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4.帝国の闇と手記(グレオン視点)
32.
しおりを挟む「陛下、アル様には本当に助けられました。対策もアル様の提案です」
軍の会計部長が先日の桁間違いと送り間違いの件の報告書を持ってきた。アルを褒められて悪い気はしないが、アルは俺のだ。そう易々とこいつらに貸してたまるか。
そこで思い出されるのが、あの皇帝の手記だ。
──フランの恩恵を独り占めしてはならない。
それはこういうことなんだろうか?
恩恵か……
有能な者は帝国にもいる。計算ができる者もいるはず。その者たちとアルはどう違うのか。
「アル、手を」
「はい」
最近は警戒心も解け、俺に怯えることはなくなった。それどころかアルは俺に微笑んだりする。俺は最恐と言われる皇帝だ。実の父を殺したんだぞ? 怖くないのか?
アルのプニッと柔らかい手のひらが俺の頬をそっと挟む。
「アル、俺のことが怖いか?」
「いいえ」
「そうか……」
アルは俺がこの質問をすると、必ず「いいえ」と答える。
威厳がなくなったのかと焦ったこともあるが、他の者たちは俺が少しでも睨みつけると、目を逸らしたり、萎縮したりするのは変わらなかった。
アルが闇の魔力を払った日から、俺は光魔法のこと、そして闇魔法と光魔法の関係について調べ始めた。
書庫の管理を任せている司書にも聞いてみたが、残念ながら、光魔法の詳細についてはエルヴァニアが秘匿しており我が国に資料はなかった。
皇太子になった時に我が国とエルヴァニアの伝承を聞いた記憶がある。それを再度調べてみた。
皇族の血が受け継ぐ闇魔法は強力だが、使い続けると闇に支配される。俺の父もそうだった。
凶暴になり、やがて自我を失っていく。
それを阻止できるのが光魔法の適性を持ったエルヴァニアの王族だ。ケットシーの血族というのが鍵となっているのか、王族であれば光魔法の適性を持っていなくても、光魔法を浴びた者であれば闇に支配されるのを防ぐことができるそうだ。
そんなものは創作の物語であり、俺は信じていなかった。皇太子になった当時は絶対に信じてはいけないと思っていた。
信じてはいけないと思った理由はなんだったか……
もう忘れてしまった。
結局、これといって役に立ちそうな情報はないか……
部屋に戻り執務を続けることにした。
「陛下、如何されましたか?」
深く考え込んでいた俺を気遣い、アルが声をかけてくれた。
「なんでもない。お前はいつも俺のそばにいろ」
「はい」
「キスしていいか?」
「はい」
アルは左右で色が違う大きな目を閉じた。
柔らかい唇にそっと触れて、ゆっくりと舌を侵入させる。アルは俺を拒まない。
「んっ……」
溜め込んだ心のモヤモヤが消えていく。夢中になってアルとのキスを堪能していると、アルが崩れ落ちそうになって、慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「はい。力が抜けてしまいました」
「そうか、可愛いな」
俺はアルの小さく華奢な体を抱きしめた。エルヴァニアの王子を愛した皇帝の手記を読んだせいか、最近アルが可愛く見える。実際に可愛いんだが、俺は人を可愛いなどと思うような感情は持っていなかったはずだ。ましてや誰かにキスしたくなったり、抱きしめたくなるなど……
「陛下、見てください。空が晴れてきましたよ」
アルが弾んだ声で言うから、俺は窓の外に目を向けた。さっきまで分厚い雲が空を覆っていたのに、アルが言うとおり雲の切れ間から青い空が見えている。
猫は日向ぼっこが好きなんだったか?
「アル、バルコニーで日向ぼっこでもするか?」
「はい!」
アルを抱き上げてバルコニーに出ると、久しぶりの日差しが眩しくて目を細めた。
「陛下ももしかして日向ぼっこが好きですか?」
「そうだな。アルと一緒なら好きだ」
もう何年も曇りや雨の日が多く、外に出てのんびりすることなどなかった。バルコニーに置いたベンチは、いつから使っていないのか覚えていない。
塗料が少し剥げたベンチに腰を下ろすと、いつもの重く湿った空気ではない、軽い爽やかな風が吹き抜けた。
ふぁ~
アルは大口を開けて欠伸をし、俺と目が合うと、しまったという焦った顔に変わった。表情がコロコロ変わって面白いな。
「欠伸なんてしてごめんなさい」
「構わない。日向ぼっこだからな。昼寝してもいいんだぞ」
「えっと……頑張って起きておきます」
アルは気合いが入ったように耳をピンと立ててそんなことを言ったが、すぐに眠ってしまった。
ふふっ、思わず笑いが込み上げる。こうなることはなんとなく分かっていた。アルが安心して眠れるなら、別にいいんだ。俺は柔らかいアルの手を触りながら目を閉じた。
次に目覚めた時には、目の前に夕日が広がっていた。
この景色を見せたくて、俺の腕の中でスヤスヤと気持ちよさそうに眠るアルを起こした。
「綺麗……」
アルに夕日が出ていることを伝えると、少し体を起こしてアルは小さく呟いた。
横顔に夕日が当たってほんのり赤く染まったアル。トクンと大きく心臓が鼓動するのを感じた。
「ああ、綺麗だな。夕日など久しぶりに見た」
「そうなんですね」
アルが綺麗な瞳で俺を見上げるから、思わずキスしていた。
フランなんとかという王子を愛した皇帝ほどではないが、愛する人を独り占めしたい気持ちが分かってしまった。
どうやら俺はアルのことが愛しくなってしまったらしい。
俺は最恐と言われる皇帝だ。アルは怖くないと言ってくれるが、俺は実の父を殺すような男だ。俺もいずれ父と同じように闇に飲み込まれてしまうかもしれない。それでもそばにいてくれるか?
唇を離しアルを見下ろすと、アルの目からポロリと一筋の涙が流れていった。俺のキスが嫌だったのか?
俺は焦った。大抵の者は俺に従うし、アルも俺に従う。だが俺はアルを意のままに操りたいのではない。好かれたいんだ。その心が欲しい。
「アル、どうした?」
「夕日が綺麗で、感動しただけです」
夕日に感動か。目を細め、遠くの景色に視線を向けるアルに、俺は心底ホッとした。
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