2 / 14
忘れえぬひと
side Hasegawa
しおりを挟む
腕を引かれたまま廊下に出ると、彼は速度を落とすことなくエレベーターへと向かう。
背中の広さも、艶めいて見える髪の流れもあの頃と変わっていない。
「…………腕、離していただけませんか」
なるだけ感情を押し殺して、抑揚をつけずにやっとのことで言うと、漸く彼は足を止めて振り返ってオレを見下ろした。
真っ直ぐな綺麗なアーモンド色の眸。
男らしいくっきりとした輪郭と、柔らかい円を描く目許と、意思の強そうな唇。
あの頃から見た目もとても良かったのだが、くわえて今は穏やかな表情をしていて爽やかに見える。
「悪ィ。ついて…………きてくれるか?」
自信なさそうに眉を下げて、まるで懇願するかのような表情で、オレに問いかける。
「貴方も……知らない振りすれば良かったのに、もう僕とは……縁が切れているんですから」
オレは肩を落としてエレベーターのくだりボタンを押すと、深くため息をついた。
先に、名刺を見て平常心でいられなかったのは、オレの方だ。
知らないふりなんか、できなかったに違いない。
…………忘れるなんてできなかった。
他の誰と付き合っても、体を重ねても、あの頃以上のキモチにはなれなかった。
高校1年の冬に、オレは喧嘩に巻き込まれて大怪我をした。
目を覚ましたときには彼はいた。
ずっと目を覚ますまで付き添ってくれていたと聞いた。
それっきり、何も言わずに綺麗さっぱりとオレの前から消えてしまった。
ヤクザの息子で、刃傷沙汰になってってことが続いたし、保身を考えればそれも仕方のないことだろうと諦めた。
諦める他に、オレは何もできなかった。
「まあ…………そうなっちまうよな。しょうがない。西覇は……いつ、帰国したんだ?」
オレの言葉に少し傷ついたような表情を浮かべたが、ぼやくように天井を仰いだ。
帰国という言葉にオレは目を丸くした。
今、偶然に会ったにしては、オレが日本を離れていたことを知っているんだろう。
確かに、高校3年の時に担任から留学の話をもらい、大学はアメリカのボストンの大学に進学した。
博士コースまですすみ、それまで休暇があっても日本には帰らなかった。
帰ってきても、会いたい人もいないのであれば落ち着いて研究がしたかった。
「去年の8月です。……僕がアメリカに行っていたのをなんで知って……」
エレベーターに乗り込むと、彼はオレの顔をじっと見つめてくる。
あの時と変わらない、ただ真っ直ぐすぎる眼差し。
「俺は大学までは四国にいたんだ。四国で大学までは行ったけど、就職はこっちで決めて………戻ってきた。」
聞いてもいないのに、彼は自分のことを話し始めた。
まあ、彼がどうしてたかなんて聞いても仕方が無いし、どーでもいいなと思いつつ、開いたエレベーターを降りてゆっくりと中庭を歩く。
仕事なら仕方がないが、あまり頻繁に会う気もない。
教授に彼の相手をしてもらうように頼む方がいいだろう。
ここで……二度と会わないと、伝えよう。
オレには、あの時と同じ気持ちは、もう、彼にもてそうにはないから。
「…………オマエんちに行ったよ。そんで、アメリカ行ったって聞いた……。いつ戻ってくるンかなって、毎週末、オマエんちあたりを良く徘徊してる……今でも。もう、5年くらいか……」
一体、何を言ってるんだ?この人は。
オレはその背中をじっと眺めて、深く息をつく。
そういえば、昔からそういうストーカーじみたことを平気でする人だったな。
本人を避けて後ろから見守っていたりしてたっけ……。
こういうところは変わっていないと言うべきだろうか。
「今は……実家では暮らしてません。だいたい…………あんな風に……オレのことを捨てたくせに、いまさら貴方は何言ってるんですか」
まるでそもそも何も無かったかのように、彼はあの時すべての痕跡を消していなくなった。
何一つ、オレに言わずに。
それまでオレを拒絶した他のどんな奴等より、もっとこっぴどくオレを拒否して、いなくなった。
ヤクザの息子とはもうかかわりたくないと言ってくれれば、あきらめもついたのに。
「……そうだな。西覇は怒っていて当然だよな。まさか俺も仕事で会うことになるとは思わなかったけど……。だからさ…………これは運命なのかなとか思ったりしてる」
10年もたってからオレの前に現れて、この人は一体何がしたいというのだろう。
運命とかそんな能天気でバカげたようななことを、どの口で言っているんだ。
本気で怒りが増して、思わず拳を握り締めて、叩きつけようと繰り出す。
パシッと乾いた音が響き、オレの拳は彼の掌に包み込まれていた。
「……俺は、ずっと……一生、オマエのことがスキだ……」
引き寄せられた拳に熱い唇が押し当てられる。
あの時、夢うつつの中で告げられた、最後の告白。
同じ言葉を、まるで時をすすめる呪文でも唱えるかのように、彼はゆっくりと口にした。
その瞬間、あの時止まった時間が動き出したように思えた。
