斬り裂くのは運命と識れ【完結編】

怜悧(サトシ)

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「これから母親になる気分はどうだ」
 白衣を着た男が、ベッドに寝かされた彼の腹部に軽く触れて彼に問いかける。
腹部を撫でる手は腰より少し上あたりで、僅かに出ている膨らみと胎内の重みに妊娠をしていることが分かる。
 彼のスーツを脱がしてから数日間は朦朧とした表情をして、殆ど何も見えていない様子だった。
 きっと他のオメガ同様に精神も破壊されたのかと考えていたが、看護婦の話では視線が動いてこちらの言葉も理解しているようだとのことだった。
 確かに視線が動いていて、問いかけにぴくりと反応したのが分かる。
「は……あ、おあ」
 彼は舌に取り付けられたままのシリコンが邪魔で、単語を反芻してうまくしゃべれずもどかしそうに声を出した。
 精神は壊れていなかったのか。
 流石に海運調査局に勤めていただけあって、オメガの割にはしぶとい神経をしている。
「自殺をしないなら、外してあげよう」
 言葉を聞いてこくこくと頷く彼に、男は彼の舌からシリコンを外してやる。
「それにしても、強靭な精神力だ。普通半年もの長い間スーツで拘束したら、大抵は精神が狂っているのだが。まあオメガで捜査官だっていうくらいだ、相当の気力の持ち主なのかもしれないな」
 ここまではっきりした意識を取り戻して保てるものなのかと、博士は賞賛をこめた視線で見返した。
「これは……どういう、ことだ」
「君は妊娠している。妊娠五ヶ月だ、おめでとう」
 祝いの言葉を告げられて、統久はぎゅっと形のいい眉を寄せた。
 確かにずっとセックスをさせられていたし、あの状況で孕まないのであれば妊娠能力がないということになる。
 当然と言えば当然のことである。
 自分の腹部を見やり、父親は誰なのかってことだな。
 妊娠5ヶ月となれば、無事に堕胎することはできない。もとより、自分の中に芽生えた生命を絶やすなんていう選択肢は統久にはなかった。
「そうか」
「そうかって……。君は妊娠しているんだよ。もっと驚くとか泣き出すとか絶望するとか何かないのか」
 白衣の男は重大な事実を伝えているというのに、反応が薄い統久に流石に業を煮やしたように言い寄る。
 統久は、話すのも面倒そうなのか、顔をしかめた。
「……俺はオメガだ。元々妊娠できる身体だ。ここに連れてこられてから、誘発剤を打たれてセックスをさせられていたのは分かっていた。当然の結果に驚くようなことはない。ここは一体どこなのだ」
 今ならナノマシンは使えるか。
 数日は意識が朦朧としていて正常ではなかったが、今なら脳波は正常に戻っているだろう。
 ぐるりと見回すと、真っ白な部屋の中で、手がかりになるようなものはない。
「逃げようと考えても無駄だよ。君の手足は暫く元には戻らないからね。でも暴れないように念のために拘束しておこう。この施設から出たら、この手錠と足枷は爆発する」
 男は念のためと動かない両脚と腕に電子手錠と枷を嵌めた。
 特に手錠にも足枷にも鎖など拘束するようなものはついておらず、アクセサリーにすら見える代物である。
「これはね一定の場所以上離れると電流が流れ、この施設を出ると爆発するように設計されている。電流は胎児に影響は多少出るかも知れないが、逃げられるよりはマシだからね」
 手錠の仕組みを彼に説明する博士を眺めて、統久は筋肉が落ちて動かないほっそりとしてしまった腕を眺めた。
 戻ったら筋トレしねえと……。
 どっちにしても、ここから動けないことには変わりはないな。手始めに開錠の暗号だけでも読み取っておくか。
 ナノマシンを起動させようと脳波を動かすと、思ったとおり反応があった。
 ナノマシンを起動させて近くにある手錠と手枷のリモコンのパスワードをハッキングして盗みとった。
「なあ。アンタがこの子の父親か?ここは一体どの星にある施設なんだ」
「アンタではない。私はハン博士だ。子供は私の子ではない。子供を産んだらその父親に君も買い取られる。ここはヒューロ衛星にある廃病院だ。昔、君が潰したシンジケートの組織の一部だよ」
 何年も前に辺境の部下と潰したシンジケートを懐かしく思いながら、腹部に宿っているだろう命を眺める。
 父親がこいつでもないのか。
 知らないヤツの子供を孕まされて、身体もまったく機能しないとかありえねえな。
 セルジュ、すまねえな。
 離れている番に対して、自分だけのものではない身体を傷つけてしまたことに負い目を感じる。
 それに半年も行方不明になっているとしたら、きっと心配をさせていると思うし、楽しみにしていたハネムーンも行けなくて残念がっているかもしれない。
 一番に連絡をとりたいとは考えたが、ここから助かるための方法を優先した。
 いつなんどき通信をジャックされるかわからないのだ。
 赦されるとは思わないから、ごめんな。
 通信に出た相手に場所のみ暗号で告げると、すぐに回線を切った。
「ほら、丁度その子の父親が来たようだよ。すごい金額で君を買い取ると言ってくれてね」
 がらがらと引き戸があけられて、知っている顔が覗いたので彼は呼吸を止めてその男を見上げた。
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