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2.猫の王子(グレオン視点)
15.
しおりを挟む──皇帝は恐ろしい存在でなくてはならない。
父が俺に言い続けた呪いの言葉は、今でも俺の心を支配している。
あの頃の父が正気だったのか、それとももう闇に染まっていたのかは分からない。
とにかく今でも夢枕に立つ父は、俺に同じ台詞を言い続けている。
ふぅ……またか。
汗をびっしょりかいて起きたのは真夜中だった。よく眠れるなどと言われて枕もとに置いたキャンドルの火がゆらゆら揺れている。
確かこれは二時間ほどで燃え尽きるはず。
俺は今日もよく眠れず、目覚めてしまった。
天蓋をかき分けてベッドから出ると、バルコニーに向かう。
この天蓋も、外から悪い気を寄せ付けないなどと言われて買ったものだ。真っ白な薄いヴェールのような生地には、聖水を染み込ませた糸が使われているらしい。それを幾重にも重ねて、結界のような役割を持たせているのだとか。
確かに天蓋の中にいれば、周りの雑音が少し静まる。だが気休め程度だ。
バルコニーへつながる扉を開けて外に出ると、湿度の高い重い空気に包まれた。暖かく、ベッタリと纏わりつくような不快な空気。
明日も雨か……
雨の日は父を思い出す。父に殴られた日も雨が降っていた。
子どもの俺は書庫で古い鍵付きの本を見つけた。それは手記か、それとも空想の物語かは分からない。
経年による劣化か、鍵に触れると脆く崩れた。背表紙は擦れて文字が読み取れないし、羊皮紙は茶色っぽく変色し、文字が滲んでいるところもある。
内容はやけにリアルで、小さいころから好きだった『竜に乗った少年』の物語の続きみたいで夢中で読んだ。
少年と竜が二人で安全に暮らすことができるように、竜は大きな城を建てた。
庭には二人で各地から花を摘んできて植えて、色とりどりの花が咲く庭園を作った。
竜は闇魔法が得意で、少年は光魔法が使えた。闇魔法は時に体を蝕む。だがそんな時には少年が光魔法で癒してくれる。
たまに喧嘩をすることもあるが、二人は仲良く暮らしていた。
彼らの子は竜の血を濃く受け継ぐ者と、少年の光魔法を受け継ぐ者がいた。二人の子はそれぞれ独立して国を起こし、だが対立することなく手を取り合ってよき関係を築いた。
ある雨の日、俺はその本の話を父にした。穏やかで温かい話は、きっと父も好きだろうと思ったからだ。
だが父は無言で俺を殴りつけた。正直なぜ殴られたのか、今でも理由は分からない。
まだ十歳になるかどうかの子どもを、血を吐くまで殴る親の心境など、俺は分かりたくもない。
理不尽な暴力。ただ殴られるだけの弱い存在になどなってたまるか。
顔も腹も心も痛くて、まるで弱い俺を嘲笑うかのように降り続ける冷たい雨を、俺は嫌いになった。
湿度の高い空気。雨が降る前の匂いは、昔の嫌な記憶を引き摺り出してくる。
分厚い雲に覆われた空を睨んでも、天には逆らえない。
眠れない夜も、雨の日も、俺は嫌いだ。
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