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3.静かに過ぎる日常
27.
しおりを挟む軍部の桁間違いで物資を送った問題は結構深刻だった。
皇帝からは桁違いとだけ聞いていたのに、蓋を開けてみれば問題は桁違いだけではなかったんだ。
そもそも発注数の桁を間違えていて、更に西と東の戦地に送る物資が混ざってしまっていた。
だから、どっちにどれだけ送っているのかを調べるところからだった。
「アル様にまでこんなことを手伝わせてしまい申し訳ございません」
会計の人は申し訳なさそうに言ったけど、僕としては頼ってもらえることが嬉しい。
「これが西の発注書で、こっちが東の発注書ですね?」
「そうなんだけど、実際にはそれすら怪しいんだ……」
発注書からして怪しいって、そんなのどうするんだ……僕も困ってしまった。
結局どっちにどれだけ必要で、何を送ったのか、もうこれは現地の人に聞くしかない。
壊れた武器の補充については、今から鍛冶屋にお願いすると時間がかかる。余っているのを帝都に戻してもらって、不足しているところに送った方がいい。薬品類は多く送っていても戻してもらわず、不足分だけ薬師に作ってもらって送ろう。
僕は各所に送る手紙の内容を決めて、それぞれ送ってもらった。
「アル様、迅速な判断ありがとうございます。もうどうしていいのかとみんなで頭を抱えておりました」
「うん、気にしないで」
ワイバーン便で送ったから、早ければ今日の夕方か明日の朝には返事が来るはず。それまでにできることをする。
帝国では魔獣の一部を仕事に使っている。ワイバーン便は、人が一人乗って手紙を届けたり、軽い荷物なら送ることができる。
ワイバーンはトカゲみたいな鳥だ。あまり長距離は飛べないから、各所に中継所があって、そこでワイバーンを乗り換えながら目的地に向かう。
人を乗せて飛べるけど『竜に乗った少年』みたいに、世界を旅したりはできないそうだ。
そして、あまり数がいないから、好きな時に好きなように使うことはできない。
今回は軍の物資の件だから飛ばしてくれることになった。
他にも馬の代わりに、足が八本生えている馬の魔獣スレイプニルも使っている。馬より速くて、馬より長距離を駆け抜けることができる。それは緊急の報告をしなければならない時に伝令の人が乗るそうだ。
軍の情報は急ぐ必要があるものが多いから、軍の会計の仕事を手伝っていると色々なことを知ることができる。魔獣を使うというのもそのうちの一つだ。
今回起きた物資の送り間違いは、結構大ごとで、今後も同じ間違いが起きないよう対策をしなければならない。
皇帝からも二度とこのような間違いが起きないよう対策を立てて報告せよと言われているそうだ。
「間違いが起きないようにと言っても、慎重にやるとか、確認をしっかりするとか、それくらいしか思い浮かばない」
「そんなの今までもやっていただろ。それでも間違いは起きた」
「だよね。そんな報告を出しても陛下は納得しないよね」
僕は困っているみんなに、西と東と南の戦場で書類の色を分けることを提案した。書類の端にそれぞれ決めた色のインクをつける。桁を間違えるとか計算を間違えるのはみんなに注意してもらうしかないけど、これで各地に送る物資が混ざってしまうのは防げると思う。
色を分けたら、視覚で分かりやすいと思ったんだ。
「それいいよ! さすがアル様! これで陛下に報告書を書いて出せる」
部長には特に喜んでもらえたみたいだ。
全部まとめて置かれていた書類も、色をつけて色別に分けたら分かりやすくなった。
こんな僕の思いつきでも、みんなは快く受け入れてくれた。帝国の人って関わってみるとそんなに怖くない。みんなが僕のことを王子だと思っているからかもしれない。
平民のガキと言われて、話さえ聞いてくれなかったり、報酬を減らされたりしたエルヴァニアでの暮らしより快適かもしれない。
夕方になるとワイバーン便で西から手紙が届いた。東からはまだ届いていない。
西からの手紙では、軍服の上だけがたくさん届いていて困っているという内容と、不足している薬の名前が書かれており、食料や武器は問題ないとのことだった。
「薬師への薬の発注は今日中にやってしまいましょう」
「そうだね。だけどこの薬は薬草が足りなくなるかもしれない。産地に薬草の発注もしておこう」
そんな話をしてみんなでバタバタと動いていると、皇帝が来た。
「こんな時間までアルを引き留めるな」
「陛下、申し訳ありません……」
「アルは俺のだ。手が足りないから貸してやっているだけだ。今後は遅くならないうちに帰せ」
「畏まりました。以後気をつけます」
僕は何も言えずに、皇帝にひょいっと抱えられて帰ることになった。
「陛下、僕は歩けます」
「そうか。お前もお前だ、常に俺を優先しろ」
「はい。ごめんなさい」
皇帝は僕を降ろしてくれたけど、手をぎゅっと握られた。僕は逃げたりしませんよ。
あ、黒い靄が……
皇帝の肩のあたりに黒い靄が見えて、僕はそれをサッと手で払った。
「おいアル、見えるのか?」
「え?」
「闇の魔力が見えるのかと聞いている」
「闇の魔力? なんのことか分かりません。ごめんなさい」
そんなこと言われても、僕には分からない。僕は首を捻った。
「黒い霧のようなものだ」
「それなら見えます。たまに見えて、前に陛下が手で払っているのを見て、僕も真似していました。少しだけ嫌な感じがして、余計なことでしたか?」
「触れてもなんともないか?」
僕は立ち止まった皇帝に両肩をちょっと痛いくらいに掴まれた。触っちゃダメだったのかもしれない。それにしても闇の魔力ってなんだろう?
「なんともないですが、大抵は触れると消えてしまいます」
「本当になんともないんだな? 頭が痛いとか、イライラするとか」
「何もないです」
そう言うと、僕はせっかく降ろしてもらったのに、また皇帝に抱き上げられて運ばれることになった。本当は降ろしてほしいけど、眉間に皺を寄せている皇帝には逆らわない方がいい。今までの経験で僕はそう判断して大人しくしていることにした。
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