僕の過保護な旦那様

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二章

124.不機嫌な帰宅

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『マティアス、シル、年末に王都に戻る。
 ラルフ』

 ラルフ様からとても短い手紙が届いた。なぜ戻ってくるかというと、新年の夜会に出席することが決まったからだ。タルクもヴィートも参加するし、僕は意外と貴族と関わりがあるから正直挨拶回りで終わるんじゃないかと思っている。

 それにしても、この短い手紙……
 ラルフ様は怒っている気がする。なんでもない時なら、早く会いたいとか、会えるのを楽しみにしているとか、近況とかを書いてくると思うんだ。それは僕の自惚だろうか?

 その手紙が届いた翌週、ラルフ様はクロに乗って帰ってきた。ルーベンとグラートも一緒かと思ったけど、ラルフ様一人だけだった。

「ラルフ様、おかえりなさい」
 報告は色々ある。ルカくんのこともあるし、陛下に呼び出されたこと、ハリオのことも。
「マティアス、やはり離れるべきではなかった」
 やっぱり怒ってるんだよね? 僕が悪いの?

 有無を言わさない雰囲気で、僕はラルフ様にひょいっと抱えられて部屋に連れていかれた。
 部屋に入ると、ラルフ様は無言のまま僕をすぐに脱がせてお風呂に連れて行った。長距離移動の後でお風呂に入りたかったんだと思うんだけど、それって僕も一緒に入る必要ある?
 丁寧に僕の体を洗って湯船にポイっと入れられた。ラルフ様も泡だらけになりながら全身を洗って湯船に入ってきた。帰宅から今までラルフ様は一言しか話していない。その無言の圧力がちょっと怖いんだけど……

「マティアス、何があった?」
 湯船の中でラルフ様に後ろから抱きしめられたまま聞かれた。やっと僕は説明の機会を得た。背中に当たる硬いものには気づかないふりをする。
「えっと……」
 僕は陛下に呼び出されて、迷宮の未発見の扉を見つけた話をしたこと、夜会に出ろと言われたこと、ルカくんのことも家に滞在させていてハリオがプレートアーマーを買うとか言っていることを話した。まだ買ってはいないから、ルカくんが頑張ってくれているんだと思う。

「マティアスは危なっかしい」
「僕のせいですか?」
 ラルフ様に心配かけないように一人で出歩いたりはしていないし、安全に過ごしていたはずだったのに。
「マティアスのせいではないが、やはり俺が側にいる必要がある」
 そんなこと言ってるけどさ、寂しくて側にいたかっただけじゃないの?

「寂しかったですか?」
「当たり前だ。毎日ママと寝ていた」
 え!? ママ? 一瞬浮気をしたのかと思ったけど、思い返してみたらシルがラルフ様にあげた黒光りしたチンアナゴは『ママ』って名前だった。紛らわしい……
 僕の代わりに握ってたってこと? なんかすごく微妙な気持ちだ。

「ラルフ様、怒ってますか?」
「少し怒っている」
 やっぱり……
「ごめんなさい」
「マティアスには怒っていない。マティアスの側を離れた自分に怒っている」
「ルカくんを家に置いたことも怒っていますか?」
「マティアスやシルに危害を加える人物でなければ構わない。そのような者をハリオが俺の家に置くとは考えられない」
 ラルフ様ってやっぱり部下のみんなのことを信頼してるんだな。部下のみんなは信頼してるのに、僕は一人では置いておけないと思われているってところが悲しい。

「夜会に行くの、そんなに嫌だったんですね。勝手に返事をしてごめんなさい」
「大丈夫だ。マティアスのことはこの身が砕けても俺が必ず守る」
 夜会に行くのにラルフ様の身が砕けるなんてことないと思う。それどんな夜会?
 夜会を敵の中枢に突っ込んでいくのか何かと勘違いしていませんか?
 いや、ある意味、夜会は戦場だ。明確な敵意が向けられない分、戦場よりも厄介かもしれない。

「大丈夫ですよ。そんな危険なことにはなりませんから。でも、僕はダンスが苦手で……」
 ラルフ様はどうなんだろう? そういえば僕はラルフ様と夜会に出席したことがない。僕が社交界デビューする年にラルフ様は戦場にいたし、戻ってきてからも一度も参加していない。
「心配ない。俺がなんとかする」
 ラルフ様ってダンス得意なんだ。それはちょっと楽しみかもしれない。僕は足を引っ張らないようにしよう。

 ゆっくりお風呂に浸かって温まったら、ラルフ様はやっと落ち着いたみたいだ。
 この時期は仕方ないんだけど、荒れてしまった僕の手にラルフ様が軟膏を塗ってくれた。温かくて大きな手でぬるぬるされると、欲望が湧き上がってくる。
 夜までは我慢しよう。でもキスはたくさんしたい。

「ラルフ様、キスしたいです」
「ダメだ」
 まさか断られると思っていなかったから、軽いショックを受けていると、ラルフ様が説明してくれた。
 キスしたら我慢できなくなりそうだから夜まで待ってほしいって。
 うん。僕もそうかも。キスもお預けか、と思いながら僕はラルフ様の膝の上で過ごした。

「マティアス、どこに行く?」
「え? お手洗いに行くだけですよ」
「分かった、付き添う」
「すぐそこですし、この家はラルフ様が安全に整えてくれているので大丈夫ですよ」
 そう言ったのに、ラルフ様はついてきた。目を離した隙に壁の中に入ったらいけないなんて言って、扉を閉めることも許してもらえなかった。恥ずかしいんだけど……

「マティアス、何をしている?」
「今日のキャンドルを選んでいます」
「そうか」
 ラルフ様は僕が迷宮で開かない扉の向こうに入ってしまったことが、トラウマにでもなっているのかもしれない。一番安全なこの家の中でさえ、こんなに警戒しているなんて。今日は心が落ち着くカモミールのキャンドルにしよう。

「マティアス……」
「いいですよ」
「キスしていいか?」
「もちろんいいですよ」

 いつもみたいに熱を帯びた瞳なんだけど、鋭さがなくて不安そうにゆらゆらと揺れていた。
 僕が側にいてもこんなに不安なんて、離れていた時はどうやって過ごしていたんだろう?
「ずっと隣にいてくれ」「いなくなったりするな」
 ラルフ様は不安そうにずっとそんなことを言っていた。
「大丈夫ですよ。ずっと隣にいますから」

 終わりたくないと言っているかのように、律動はゆっくりと、徐々に高みに上り詰めていく。
「まだ繋がっていたい」
「いいですけど、少しは眠らせてくださいね」
「分かった」
 またラルフ様のちょっと信用できない「分かった」が出た。僕は今夜、眠らせてもらえるのかな?


 
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