために、リラックスする香りばかりだったけど、最近は甘い香りや爽やかな香り、森の香りなど、色んな香りを楽しむのが二人の共通の趣味みたいになってる。
ライトを消して、キャンドルだけの灯りの中、初めて嗅ぐ甘い香りが部屋に広がっていく。
ベッドに入ろうとしたら、ラルフ様に腕を引っ張られて、抱きしめられた。ドキドキする。何だか胸が熱い。
「マティアス、ごめん」
「え?」
何のこと? 謝られた理由が分からない。
「マティアスは俺に抱かれるのは嫌か?」
「嫌じゃありませんよ」
「愛したい」
「はい」
突然だったからビックリはしたけど、嫌なわけないよ。いきなり剣を抜いたり、驚かされることもあるけど、僕は優しいラルフ様のこと愛してる。
僕は密かにこの日が来るのを待ってた。
ラルフ様が言った「ごめん」の意味が聞けないまま、熱い唇が重なって、気持ちいいって思って、体が熱くて苦しくてラルフ様を必死に求めた。
気が付いたら、窓の外はほんのり明るくて、ラルフ様に裸のまま抱きしめられていた。
身じろぎしたら、腰にズキっと雷に打たれたみたいな酷い痛みが走って、動くことは断念した。
えっと、僕はラルフ様ととうとう……
あんまり内容をよく覚えてない。気持ちよかったってことと、ラルフ様の「愛してる」って声が頭に響いていたことは覚えてる。せっかくラルフ様と愛し合ったのに、記憶が曖昧なのは残念だな。
他にも何か忘れている気がしたんだけど、そんな事より体が怠くて、僕はまた眠りに落ちた。
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