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ありえない。
それはこんなところに居てはいけないはずの男だった。
驚愕で心臓が派手に音を響かせている。
「なんで……。あ、アユミ……」
「……兄様……。意識があるのですね。ハン先生下がってください」
どことなく残念そうな歩弓の表情に、主犯が誰なのかがわかり信じられないように目を見開いた。
多分自分にきていたメールも、あの時セルジュの代わりに一緒に出かけた行動も、すべてを仕組んだのは歩弓なのだ。
ハン博士はもう少し様子を見たそうな表情をしたが、歩弓の言葉に素直に従って部屋を出て行った。
妊娠したことすら驚かなかった男は、相手が彼だったという事実に、打ちのめされた表情を浮かべて身震いをさせた。
確かにあの時一緒にいた歩弓であれば、背後をとられたとしても気がつかない。
いや、きっと気がついていたが、それが自分を襲うなんて考えもつかなかったのだ。
「アユミどういうことだ。……これは、ここにいるのは……おまえの……おまえの子なのか」
信じられないように自分の膨らみをみせている腹部を眺めて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「そうですよ。貴方と僕の愛の結晶ですよ」
しれっとした表情で告げた歩弓に、彼はぽたぽたと涙を落とした。
たった一人の運命の番。
大切な、可愛い俺の弟。
……誰よりも愛していた。
なによりも大切にして、彼のその幸せだけを祈っていたのだ。
それなのに大切な歩弓に、また罪を犯させてしまった。
そのことだけが、彼の心を苛んでいた。
「……歩弓、これは犯罪だよ」
一度犯罪に手を染めてしまったら、そのまま心まで堕ちていってしまう。何者からも守ろうと、ずっと綺麗なままで大切にしようと思ってきた存在。
だから、あの時すべての罪を自分で背負い込んで、二度とその体には触れないようにと、会うことすら自分に禁じたというのに。
会ってしまえば気持ちの箍は簡単に外れてしまうと思い、実家にも帰らずに遠い辺境で戦いに明け暮れていた。
運命の番に会いたいと触れたいと思う気持ちは互いにあるものだが、自分の欲求さえ封じてしまえばどうにかなると思っていた。
自分さえ、彼を穢さなければいいと信じていた。
自分が仕組んだ思惑通りに、弟は名家の令嬢と結婚した。
だから、やっとセントラルに戻る決心もできたし、弟の人生は順風満帆に進んでいくはずだったのに。
間違えた……。俺は一体どこで間違えたのだ。
「分かってます。でも貴方を手に入れるためなら、犯罪でもするし、そんなことはどうでもいい」
「……俺が間違っていたよ。全部、お前のためだと信じていた」
動けない体をもどかしげに捻って、相手の目を見据えると、わからないという表情を浮かべて歩弓は統久を見返した。
「何がですか。僕から逃げたことですか。……僕は、ずっと貴方だけを愛していた。それなのに、貴方を抱いたあの日から一度も僕に会ってはくれなかった」
「ごめんな……歩弓。俺もお前を愛している……誰よりも」
そうだ。誰よりも歩弓が大事な存在だと、セルジュにも打ち明けた。
そしてセルジュは、それでも構わないしそれごと受け入れるとまで言ってくれた。
でも、もう……この体の中には、誰より愛している人の子供がいる。
そんな自分を愛してくれだなんて、あのお人よしには面の皮が厚すぎて言えない。
……番は解消してもらおう。
アルファからであれば番は解消できる。
セルジュもきっと俺なんかより、相応しい相手がこの世にいるはずだ。
オメガは番を喪うと精神的なショックで死に陥る場合もあると言うが、自分はそれで死ぬような弱い神経はしていないと思う。
「だから、俺を置いてここから逃げてくれ」
こんなことで歩弓が捕まってしまったら、俺は何もかもを喪うことになってしまう。
だからと言って、ここを動けば爆弾が破裂してしまう。
いくら心臓の皮すら厚い俺でも、番を解消されて運命の番とも引き離されたら、生きていける自信がない。
部隊にはもうこなくていいと通信を送ろうと思ったが、あまりのショックで脳波が乱れすぎていて、うまく通信が使えない。
「僕はもう騙されませんよ。ここで僕の子供を産んでください」
ぐっと肩を押さえ込む歩弓の目は据わっていて、ほとんど正気だとは思えなかった。
「ちゃんとお前の子供は産むから、お前は逃げてくれ。ここに俺は、自分の辺境の部隊を呼んだ。見つかれば、お前のキャリアとか人生が失われてしまう」
「そんなの要りません。子供はおまけのようなものです。貴方だけが、僕には必要なんだ」
ぎゅうと抱きつかれて、動かない身体で振り払う力もなく、ただ祈るように告げるしかできない。
「お願いだから……」
