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1.身代わり生活の始まり
13.
しおりを挟む僕がお風呂から上がって体や髪を拭いて、耳の毛は特に念入りに拭いていると、やっと皇帝も湯から上がった。
耳が濡れないように皇帝の体を拭いてあげた。今日はしないから皇帝はちゃんと寝巻きを着ている。
僕の寝巻きも用意してあったから、着たらちょっと大きかった。引きずってしまうけど、このお部屋は綺麗だから大丈夫だろう。
「でかいな、作り直そう」
「このままでも大丈夫です」
「上はいいが下は引っかけて転ぶぞ」
僕はそんなに簡単に転んだりしない。意外と僕は体幹が強いんだ。変な体勢になっても、そこからちゃんと元の体勢に戻れるんだ。
──そう思ったのに、僕は長い裾を引っ掛けて転びそうになった。立て直したから転びはしなかったけど、皇帝にバッチリ見られた。
「ほらみろ、作り直すのは決定だ。異論は認めん!」
「……はい」
大丈夫だと言ったそばからこの体たらく……
寝ている時以外は一日中ずっと緊張していて体が凝り固まっているのがいけないのかもしれない。少しだけストレッチをして寝よう。
「早く来い」
「僕もベッドで寝ていいんですか?」
「何言ってる、俺のベッドで昨日も寝たし昼寝もしただろ」
そう言えばそうだった。僕は皇帝のベッドで寝ていいらしい。それってすごいことだよね。
なぜ許されるのかが分からないってところが恐ろしいけど、大人しく従うしかない。
天蓋を掻き分けてベッドに入ると、引き寄せられて抱き枕にされた。
「あの……少しだけストレッチしていいですか?」
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、凝り固まった体を少し解したかった。
「いいぞ」
皇帝は案外あっさり腕を解いて許可してくれた。
四つん這いの姿勢から両腕を前に伸ばして背中をグイーンと伸ばす。肩も背中もよく伸びる。そして今度は足を片足ずつグイーンと後ろに伸ばす。うん、足もしっかり伸びた。
「お待たせしました」
僕を眺めていた皇帝の腕の中に収まった。それが正しいと思ったんだ。
「俺の腕の中に自ら入ってくるとは、お前は可愛いな」
「ダメでしたか?」
「いや、いいぞ。抱きしめてやるからこのまま眠れ」
「はい」
皇帝はまた僕の手をふにふに触っている。冷んやりした大きな手でふにふに触られるのは案外気持ちいい。痛いことも怖いこともせず、ずっと僕の手だけ触っててほしい。
僕が手を触られながら、皇帝の手の甲の鱗を眺めていると、皇帝の手が止まった。
「鱗が気になるか?」
「気になります。帝国に来るまで身近にいなかったので」
今は機嫌がいいから怒らないよね?
「ふむ、そうか。鱗を持つ獣人は他にいないか。魔獣ならいるが魔獣はエルヴァニアにはあまりいないんだったか?」
魔獣はいるけど、なんでもよく食べるスライムとか、森の奥で森を守っていると言われるトレントという木の魔獣くらいかな?
角ウサギってのはいるらしいけど、見たことはない。鱗がある魔獣って、竜のことかな?
もしかして、帝国には竜がいるの?
「竜はいません」
「我が国にも竜はいない。いたら血の気の多いやつが戦いを挑みに行くかもしれないな」
帝国にもいないのか。『竜に乗った少年』はやはり創作の物語なんだろう。竜に乗って遠いところに飛んで行けるなんてすごく楽しそうだと思ったのに……
「触ってもいいぞ」
目の前に手の甲を差し出されて、僕は少し迷って指先でそっと触れた。鱗って硬いんだ……
柔らかかったらペラッとめくれてなくなってしまうからかもしれない。硬くてツルツルしてる。爪が大きくなって平らになって透き通ったみたいな感じだ。
「爪みたいに伸びるんですか?」
「伸びないが、たまに生え変わる」
えー? 生え変わるってことは、ポロッと取れて落ちちゃうんだろうか?
目を見開いて鱗を凝視していると、皇帝が隣でクスクスと笑っていた。今日の皇帝は機嫌がいい。これは僕でも分かる。
そういえば、部屋に戻ってきた時に見えた皇帝を覆う黒い靄はもう見えない。
「お前は面白いな。それに可愛い。キスくらいしていいか? 俺が怖くないんだろ?」
「はい」
怖いなんて言えないけど、怖いに決まってる。でも、僕の手を触ってる時の皇帝はそんなに怖くない。
そっと皇帝の手が僕の頬に触れると、ゆっくり唇が重なった。そのまま唇をハムッとして離れていった。
「悪くない」
悪くないなんて言われても、僕はなんて返せばいいか分からなかった。どうしよう、何か言わなきゃ、でも皇帝となんて他にどんな話をすればいいのか分からない。
勝手に話したら怒られそうだし、変な話をして寝る前に機嫌を損ねるのは嫌だ。
寝ている間に殺されるかもなんて考えながら眠りたくはない。
「陛下、おやすみなさい」
僕は迷いに迷った挙句、お休みの挨拶をして眠ってしまうことにした。
「ふっ、俺の夢を見ろよ」
「はい」
なんでそんなこと言うのか分からないけど、僕は肯定の返事をして目を閉じた。皇帝の少し冷たい手は、ずっと僕の手をふにふにと触ったままだ。
今日も長い一日だったから目を閉じるとすぐに意識は夢の中に旅立った。
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