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2.猫の王子(グレオン視点)
16.
しおりを挟むエルヴァニア王国、それは国民のほとんどが獣人というこの世界では少し珍しい国だ。我が国も竜人族と人間が暮らしているが、竜人族は三割程度で人間の方が多い。
太古の昔、我がヴェルナー帝国とエルヴァニア王国が交わした盟約により、五十年に一度王族が送られてくる。
我が国は王族を差し出してくれたという感謝から、彼の国を守らなければならない。
それほど大きくない獣人の国が今までどの国の侵略も受けず無事だったのは、我が国が盾となって守ってきたからだ。
だが俺は割に合わないと思っている。
王族を一人渡すだけで五十年もの間守り続けるなど……
エルヴァニアの王も王だ。他国に国の防衛を任せるなど、国としての誇りはないのか。
俺であれば他国に守ってもらわなければ成り立たない弱い国の王になど、死んでもなりたくはない。
盟約に従ってエルヴァニアから王子が送られてくることになったのは、俺が皇帝の座について三年目のことだった。
やっと皇帝という立場にも慣れ、国内外から歴代最恐と言われることに違和感を感じなくなった頃だ。
「陛下、エルヴァニア王国から文が届いております」
「エルヴァニア?」
青白い顔をして部屋を訪ねてきた男から文を受け取ると、中を開けてやっと思い出した。そういえばこんな伝統も我が国にはあったと。
送られてくるのは第二王子でアルバン・エルヴァニア、齢十八、ふた月後に護衛をつけて送ると書かれていた。
五十年前にもエルヴァニアから王族が送られてきているはずだが、俺はその王族もその子どもも見たことがない。俺の母も、父の母(俺から見て祖母)も猫ではなく人間だった。
年代的に祖父が皇帝のころエルヴァニアから王族が送られてきているはずだが、エルヴァニアの王女か王子を嫁にしたわけではないのか……
今もどこかで密かに暮らしているか、もしくは俺が生まれる前に死んだか帰されたのかもしれない。
調べてみると、前回送られてきたのは王女で、子を成すこともなく帝国に来て三年ほどで病に倒れ亡くなっていることが分かった。
王子は十八か。俺より十ほど下だが獣人はどれほどの年月生きるんだろう。
人間は六十から長くて七十年ほどだが、竜人族であれば二百年ほどは生きる。
「エデラー、猫の獣人はどれほど生きる?」
エデラーは俺の教育係だったじいさんだ。確か俺の父の教育係もしていたと聞いたことがある。
数少ない、最恐と呼ばれる前の俺を知る男だ。
「エルヴァニアの王族ですか? ただの猫人族であれば人間と同じですが、ケットシーの血を引く者は百五十年ほどと聞いております」
「そうか、ケットシーは猫とは違うのか?」
「ええ、違いますね。ケットシーは猫の妖精と言われております」
ケットシーも猫と同じだと思っていたが、全く別物だったか。だから猫であっても王族として君臨しているんだな。ただの猫人族も見たことはないが、ケットシーとは特別な猫なのか。
「そうか、特別な猫という感じだな」
「ええ、グレオン様のよき理解者になってくれるといいですね」
俺に理解者など必要ない。役に立つ者であれば隣に置いてやらなくもないという程度だ。
一応献上品ということで国境に近い街まで軍を向かわせた。弱い獣人の王子など何に使えるかも分からないが、小間使いくらいにはなるだろう。
我が国が彼を得たことで、喜んで盾になるほどの人物であればいいんだが、そこまでの期待はしていない。
「王子だけを連れ帰れ。他の者は国に追い返せ」
自国も守れぬような弱い獣人を何人も食わしてやる道理はない。俺は軍に伝え、ケットシーの血を引くといわれる王子の到着を待った。
面倒だが国内の貴族連中にお披露目も必要だ。エルヴァニアが盟約を守り王族を送ってきたと知らせる必要もある。
盟約など俺にとってはどうでもいいが、国の伝統ということで受け入れた。
我が国の軍は、エルヴァニアを守るくらい造作もないことだ。そんなことくらいで騒ぐほど俺は小さい男ではない。
いよいよ到着すると先ぶれが届き、謁見室に貴族連中を集めるよう指示を出す。
謁見の際にしか着ない、真っ黒に染め上げたワイバーンの革に黒と赤で刺繍を施した堅苦しい衣装。皇帝らしく金の宝飾品をつける。闇の象徴である黒に、返り血を浴びたような赤い刺繍は、最恐と呼ばれる俺に合っている。
謁見室に俺が入ると皆が息を止めているのかと思うほどに静まり返った。耳がいい俺にも聞こえないのだから、彼らは本当に息を止めているのかもしれない。
長い上着の裾をバサッとさばいて、用意されていた椅子に座ると、俺の正面に当たる場所に小さく丸まるように猫の耳がついた男が膝をついていた。こいつがケットシーの血を引く王子か。
「俺に顔を見せよ」
俯いていた男が顔を上げると、まだあどけなさの残る顔立ちは恐怖に歪んでいた。近寄らずとも分かるほどに震えて、顔からは血の気が引いている。
エルヴァニアの者は、王族であってもこうも弱い存在なのか、これでは自分の国すら守れないのも頷ける。
「ふっ、弱々しい存在だ」
俺は無駄が嫌いだ。形式だけの謁見を終えると、すぐに俺は引き上げた。
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