【完結】王子様の身代わりになった僕は最恐と恐れられる皇帝を肉球で癒す

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4.帝国の闇と手記(グレオン視点)

31.

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 翌日、俺はまた禁書庫へ足を運んだ。
 俺は何をしているのか。積み上げた手記を眺め、ため息をついた。
 俺が調べようと思っていたのは、農作物の収穫量に対する対応であって、ケットシーの血を引く王子のことではない。そんなものを調べたところで解決するわけがないではないか。

 とりあえずアルやエルヴァニアのことは後にして、日照り不足による農作物の発育不良の対策を調べなければ。

 だが面白いことが分かってきた。積み上げた手記から調べてみようと開くと、どの手記にも日照り不足が続き収穫量が落ちたと書かれていたんだ。
 しかし、なぜか解決している。
 日照りが戻り、農作物はよく育ったと。
 対策らしい対策はないか……

 小麦の収穫が減ると、パンより芋や豆を混ぜて作るニョッキがお勧めだと書かれていた。
 対策は対策でも飢えを凌ぐ対策はいくつか見つけたが、肝心の日照りが不足しても小麦の収穫量を上げる方法はなかった。

 今日も朝見た時には空には分厚い雲がかかっていた。
 午後辺りには雨が降るだろう。禁書庫の中は平気だが、一歩外に出れば不快度が上がる。
 頭が重くなり、黒い霧が頭の中を支配していく。

 今日だけで全てを読むことはできない。関係ない部分は読み飛ばし、農作物に関する部分のみを読んでいっても、五冊が限界だった。
 俺は暇ではない。部屋に戻り政務の続きもしなければならない。

 ふぅ、戻るか。
 俺はまた積み上げられた手記はそのままに禁書庫を出た。

 湿度が高く重い空気に、頭が重くなってきた。早くアルの手で癒されたい。
 足速に廊下を通り抜け、私室へと急いだ。

 ガチャッ
「アル」

 扉を開けると同時にアルを呼んだが、返事はなかった。シンと静まり返った部屋は少し空気が冷たく感じる。
 ズキズキと痛みだしたこめかみを手で押さえたが、そんなことで治るなら薬師など要らない。

 アルに出会う前は人が部屋にいるとイライラして仕事が進まなかったのに、俺は変わってしまった。
 一人でいることなど慣れていたのに、一人の方が気楽でよかったのに。なぜこんなに落ち着かないのか。

 アルが来る前はこれが普通だったのだから、何の問題もない。アルがどこにいったのかは気になるが、俺がアルに自由を与えたんだ。

 執務机の前に座り、書類の束を掴む。
 読んでいるはずなのに、なかなか頭に入ってこない。とにかく頭が重くて、イライラする。
 頭の中を黒い霧が覆い尽くしてしまいそうだ。

 コンコン、カチャ
 控えめなノックの後、俺が返事をしていないのに勝手に扉は開けられた。このような無作法なことをする奴は誰だ?
 そこに顔を見せたのはアルだった。

「あ、陛下、もうお戻りでしたか。いないと思って勝手に開けてごめんなさい」
「アル、すぐここに来い」
 アルの顔を見て安心した。勝手に扉を開けたことなどどうでもいい。アルなら出入り自由だ。

 アルは俺が呼ぶと走ってきた。
「アル……その手のひらで俺の頬を挟んでくれ」
「はい」
 頬にフニッと弾力を感じると、強張った頬の筋肉がゆっくりと解れていくのを感じた。

「アルの手は特別だ」
 さっきまでイライラして、頭の中をドス黒い感情が埋め尽くしてしまいそうだった。
 頬の強張りだけでなく、頭の中の黒い感情まで薄れていく。

 ──フランフレートの手はけしからん。
 そのとおりだ。アルの手はけしからん。俺を虜にする。

「キスしていいか?」
「はい」
 アルは目を閉じて待っている。両手は俺の頬を挟んだまま、耳がピクピクしているが、それはどういう意味だろう?

 ゆっくり顔を近づけて、唇を重ねた。
 部屋に戻ってから、ズキズキと痛んでいた頭の痛みが引いていくのを感じる。
 これは偶然か?

 唇を離し、彼を抱き上げて力を込める。
 本当にキスで救われてしまった。
 フランフレートとかいう王子を手放せなくなった皇帝の気持ちが少し分かるようになってきた。

「陛下、雲の切れ間から日が射してますよ。光の筋が綺麗ですね」
 アルが言うから振り向くと、窓の外に光の筋が見えた。
 なんだ、アルに救われたと勘違いしただけか。日が射してきたから頭痛がおさまっていったんだろう。

 俺は少しがっかりしていた。
 俺を救ったのがアルではなく天だったことに。人の生き死に興味がない天に救われたとして、そんなのは一時的な天の気の迷いでしかない。
 俺はアルに救ってほしかったんだろう。
 エルヴァニアの王子のキスで救われた大昔の皇帝のように、俺も救われたかった。

「アル……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない。明日は晴れるといいな」
「はい、そうですね」
 今日は雨が降るという俺の予想は外れた。だから天が俺を救ったという予想も外れろ。

「どこに行っていたんだ?」
「経理の部署に書類を届けに行っていました」
「そうか。アルが来てから使途不明金が減ったと喜んでいたぞ」
「そうですか。お役に立ててよかったです」

 アルと部屋で食事をするのが日課になった。エルヴァニアの王族というのは上品に食事をするようだ。
 肉は一口で食べられるほど小さく切って口に運ぶし、パンも一口で食べられる大きさに千切って食べている。
 ここには俺とアルしかいないのだから、マナーなど気にすることはないのに、彼はいつも綺麗な所作で食事をする。
 それが当たり前だったんだろう。

 そういえば新たな発見があったんだ。エルヴァニアから来た王子は風呂が嫌だと逃げ回っていたという記載を見つけたんだ。
 それと、フランなんとかという王子も、風呂は好まなかったそうだ。逃げなかったが、浸かることを嫌がり、湯を飛ばしたら「耳だけは濡らすな」と怒られたと書かれていた。

 アルも風呂が好きではないだろうと思っていたが、今日も見ていると、一瞬湯に浸かったと思ったらすぐに出た。
 そして念入りに耳を拭いている。きっとケットシーの血を引く者の習性なんだろう。
 耳が濡れるのが嫌だなんて、知らなかった。だからいつも念入りに耳を拭いているのか。

 温かいアルを今日も抱きしめて寝る。
 初日は無理に抱いたが、そんなことはもうできる気がしない。
 アルは明らかに俺に抱かれることを恐れているし、欲望のままに抱いたのは間違いだった。

 今までは苛立ちが募ると、無茶苦茶に誰でもいいから抱きたくなった。だが最近はアルを抱きしめて寝ることの方が気持ちよくて好きだ。激情を誰かにぶつけて発散するより、アルの手のひらを触っている方がよほど解消できると知ってしまった。

「アル、おやすみ」
「陛下、おやすみなさい」
 誰かに自分からおやすみを言うなんて、歴代最恐皇帝と呼ばれる俺はどこへ行ったのだと飽きれる。
 いいんだ。これで深い眠りと頭の重くない朝が迎えられるのだから。

 もし俺がアルを愛したら、俺を救ってくれるか?
 そんな問いかけを飲み込んで、寝息を立てるアルを抱きしめた。

 
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