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2.猫の王子(グレオン視点)
24.
しおりを挟むアルは面白い。猫の習性なのか、本人の性格なのか、俺が予測できない行動をとる。
借りてきた猫のように大人しいアルが、俺のことをチラチラ見ながら、パンを大きいまま手で掴んで齧り付いた。昨日も今日の朝も昼も、小さく手で千切って食っていたのに。
やっと借りてきた猫を脱し、素を見せるのかと思ったら、また手で小さく千切りながら食べ始めた。
まさか俺の真似をしてみたのか?
肉の塊もフォークで刺してじっと見つめて迷った挙句、結局小さく切って食った。
「俺の真似をして食べてみたのか? お前は面白いな」
久しぶりに楽しい気持ちになった。人を観察するのが面白いなど初めての感情だ。他人など理解するに値せず、従わせるものだと思っていたが、こいつは従わせるより自由に泳がせた方が面白い。
俺はずっと疲れていた。皇帝になる前からだ。生まれた時から俺は皇帝になることが決まっていた。皇室に生まれたのだからそれが定めだったんだろう。
弟と妹はいたが、弟は体が弱く、しかも継承者争いの火種とならないよう、幼くして神殿に送られたと聞いている。
妹はいると聞いたことがあるだけで見たことはない。
皇帝に成るべく教育を施され、楽しかったのなんて十にも満たない幼い頃だけだった。それも父に殴られたことで終わってしまったんだが……
体力も精神力も、その辺の奴には負けない自信があったが、父の周りに黒い影を見るようになってからはスッキリしない日が多くなった。近頃はよく眠れないし、頭が重いのも頭痛も当たり前になっていた。
笑い方を忘れてしまうくらい、楽しいこととは無縁だった。
戦が上手くいけば面白いと思ったし、面白いと思えることはたぶん色々あった。だが笑ったのは久しぶりだ。
アルを受け入れたのもの、昔から続く伝統に従っただけ。
大して興味もなかったエルヴァニアからの贈りもの。
俺はなぜ猫の王子を自分の部屋に置くことにしたんだ?
王宮の部屋などいくらでも余っている。どこかの離宮に送ってもよかったのに、俺はそれらを用意しなかった。
なぜか俺の部屋に置くものだと思っていたんだ。不思議なものだ。
「風呂に行くぞ」
俺が声をかけるとアルはビクッと肩を揺らした。明らかに怯えている。「はい」と答える声も震えていた。
そんなに昨夜は辛かったのか……
「今日はしないから安心しろ」
これでゆっくり風呂に浸かれると思ったのに、アルはなかなか風呂に向かおうとしない。風呂で裸になれば襲われるとでも思っているのか?
体を洗い、湯船を前に浮かべたハーブの束を眺めていると思ったら、ザブンと入ってすぐに出た。
今の行動の意味はなんだ?
「早いな。湯が嫌いか?」
「早いのが好きです」
俺に背を向けたままアルはそう答えると、タオルのところへすごい速さで走っていった。
早いのが好き?
ふふっ、なんだそれは。全然意味が分からない。やはりアルは面白い。
俺が湯から上がると、アルはまだ耳を拭いていた。背中にはまだ滴が残っているというのに、耳はやけに念入りに拭いている。
俺には理解できない行動だ。
その後も、大きすぎる寝巻きを着て、大丈夫だと言ったそばから転びそうになっているし、昨日も一緒に寝たのに、ベッドに入るのを遠慮したり。
俺の手を煩わす奴も、行動が遅い奴も嫌いだ。時間は有限で一刻も無駄にはしたくない。
だが、謎の行動や言動をするアルを眺めているのは悪くない。無駄とも思える時間だが、楽しい気持ちにさせてくれる。
天蓋をかき分けてベッドに入り、アルを引き寄せて寝ようと思ったら、彼は俺の腕の中で身じろいだ。
「あの……少しだけストレッチしていいですか?」
「いいぞ」
腕を解放し、寝る前に何をするのかと思って見ていたら、背中や肩や色々体を伸ばしていた。
エルヴァニアの王族は寝る前に準備運動をするのか?
変わっているな。
アルは俺を恐れている。だから俺から少しでも離れる口実として、準備運動をすることにしたのかもしれない。どうせ終わったら落ちそうなほどベッドの端で丸まって寝るんだろう。
「お待たせしました」
アルは、俺の腕の中に収まった。
やはり彼は俺の予想できない行動を取る。
「俺の腕の中に自ら入ってくるとは、お前は可愛いな」
「ダメでしたか?」
「いや、いいぞ。抱きしめてやるからこのまま眠れ」
アルは多くを語らない。俺に怯えているということもあるが、元々それほどペラペラとよく喋る方ではないんだろう。
彼のことをもっと知りたいと思った。そして、俺のことも……いや、それはやめておこう。
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