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1.身代わり生活の始まり
5.
しおりを挟む「夕食は部屋で食うか?」
「はい」
まだ食事マナーにはあまり自信がないから、部屋でいただけるのはありがたい。
みんなに見られながら食べるのは緊張するんだ。ここには間違っていても、それを注意して直してくれる先生はいない。
間違えてはダメだと思うほどに緊張してしまう。
「陛下もお部屋でいただくんですか?」
「そうだ。うるさい奴らがいない方がゆっくりできるだろ」
僕はその言葉に対して、肯定していいのか分からなくて何も答えられなかった。
同意できる内容ではあるけど、この国の人たちのことをまだよく知らない。安易に返事をしてはいけないんだ。
ワゴンに乗せられた食事が届くと、メイドのお姉さんがテーブルに料理を並べてくれた。
とても豪華な食事で、これを本当に僕が食べていいのかと疑ってしまうくらいだ。
皇帝の対面に座ったけど、緊張でフォークもナイフも持てなかった。
「あー!」
「なんだ? 急に大声を出すな。びっくりするだろ?」
「ごめんなさい」
でも僕がやらなきゃいけないことが分かった。
僕は席を立って、フォークを片手に持った。緊張しながら皇帝の側に行く。
「陛下のお食事の毒見を……させてください」
「はははっ、いいなお前、気に入った」
なんで僕は笑われたんだろう?
分からないけど、僕は皇帝に気に入られたらしい。
震える手で料理にフォークを向けると、手を止められた。間違ってたんだろうか?
「お前がそんなことをする必要はない。すぐに人を呼ぶから待て」
「はい」
皇帝はすぐに人を呼んで、二人分の料理の毒見をさせた。
「これで安心か?」
毒が入っている可能性は低いと思っていたけど、謁見室での嫌な視線で、もしかしたらと思ってしまったんだ。
「疑って申し訳ありません」
「こんな立場だ、疑り深い方が長生きできるぞ。それにお前は自分の料理でなく俺の料理を自ら毒見しようとした。その心意気が気に入った」
そうか、王子であれば自ら毒見を申し出るなんてことはしない。失敗だ……
料理のマナー……と思ったけど、皇帝は肉の塊にフォークをグサッと刺し、大口で齧り付いた。小さく切って、少しずつしか食べちゃダメなんじゃないの?
もしかして、国によって違うとか?
パンも一口サイズに千切ったりせず、大きいまま口に入れて噛みちぎった。僕が覚えたマナーってなんだったんだろう?
僕は迷いながら、ナイフで小さく切って少しずつ食べた。緊張でそんなにたくさんは食べられなかったし、大きな口でガツガツ食べられる心境でもなかったんだ。
「少し休んだら風呂に行くぞ」
「はい」
僕はお風呂が苦手だけど、僕に拒否権はない。お風呂を拒否したという理由で殺されたくはない。
ソファで寛ぐ皇帝に手招きされて、僕は皇帝の隣に浅く座った。
「ちょこんと座っているのは可愛いが、遠慮しているのか? まさに借りてきた猫という感じだな」
「遠慮というか、緊張です」
「そうか。それは仕方ないな。いずれ慣れろ」
「はい」
慣れるなんて無理だと思う。だけど皇帝の言葉に反発してはいけない。
この部屋にベッドは一つしかなかった。僕はどこで寝ればいいんだろう?
床か、ソファかな?
どこで寝ようかと考えていると、メイドの女性が二人入ってきて、お風呂を整えて出ていった。
メイドが世話をしてくれるんじゃないの?
まさか僕が皇帝の体を洗ったり拭いたりするの?
力加減を間違えただけで殺されたりしないよね?
「どうした? また緊張か?」
「はい……」
「風呂に行くぞ」
「はい」
皇帝に続いてお風呂に向かうと、タオルも着替えも僕の分まで用意してあった。
でもお風呂の世話をしてくれる人はいない。やっぱり僕がやるんだろうか?
「俺が洗ってやる」
「え? いえ、自分でできます」
皇帝は室内でずっと政治をしていたのに、体は仕上がっていた。防具を服の中に仕込んでいるという想像は外れ、防具などなく全て筋肉だった。
綺麗に割れた腹筋、盛り上がった肩や胸、二の腕も筋肉で太い。
僕は……筋肉なんてほとんどない。体は軽いし関節も柔らかいけど、発達した筋肉はない。
「遠慮するな。ほら、手を退けてみろ」
抵抗できない僕は、情けないほどに縮こまったところまで皇帝に見られた。
「可愛いな。使い込んだ形跡がない。こっちはどうだ?」
ぐるんと後ろを向かされて、尻肉を割り広げられた。そんなところ見ないでよ……
「尻尾はないのか」
「僕はないです。尻尾がある人もいますが、あまり多くはないし、退化して小さい尻尾なのでみんな隠しています」
「なるほどな。まぁいい、お前は経験がなさそうだから俺が洗ってやる」
「自分で……」
僕は言いかけたけど、皇帝に鋭い視線を向けられると、それ以上抵抗することはできなかった。
大人しく力を抜いて、身を任せることにする。指が入ってきて、背中がゾワッと粟立った。耳の先の毛まで逆立つほどにゾワッとした。なんで指なんて入れるの?
お湯を注ぎ込まれて、中を洗ってるみたいだ。お風呂でそんなところまで洗うって知らなかったよ。
僕は元々お風呂が嫌いだし、できるだけ入らずに過ごしてきた。猫人族とウサギ人族はお風呂が嫌いな人が多い。象や水鳥系の人は水浴びが好きだけど、他は好きじゃない人が多いと思う。
水になんて浸からなくても、汚れたら拭けばいい。
耳に水がかかるのは特に嫌だ。毛がペッタリして、すごく不快。
皇帝にはこの気持ちは分からないんだろう。皇帝の耳には毛が生えていないし、さっと拭けばいいだけなんだ。
そういえば鱗は手の甲に数枚あるだけだった。体がびっしり鱗で覆われているなんてことはないし、皇帝も尻尾はなかった。
「いい匂い」
「そうだろ?」
溜めたお湯の中にはハーブの束が入っていて、このお湯に浸かるなら嫌じゃないと思った。
「あまり長く入るとのぼせる。もう出るぞ」
「はい」
よかった。ずっと浸かってないといけないなら、出たいと言おうと思っていたところだ。
「お前は小さいから届かないだろ」
「すみません……」
皇帝が言うとおり僕は小さくて、皇帝の髪をちゃんと拭くことができなかった。
皇帝は自分で雑に髪を拭くと、裸のまま僕の腕を掴んでベッドに向かった。
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