僕の過保護な旦那様

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二章

315.馬番の男

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 ラルフ様が帰ってくると、侯爵がうちにきてロランドと喧嘩をしたことを話した。
「ロランド様が侯爵を穴が開くほどにじっくり見ているのが面白かったです。ふふふ」
 今でも思い出すと笑ってしまう。

「人騒がせな奴らだが、マティアスが楽しかったのならよかった」
 ラルフ様が優しく微笑むからドキドキしてしまった。
 そっと頬に触れた指が温かい。ぼーっとしているとラルフ様に唇を奪われた。なんでキスしたいって分かったの? 言葉にすると伝わらないことが多いのに、何も言わなくても分かってしまうのは不思議だ。
 もっとキスしたかったのに、ラルフ様の唇は離れていってしまった。

「もっとキスしたい」
「ダメだ。これ以上したら我慢できなくなる。あとでたくさんする」
 あとでたくさんしてくれるんだ? そんな風に予告されると期待でドキドキしてしまう。

「そうだマティアス、来週辺りに馬番がくる」
「そうなんですね、前に言っていた人?」
 ラルフ様は心当たりはあるけど了承してもらえるか分からないと言っていた。マリオとマリカを見つけてきた時よりは早く決まってよかった。
「そうだ。あれは馬の世話しかしないが、馬のことは大事にする」
「馬の世話しかしないってことは使用人の仕事はしないってこと? 馬も増えたから馬の世話だけでいいよ。ルキオの馬とロランド様の馬も来るんだよね?」
 他のことはしなくてもいいけど、一人で大丈夫だろうか?

「あれの仕事は馬の世話限定だ。それと朝晩の食事と昼寝、お茶の時間には美味しいお菓子が雇用の条件だ」
「そうなんだ、変わった人ですね」
 ラルフ様が雇うと決めたなら危険な人ではないんだろう。昼寝が条件に入っているということは穏やかな人なんだろうか? それとも肉体労働で疲れるから?

 ラルフ様は来週辺りと言っていたのに、二日後の昼過ぎに馬番がやってきた。
 二十歳を少しすぎたくらいに見える若い男で、ルキオたちと同じくらいだろうか?
 馬の世話はロランドが倒れるくらい力がいる仕事なのに、筋骨隆々という感じではなく、細身に見える。着痩せするタイプなのかもしれない。
「俺はピグロ。ラルフに雇われた馬番だ」
「早かったですね。僕はマティアスです」
「ぼくはシルヴィオです」
「今ってお茶の時間だよね? 美味しいお菓子ある?」
 いきなりお菓子の話とは……
 別にいいんだけど、きっと彼は甘いものが好きなんだろう。

「マティアス様、リズが来ています」
 リーブが呼びにきた。リズが来るのは久々だ。もしかしてメイドに復帰するんだろうか? 子どもが小さいし、イーヴォ隊長の奥様の仕事もあるから、無理しなくてもいいのに。
 そう思ったら違った。

「ピグロがお世話になります」
 リズが頭を下げた。
「ん? ピグロはリズの知り合いなの?」
「そうそう知り合いって言うか、これ俺の姉ちゃん」
「そうなんだ? ピグロはリズの弟なんだね」
 それならラルフ様が信頼するのも分かる。

「弟は馬の世話は問題ないと思いますが、それ以外はまだ人前に出すのは不安というか……」
「ラルフはいいって言ったよ。俺、敬語使えないんだよねー。基本馬小屋にいるから、偉い人が来ても関わらないし大丈夫だってー」
 なるほど、敬語とかマナーは苦手ってことだ。うちは夜会とか茶会とかしないし、貴族が訪ねてくることは稀だ。貴族が来た時はリーブかメアリーが対応するから問題ない。
 ロランドは彼が敬語が使えなくても怒ったりすることはないと思うけど、念のため言っておこう。
 他の人たちは敬語なんてほとんど使わないし、大丈夫だと思う。

「リズ、心配しなくても大丈夫だよ。うちには敬語が使えないくらいで何か言う人はいないし」
「ですが……
 分かりました。何かあれば容赦無く叩きのめしていただいて結構です」
 そんなに? 叩きのめしたりはしないよ。やっぱりリズの弟だし強いんだろうか? ピグロも一人で野盗の拠点を潰しに行ったりするの?
 僕の同志ではなさそうな気がする。

「ねえねえ、このお菓子食べていい?」
「うん、いいよ。これママがすきなの」
 ピグロはやはりお菓子が大好きみたいだ。シルに尋ねて許可を得ると、指で摘んでパクッと食べて「うめ~!」と叫んだ。
 リズが深いため息をついて、リーブに指導を頼んで家に戻っていった。

「姉ちゃんは心配しすぎだって。俺、馬の世話はちゃんとやるし」
「うん。馬はあと二頭増えるから、全部で六頭なんだけど一人で大丈夫?」
「全然余裕! 人の世話するよりよっぽど楽!」
 そうなんだ……
 うちの馬は大人しいけど、ルキオの馬とロランドの馬は分からない。ラルフ様が大丈夫だと判断したんだから彼に任せてみようと思う。

 お菓子を食べ終えると、シルがピグロを厩舎に連れていった。シルは早くパンを紹介したかったのかもしれない。

 今日ロランドはルキオを伴って花屋の配達に行っている。帰りが遅いけど大丈夫だろうか?
 フェリーチェ様も今日は副団長がお休みだからうちには来ていない。二人でデートしているんだと思う。短いならデートの再現を見てもいいけど、長編はどうか勘弁してください。

 ロランドとルキオより先にラルフ様が帰ってきた。
「ピグロが今日到着しました」
「早かったな。さてはお菓子目当てだな」
 やっぱりピグロはお菓子が大好きらしい。

「ピグロはリズの弟なんですね。リズも挨拶に来てくれました」
「そうか。リズは元気だったか?」
「はい。元気そうでした。ピグロのことが心配そうでしたが……」
「あれは馬小屋に篭るから大丈夫だろう。人と関わらなければ問題は起こらない」
 人と関わらなければって、そんなの無理じゃない?
 関わらないわけにはいかないし、パンがいるからシルが一番関わりそうだ。しばらくは注意してみておこう。

「ルキオとロランド様がまだ帰っていないんですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。あいつらはアリオスティの屋敷にいる」
 なるほど。今日の配達って、もしかして侯爵が頼んだ小さな花束だろうか? ロランドにたまには家に帰ってこいと言っていたけど、もう会いたくなってしまったんだろうか?

 夕食の時に、ルキオとロランド以外のみんなにピグロを紹介した。
「俺はピグロ、よろしくー!」
 何とも軽い挨拶だ。

「すげー! これ、好きなの好きなだけ食べていいの? 嫌いなもの食べなくていいなんて最高!」
 ピグロはうちの好きなものを好きなだけ自分で盛り付けて食べる食事の形式が気に入ったようだ。

 他のみんなは気にしていないけど、リーノだけは少しピグロの言動に顔を歪めた。リーノは真面目だから、騎士になるために敬語やマナーをしっかり勉強している。
 三人のうち唯一一人称が『私』だし、ジーノやルキオがおかしな言葉を使うと注意していることもある。そのせいで気になってしまうんだろう。

 ピグロは騎士ではないし、貴族と関わることもない。ロランドくらいだ。
 リーノが厩舎に近づくことはないから、食事の時以外で二人が顔を合わせることはないと思う。
 ピグロも今日は初めてだからはしゃいでいるけど、毎日騒ぐわけじゃないだろう。そこは寛大な心で許してあげてほしい。

 
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