それはこんなところに居てはいけないはずの男だった。
驚愕で心臓が派手に音を響かせている。
「なんで……。あ、アユミ……」
「……兄様……。意識があるのですね。ハン先生下がってください」
どことなく残念そうな歩弓の表情に、主犯が誰なのかがわかり信じられないように目を見開いた。
多分自分にきていたメールも、あの時セルジュの代わりに一緒に出かけた行動も、すべてを仕組んだのは歩弓なのだ。
ハン博士はもう少し様子を見たそうな表情をしたが、歩弓の言葉に素直に従って部屋を出て行った。
妊娠したことすら驚かなかった男は、相手が彼だったという事実に、打ちのめされた表情を浮かべて身震いをさせた。
確かにあの時一緒にいた歩弓であれば、背後をとられたとしても気がつかない。
いや、きっと気がついていたが、それが自分を襲うなんて考えもつかなかったのだ。
「アユミどういうことだ。……これは、ここにいるのは……おまえの……おまえの子なのか」
信じられないように自分の膨らみをみせている腹部を眺めて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「そうですよ。貴方と僕の愛の結晶ですよ」
しれっとした表情で告げた歩弓に、彼はぽたぽたと涙を落とした。
たった一人の運命の番。
大切な、可愛い俺の弟。
……誰よりも愛していた。
なによりも大切にして、彼のその幸せだけを祈っていたのだ。
それなのに大切な歩弓に、また罪を犯させてしまった。
そのことだけが、彼の心を苛んでいた。
「……歩弓、これは犯罪だよ」
一度犯罪に手を染めてしまったら、そのまま心まで堕ちていってしまう。何者からも守ろうと、ずっと綺麗なままで大切にしようと思ってきた存在。
だから、あの時すべての罪を自分で背負い込んで、二度とその体には触れないようにと、会うことすら自分に禁じたというのに。
会ってしまえば気持ちの箍は簡単に外れてしまうと思い、実家にも帰らずに遠い辺境で戦いに明け暮れていた。
運命の番に会いたいと触れたいと思う気持ちは互いにあるものだが、自分の欲求さえ封じてしまえばどうにかなると思っていた。
自分さえ、彼を穢さなければいいと信じていた。
自分が仕組んだ思惑通りに、弟は名家の令嬢と結婚した。
だから、やっとセントラルに戻る決心もできたし、弟の人生は順風満帆に進んでいくはずだったのに。
間違えた……。俺は一体どこで間違えたのだ。
「分かってます。でも貴方を手に入れるためなら、犯罪でもするし、そんなことはどうでもいい」
「……俺が間違っていたよ。全部、お前のためだと信じていた」
動けない体をもどかしげに捻って、相手の目を見据えると、わからないという表情を浮かべて歩弓は統久を見返した。
「何がですか。僕から逃げたことですか。……僕は、ずっと貴方だけを愛していた。それなのに、貴方を抱いたあの日から一度も僕に会ってはくれなかった」
「ごめんな……歩弓。俺もお前を愛している……誰よりも」
そうだ。誰よりも歩弓が大事な存在だと、セルジュにも打ち明けた。
そしてセルジュは、それでも構わないしそれごと受け入れるとまで言ってくれた。
でも、もう……この体の中には、誰より愛している人の子供がいる。
そんな自分を愛してくれだなんて、あのお人よしには面の皮が厚すぎて言えない。
……番は解消してもらおう。
アルファからであれば番は解消できる。
セルジュもきっと俺なんかより、相応しい相手がこの世にいるはずだ。
オメガは番を喪うと精神的なショックで死に陥る場合もあると言うが、自分はそれで死ぬような弱い神経はしていないと思う。
「だから、俺を置いてここから逃げてくれ」
こんなことで歩弓が捕まってしまったら、俺は何もかもを喪うことになってしまう。
だからと言って、ここを動けば爆弾が破裂してしまう。
いくら心臓の皮すら厚い俺でも、番を解消されて運命の番とも引き離されたら、生きていける自信がない。
部隊にはもうこなくていいと通信を送ろうと思ったが、あまりのショックで脳波が乱れすぎていて、うまく通信が使えない。
「僕はもう騙されませんよ。ここで僕の子供を産んでください」
ぐっと肩を押さえ込む歩弓の目は据わっていて、ほとんど正気だとは思えなかった。
「ちゃんとお前の子供は産むから、お前は逃げてくれ。ここに俺は、自分の辺境の部隊を呼んだ。見つかれば、お前のキャリアとか人生が失われてしまう」
「そんなの要りません。子供はおまけのようなものです。貴方だけが、僕には必要なんだ」
ぎゅうと抱きつかれて、動かない身体で振り払う力もなく、ただ祈るように告げるしかできない。
「お願いだから……」
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