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二章
286.僕にも教えてください
しおりを挟む朝食と報告会が終わると、気合いが入った様子で騎士のみんなは庭へ出て行った。軽く庭で体を動かした後は、移動速度の強化訓練をするために森へ行くそうだ。
本当にするんだ……みなさん、瞬間移動ができるよう頑張ってください。
タルクも副団長も一緒だ。タルクって騎士じゃなくて花屋だよね? 瞬間移動って必要?
「シルも行くの?」
「ぼくもくんれんする!」
「ヒンッ」
パンも?
ラルフ様がいるから大丈夫かな。
みんなが出発すると、一気に静かになった。ルカくんとニコラは普通に出勤していったし、残ったのは使用人の皆さんと僕とフェリーチェ様だけだ。
「フェリーチェ様は一緒にいかないんですね」
「うん。私はもう騎士じゃないし、これ以上足が速くなる必要がないから」
「そうですか」
僕も「これ以上足が速くなる必要がない」なんて言ってみたい。
みんながいない間にゆっくりと今回のことを聞けるのはよかったのかもしれない。
僕にも教えてください。僕は騎士じゃないけど、ルキオたちを預かっているし、騎士が集まる家に住んでるんだから知りたい。
「フェリーチェ様、今回の騒動のこと詳しく教えてください」
「うん?」
「ラルフ様は何も教えてくれなかったんです」
「そうなの?」
そうだよ。僕は何も知らされないまま外出を禁止されて、厳戒態勢とか言われて怖かったんだ。
今回の件、第三騎士団の大隊長ロランド・アリオスティの発言が発端だったそうだ。彼は貴族第一主義のアリオスティ侯爵家の次男で、貴族の肩書だけで大隊長になった仕事をしない男らしい。
仕事をしないってのはどの程度のレベルなのかが分からないけど、確かエドワード王子も仕事をほとんど副団長に投げていると言っていた気がする。きっと同じ感じなんだろう。
彼の周りには平民を見下す貴族の子息たちが自然と集まった。
意外と人望はあるんだろうか?
フェリーチェ様曰く「甘い汁を吸おうとゴミ虫たちが群がっただけ」だそうだ。酷い言われようですね……
そのアリオスティ隊長が「私を楽しませることができれば昇格させてやる」なんて言ったものだから、バカな騎士たちが暴走した。
同じ第三騎士団に在籍するメルクリオ様が抗議の声をあげたのは、アリオスティを失脚させる目的もあったそうだ。
僕はてっきりラルフ様に気に入られたいからだと思ってたよ。ちゃんと仕事してたんだね。
そしてアリオスティ隊長はメルクリオ様に詰め寄られると、「面倒だしもう辞める」とあっさり退団して実家に帰ったらしい。
それが朝に説明していた「あいつ辞めて実家帰った」の真相だったのか。
表向きは責任をとって辞めたってことになっているそうだ。
ルキオを襲った、処遇で揉めていると言われていた三人は、アリオスティ隊長を退団に追い込んだ責任を感じて退団した。そこにも貴族のしがらみってやつが絡んでそうですね……
「フリードを泳がせていたら大物が釣れると言っていたのは、アリオスティ隊長のことだったんですね」
侯爵家の次男ならかなりの大物だと言える。
「違うよ。アリオスティは初めから分かってたからね。もっと面白いものが釣れたよ。アリアドネだ」
アリアドネ? 女性だよね? 聞いたことある気がするけど、誰だっけ?
「誰でしたっけ?」
「プッ、マティアス様は本当に最高だね。あははは。忘れられてるなんて本人が知ったら顔を真っ赤にして怒りそうだ」
フェリーチェ様はお腹を抱えて笑っているけど、僕は本当に思い出せなくて困ってるんです。
ひとしきり笑うと、フェリーチェ様はやっと教えてくれた。
「アリアドネ・クロッシーって言えば分かる?」
「あー、クロッシー隊長の過激な奥様」
「そのネーミングセンス最高! やっぱりマティアス様は面白い」
フェリーチェ様はまた笑いのツボにハマってしまったみたいだ。
僕はそのクロッシー夫人が何をしたのか知りたい。
「アリアドネはアリオスティの駒だったんだよ。駒というより勝手に忖度して動いていたという方が正しいかな。クロッシーが中隊長になったのもアリオスティが口添えしたなんて話もあった。
なんで中隊長の妻が騎士団で大きな顔してるのかと思ったら、アリオスティという後ろ盾があると本人は思っていたようだよ」
「そうなんですね。ん? もしかして今回の件、一番悪いのはクロッシー夫人?」
「うん。そういうこと。アリオスティは例の『私を楽しませることができれば昇格させてやる』って発言はあったけど、実質何もしていない。ルキオたちを襲うよう指示もしていなかった。というかアリオスティは第三騎士団でルキオたちは第二騎士団だから、ルキオたちの存在も認識していなかったよ。騎士たちを焚き付けたのはアリアドネだ。騎士たちというより、騎士たちの家族だけどね」
クロッシー隊長を昇格させるために、夫人が上の機嫌をとって悪巧みをしていたってことか……
夫人にとっては、分隊長というそれほど高くない地位にありながら、団長や副団長などの上層部と仲良くしているラルフ様も疎ましかったのかもしれない。過激なだけじゃなく野心も強かったのか……
だからラルフ様は初めからクロッシー夫人を警戒してたのかな?
僕にとってクロッシー夫人は明確な敵と認識したけど、アリオスティ隊長は得体が知れない。楽しませるという発言の意味も分からないし、あっさり辞めたってのも不思議だ。何も指示していないなら、知らないと言って責任逃れできるはずなのに、そうしなかった。今後関わることもないから、真相を知ることは叶わないけど、なんだかモヤモヤする。
「クロッシー夫妻はどうなるんですか? 隊長は降格ですよね? 夫人は?」
「今決まってるのは、夫であるレアーレ・クロッシーの中隊長解任だけだね。アリアドネは騎士への接触禁止とか、そんな感じになるんじゃないかな? レアーレも中隊長解任は決まってるけど、小隊や分隊を任せるか、役職のない騎士まで落とすかはまだ決まってない」
「そうですか……」
「心配?」
心配じゃないと言ったら嘘になる。それだけのことを起こせる過激な奥様が、このまま大人しくしているとは思えない。うちに襲撃に来たり……
「アリアドネはアリオスティに尽くしていた気になってるから、庇ってもらえると思ってるみたいだけど、退団したのに庇うわけないよね。アリオスティ家だって、ロランドを退団に追い込んだ女なんて庇うとは思えない。それどころか圧がかかるかもね。だから心配しなくても大丈夫だよ」
そっか。それでも何もせず大人しくしているかは分からない。お茶会だって開いたところで、もう誰も参加しないだろう。社交界でも噂になるだろうし、どこへ怒りの矛先が向かうのか分からない。
僕は引き続き、ほとぼりが冷めるまではお仕事をお休みすることにしよう。僕の自衛手段が家に引き篭もるだけってのは情けないけど、ラルフ様に迷惑をかけるよりはいいんだ。
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