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1.身代わり生活の始まり
3.
しおりを挟む僕は唖然としながら、去っていく王子様と護衛たちを見送った。
嘘だよね?
でも本当のことを言ったら、僕は殺される。殺されるどころか、盟約を破ったとして国が侵略される。変に勉強なんてしたせいで、各国の勢力図が分かっているから余計恐ろしかった。
幸せを願って国に置いてきた母と弟や妹のことが頭に浮かぶ。
最後に母の顔を見たのは、従者に応募するために王都へ旅立つ時だ。
「息災を祈っています」なんて寂しそうに言われたんだっけ。弟や妹には頑張れと言われた。
僕が守らなきゃいけない。
僕は大人しく帝国軍に従って、帝都まで連れて行かれた。途中で何度か野営をしたけど、乱暴に扱われることもなく、大きくて豪華な馬車に乗せられて、周りを帝国軍が囲んでの移動だった。
道中は僕も何かを話したりはしなかったし、帝国軍の人たちも必要以上に僕に話しかける人は誰もいなかった。
「食事です」「出発します」そんな事務的な言葉しか聞いていない。
「降りろ」
長い廊下はとても静かで、僕を取り囲む軍人の、鎧のガチャガチャと鳴る音と、硬いブーツで石の床を踏み鳴らすカツカツという音だけが響く。
──何もかもが無機質でとても冷たい。
ここが皇城。今もなお、周辺国への侵略行為を進め、戦争を繰り返す国。
今代の皇帝は実の父親である先代を殺し皇帝の座についた、最恐と謳われるグレオン・ヴェルナー。彼がトップに君臨する国。
まだ会ってもいないのに、背中には嫌な汗がじわっと滲み出てくる。
城に入るとどこへも寄らず、一息つく間も与えられないまま、真っ直ぐに謁見室へ通された。
左右に並ぶみんなの視線が痛い。全く歓迎されていないことが分かる。彼らは豪華な服を着ているから、帝国の貴族だろうか?
一段高い位置に置かれた金色の豪華な椅子は、皇帝が座る椅子なんだろう。
僕は片膝をついて頭を下げて待つ。重苦しい空気とチクチクと刺さる嫌な視線に逃げ出したくなる。
しばらくすると、皇座の辺りにカツカツと足音が響いた。いよいよ皇帝と顔を合わせることになる。僕は緊張で生唾をゴクリと飲み込んだ。
「俺はグレオン・ヴェルナー、この国の皇帝だ。お前がエルヴァニアから俺への捧げものか」
「はい。誠心誠意尽くします」
僕は教えられた通りに挨拶をした。この挨拶も、この日のためだったんだろう。よく考えたら従者が皇帝に挨拶するなんてことはない。なぜ僕は気づかなかったんだ……
「俺に顔を見せよ」
ヴェルナー帝国は人間と竜人族が治める国だ。顔を上げる許可が出ると、ようやく皇帝の顔を見ることができた。
眉間には深い皺が刻み込まれ、目が合っただけで思わず後退りしたくなるような圧倒的強者の風格。
艶のある髪は真っ黒で毛先だけ少しうねっている。キリッと太い眉に真っ赤な目は鋭い。体格も良くて、僕なんかは簡単に捻り潰せるだろう。手の甲に鱗のような模様が僅かに確認できた。きっと彼は竜人族だ。
「ふっ、弱々しい存在だ」
僕は震えることしかできなかった。
それはそうだろう。人間や竜人族に比べ、獣人は小さい傾向にある。獣人であっても体が大きい種族もいるが、大半は人間たちより頭一つ分ほど小さい。
それに僕は猫だから、どんなに鍛えても種族の特性上、大きな筋肉はつかない。
顔を合わせるだけで、謁見室では必要以上の会話はなかった。盟約どおりにエルヴァニアが王族を送ってきたということを、国内に知らせるためにみんなが集められたのかもしれない。
僕は謁見室を退室すると、また屈強な軍人に囲まれて廊下を歩き、豪華な扉の部屋に通された。
「お前の部屋はここだ。これからは皇帝陛下のために尽くせ」
「はい」
謁見室で殺されることはなかったけど、明日生きているとも限らない。怖くて仕方ない。なぜ僕が王子様の身代わりなんてすることになったのかも分からないし、これからどうすればいいのかも分からない。
通された大きな部屋には、大きな窓があってレースのカーテンがかかっている。すごく綺麗な花瓶が置いてあったり、複雑な模様のフワフワな絨毯が敷いてあったり、宝石みたいな綺麗な塊とか、色々な美術品が置いてある。僕はこんなに綺麗な部屋で過ごしていいんだろうか?
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