斬り裂くのは運命と識れ【完結編】

怜悧(サトシ)

文字の大きさ
9 / 26

9

しおりを挟む
 ありえない。
 それはこんなところに居てはいけないはずの男だった。
 驚愕で心臓が派手に音を響かせている。
「なんで……。あ、アユミ……」
「……兄様……。意識があるのですね。ハン先生下がってください」
 どことなく残念そうな歩弓の表情に、主犯が誰なのかがわかり信じられないように目を見開いた。
 多分自分にきていたメールも、あの時セルジュの代わりに一緒に出かけた行動も、すべてを仕組んだのは歩弓なのだ。
 ハン博士はもう少し様子を見たそうな表情をしたが、歩弓の言葉に素直に従って部屋を出て行った。
 妊娠したことすら驚かなかった男は、相手が彼だったという事実に、打ちのめされた表情を浮かべて身震いをさせた。
 確かにあの時一緒にいた歩弓であれば、背後をとられたとしても気がつかない。
 いや、きっと気がついていたが、それが自分を襲うなんて考えもつかなかったのだ。
「アユミどういうことだ。……これは、ここにいるのは……おまえの……おまえの子なのか」
 信じられないように自分の膨らみをみせている腹部を眺めて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「そうですよ。貴方と僕の愛の結晶ですよ」
 しれっとした表情で告げた歩弓に、彼はぽたぽたと涙を落とした。
 たった一人の運命の番。
 大切な、可愛い俺の弟。
 ……誰よりも愛していた。
 なによりも大切にして、彼のその幸せだけを祈っていたのだ。
 それなのに大切な歩弓に、また罪を犯させてしまった。
 そのことだけが、彼の心を苛んでいた。
「……歩弓、これは犯罪だよ」
 一度犯罪に手を染めてしまったら、そのまま心まで堕ちていってしまう。何者からも守ろうと、ずっと綺麗なままで大切にしようと思ってきた存在。
 だから、あの時すべての罪を自分で背負い込んで、二度とその体には触れないようにと、会うことすら自分に禁じたというのに。
 会ってしまえば気持ちの箍は簡単に外れてしまうと思い、実家にも帰らずに遠い辺境で戦いに明け暮れていた。
 運命の番に会いたいと触れたいと思う気持ちは互いにあるものだが、自分の欲求さえ封じてしまえばどうにかなると思っていた。
 自分さえ、彼を穢さなければいいと信じていた。
 自分が仕組んだ思惑通りに、弟は名家の令嬢と結婚した。
 だから、やっとセントラルに戻る決心もできたし、弟の人生は順風満帆に進んでいくはずだったのに。
 間違えた……。俺は一体どこで間違えたのだ。
「分かってます。でも貴方を手に入れるためなら、犯罪でもするし、そんなことはどうでもいい」
「……俺が間違っていたよ。全部、お前のためだと信じていた」
 動けない体をもどかしげに捻って、相手の目を見据えると、わからないという表情を浮かべて歩弓は統久を見返した。
「何がですか。僕から逃げたことですか。……僕は、ずっと貴方だけを愛していた。それなのに、貴方を抱いたあの日から一度も僕に会ってはくれなかった」
「ごめんな……歩弓。俺もお前を愛している……誰よりも」
 そうだ。誰よりも歩弓が大事な存在だと、セルジュにも打ち明けた。
 そしてセルジュは、それでも構わないしそれごと受け入れるとまで言ってくれた。
 でも、もう……この体の中には、誰より愛している人の子供がいる。   
 そんな自分を愛してくれだなんて、あのお人よしには面の皮が厚すぎて言えない。
 ……番は解消してもらおう。
 アルファからであれば番は解消できる。
 セルジュもきっと俺なんかより、相応しい相手がこの世にいるはずだ。
 オメガは番を喪うと精神的なショックで死に陥る場合もあると言うが、自分はそれで死ぬような弱い神経はしていないと思う。
「だから、俺を置いてここから逃げてくれ」
 こんなことで歩弓が捕まってしまったら、俺は何もかもを喪うことになってしまう。
 だからと言って、ここを動けば爆弾が破裂してしまう。
 いくら心臓の皮すら厚い俺でも、番を解消されて運命の番とも引き離されたら、生きていける自信がない。
 部隊にはもうこなくていいと通信を送ろうと思ったが、あまりのショックで脳波が乱れすぎていて、うまく通信が使えない。
「僕はもう騙されませんよ。ここで僕の子供を産んでください」
 ぐっと肩を押さえ込む歩弓の目は据わっていて、ほとんど正気だとは思えなかった。
「ちゃんとお前の子供は産むから、お前は逃げてくれ。ここに俺は、自分の辺境の部隊を呼んだ。見つかれば、お前のキャリアとか人生が失われてしまう」
「そんなの要りません。子供はおまけのようなものです。貴方だけが、僕には必要なんだ」
 ぎゅうと抱きつかれて、動かない身体で振り払う力もなく、ただ祈るように告げるしかできない。
「お願いだから……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

処理中です...