背中の広さも、艶めいて見える髪の流れもあの頃と変わっていない。
「…………腕、離していただけませんか」
なるだけ感情を押し殺して、抑揚をつけずにやっとのことで言うと、漸く彼は足を止めて振り返ってオレを見下ろした。
真っ直ぐな綺麗なアーモンド色の眸。
男らしいくっきりとした輪郭と、柔らかい円を描く目許と、意思の強そうな唇。
あの頃から見た目もとても良かったのだが、くわえて今は穏やかな表情をしていて爽やかに見える。
「悪ィ。ついて…………きてくれるか?」
自信なさそうに眉を下げて、まるで懇願するかのような表情で、オレに問いかける。
「貴方も……知らない振りすれば良かったのに、もう僕とは……縁が切れているんですから」
オレは肩を落としてエレベーターのくだりボタンを押すと、深くため息をついた。
先に、名刺を見て平常心でいられなかったのは、オレの方だ。
知らないふりなんか、できなかったに違いない。
…………忘れるなんてできなかった。
他の誰と付き合っても、体を重ねても、あの頃以上のキモチにはなれなかった。
高校1年の冬に、オレは喧嘩に巻き込まれて大怪我をした。
目を覚ましたときには彼はいた。
ずっと目を覚ますまで付き添ってくれていたと聞いた。
それっきり、何も言わずに綺麗さっぱりとオレの前から消えてしまった。
ヤクザの息子で、刃傷沙汰になってってことが続いたし、保身を考えればそれも仕方のないことだろうと諦めた。
諦める他に、オレは何もできなかった。
「まあ…………そうなっちまうよな。しょうがない。西覇は……いつ、帰国したんだ?」
オレの言葉に少し傷ついたような表情を浮かべたが、ぼやくように天井を仰いだ。
帰国という言葉にオレは目を丸くした。
今、偶然に会ったにしては、オレが日本を離れていたことを知っているんだろう。
確かに、高校3年の時に担任から留学の話をもらい、大学はアメリカのボストンの大学に進学した。
博士コースまですすみ、それまで休暇があっても日本には帰らなかった。
帰ってきても、会いたい人もいないのであれば落ち着いて研究がしたかった。
「去年の8月です。……僕がアメリカに行っていたのをなんで知って……」
エレベーターに乗り込むと、彼はオレの顔をじっと見つめてくる。
あの時と変わらない、ただ真っ直ぐすぎる眼差し。
「俺は大学までは四国にいたんだ。四国で大学までは行ったけど、就職はこっちで決めて………戻ってきた。」
聞いてもいないのに、彼は自分のことを話し始めた。
まあ、彼がどうしてたかなんて聞いても仕方が無いし、どーでもいいなと思いつつ、開いたエレベーターを降りてゆっくりと中庭を歩く。
仕事なら仕方がないが、あまり頻繁に会う気もない。
教授に彼の相手をしてもらうように頼む方がいいだろう。
ここで……二度と会わないと、伝えよう。
オレには、あの時と同じ気持ちは、もう、彼にもてそうにはないから。
「…………オマエんちに行ったよ。そんで、アメリカ行ったって聞いた……。いつ戻ってくるンかなって、毎週末、オマエんちあたりを良く徘徊してる……今でも。もう、5年くらいか……」
一体、何を言ってるんだ?この人は。
オレはその背中をじっと眺めて、深く息をつく。
そういえば、昔からそういうストーカーじみたことを平気でする人だったな。
本人を避けて後ろから見守っていたりしてたっけ……。
こういうところは変わっていないと言うべきだろうか。
「今は……実家では暮らしてません。だいたい…………あんな風に……オレのことを捨てたくせに、いまさら貴方は何言ってるんですか」
まるでそもそも何も無かったかのように、彼はあの時すべての痕跡を消していなくなった。
何一つ、オレに言わずに。
それまでオレを拒絶した他のどんな奴等より、もっとこっぴどくオレを拒否して、いなくなった。
ヤクザの息子とはもうかかわりたくないと言ってくれれば、あきらめもついたのに。
「……そうだな。西覇は怒っていて当然だよな。まさか俺も仕事で会うことになるとは思わなかったけど……。だからさ…………これは運命なのかなとか思ったりしてる」
10年もたってからオレの前に現れて、この人は一体何がしたいというのだろう。
運命とかそんな能天気でバカげたようななことを、どの口で言っているんだ。
本気で怒りが増して、思わず拳を握り締めて、叩きつけようと繰り出す。
パシッと乾いた音が響き、オレの拳は彼の掌に包み込まれていた。
「……俺は、ずっと……一生、オマエのことがスキだ……」
引き寄せられた拳に熱い唇が押し当てられる。
あの時、夢うつつの中で告げられた、最後の告白。
同じ言葉を、まるで時をすすめる呪文でも唱えるかのように、彼はゆっくりと口にした。
その瞬間、あの時止まった時間が動き出したように思えた。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる