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 誰もいない新居に帰ると、セルジュは何か情報がないか端末を使って確認をする。
 同僚には希望を捨てなければきっと帰ってくると、根拠のない言葉で励まされてはいた。
 しかし、この半年の間まったくといっていいほど情報や痕跡が見つからなかった。
 彼が出かける前に少し焦っていた様子だったということと、端末のメールを確認していたと聞いて中を開いてみてみたが、焦って出かけるような情報はまったくなかった。

 大体オメガの彼が、バディを伴わないで捜査に出ること自体が異常行動と言える。
 いつ何時ヒートが起こるかわからないのと、クスリが効かない彼が単独で行動することはない。
 番になって、他のアルファを誘発するフェロモンがでなくなったことで油断をしていたのだろうか。それでもヒートがくれば、運動能力は格段に落ちてしまうし、その場から動けなくなることもある。
 そんなこと十分分かっていて、慎重にことを進めるタイプだって知っているからこそ、違和感しか感じない。
 捜査に誰か同行したのか尋ねたが、誰に聞いても彼が一人で出かけたと言っていた。
 虱潰しに場所を変えて調査網を広げたが、まったくあてはなく情報も途絶えていた。
 焦りだけが募り、番が死亡した時に手の甲に現れるという紫斑が自分には現れないことだけが希望だった。

 トゥルルルルル
 
 呼び出し音が鳴り発信源を見るが、覚えのない地域からのもので不審に思いながらも、彼に関しての情報が手に入る可能性もあると思い手に取った。
『……よぉ、旦那さんかい』
「セルジュークです……どなたですか」
 人を食ったような声音だが少し焦りを帯びた口調に、どこか聞き覚えがありセルジュはすぐに返事をした。
『結婚式で会った、シェンだ。覚えてるか?あの人行方不明なんだろ。彼から救助希望の連絡があった。これから助けにいこうと思うんだが、アンタを連れて行かないわけにもいかないだろうって』
 忘れはしなかった。
 彼がプロポーズまでしたと明かした相手である。
 ほんの少しの対抗心はあったが、そんなことよりも、ずっと消息がしれなかった相手の情報に思わず受話器に食いついた。
「……本当ですか!あの人、今どこにいるんですか」
『ああ……。辺境寄りのヒューロ衛星だ。それにしても、なんでオレのとこにと連絡がくるんだとか怒らないんだな』
「それが彼の判断した最善なんでしょう」
 普通新婚の旦那であれば、大事な人からの連絡は自分にくると信じて疑わないものだろう。
 それを別の男から聞くなど、特に執着心とプライドの高いアルファでは屈辱に違いないはずなのに、彼はそのことよりも、統久が生きていることに希望と安堵の声を出したのだ。
『オレらには傍受しにくい暗号があるんでな。それでだと思うぞ』
 別に先に連絡がこなくとも理由があるのだから心配するなという意図が含まれる言葉を、シェンは穏やかな口調で告げた。
 思わずセルジュも身体の力を抜いて、彼への対抗心のような思いを消した。
 信頼とか愛情とかは関係ない。
 統久の行動は、自分の苦境を打開するための最善の方策をとった行動でしかないのである。
 その行動には、自分に対しての絶大な信頼があるのだと、セルジュークは疑わなかった。
「わざわざ教えてくれるなんて、アンタはいいやつなんだな。あの人がアンタを一番頼りにしてるからとか言わないんだ」
『……まあな頼りにはされてるんじゃねえの。五年間相棒やってたわけだしな。そんだけだよ』
 アンタがこの先何十年もあの人と一緒に過ごすわけだから、すぐ追い抜かされるってやつだと嘯くシェンに、思わず頬が緩む。
 この人も、あの人も似たもの同士ってやつだな。
 セルジュは軽く息をついて時間を確認する。
「どこに、何時に向かえばいい」
 どちらにしろ、悠長に語っている時間はない。
『流石に話が早い。マルジ宙港の三番ゲートで三時間後に落ち合おう。オレらのやり方は荒っぽいからな。ちゃんとついてこいよ』
 戦闘服を着てくるようにと言われて、随分着ていなかった戦闘服を引っ張り出すとすぐに着替える。
 一刻の猶予もないのだ。
 上司の歩弓が今週は休暇をとっていることを思い出し、統久の父親に状況を伝える内容と休暇を願い出るメールを送信した。

 
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