瀬をはやみ

怜悧(サトシ)

文字の大きさ
14 / 14
君がためをしからざりし命さへ

side Searashi 【完結】

しおりを挟む
西覇に身体を拭かれて後処理をされながら、俺は頭まで痺れてぼんやりとしていた。これが現実なのか夢の続きなのかすらはっきりしていなかった。
自分から別れを選んだくせに、許してなんて虫のいい言い草を西覇はのんでくれたのだ。

「成春さん、ちょっと無理させすぎましたか?」
メガネの奥の真実を知りたくて、俺は西覇のメガネに手を伸ばして奪う。
いまでもしている度の入っていない伊達メガネ。
「せいは、ありがと」
かすれ切った声しかでない。
このままおっちんぢまっても構わないくらい、心も身体も充実していた。
食事だけでも、と、誘ってよかった。
涙が次々溢れてくる。
つか、簡単にぼろぼろ泣くんじゃねーよ、俺。
ホント、情けねーよ。
俺は、いつからこんなに弱っちくなっちまったかな。

「逃げられることばかりを考えるのはやめただけです。もう、逃がしませんから大丈夫。馬鹿ですよね、折角、オレみたいなのから離れられたのに。自分から捕まりにくるなんて」
困ったような顔で言われて、俺は腕を伸ばして西覇の頭の裏へ手を添えてくちびるを寄せる。

信用はされてないのがひしひしと分かる。
舌を伸ばして、西覇の口内をさぐる。
逃がしたくないのは、俺の方だ。
失いたくなくて選んだ別れだけど、一緒にいなきゃ意味がねーことがその時は分かってなかった。
押し込んだ舌をチュッチュと吸われて、頭が痺れてくる。
「感じやすいですね。心配になって仕方がない。このまま貴方を、ここに閉じ込められたらいいのに」
唇を離され、探してきたのか部屋着のスエットを着替えさせられる。
「逃げ、ねーよ」
「もう逃がしませんから、大丈夫ですよ。夕飯、僕が作るんで、そこで待っててくださいね」
にこりと笑い、俺のほおにチュッとくちびるを当てる。
「俺が作ろうと思ったのに、悪ィ」
「立てないでしょ?いいから、休んでてください。それと………」
俺から離れて、西覇はクルッとキッチンへ向かいながら、付け足すように言った。

「オレも、アンタがずっと……好きでしたよ」

言葉にハッとして、俺は視線を西覇の背中へと釘付けにした。口許はひどく穏やかで、嘘偽りは見えなかった。
そんなつまらない嘘などついても、俺が喜ぶくらいで彼にはまったく得はない。

キッチンに立った背中で補足するように告げる。

「2度と人と付き合おうとすら思わないくらいには、貴方を忘れたことなんかありませんでしたよ」

言葉の端々に刺みたいなものが含まれてはいたが、この際それは全て受け止める覚悟はある。
同じように他の人を考えたこともなかったが、逃げた俺と逃げられた彼とでは気持ちに雲泥の差がある。

「悪かった……」
「謝らないで。僕は貴方を責めているわけじゃない。人の付き合いなんて、先は見えないのが当然ですし、だったら、先に二の足を踏むなんて、とても勿体ないと思うだけの話です」

西覇はいちいち面倒臭い言い回しをする。
きっとこれは、俺の気持ちを軽くしようとしてくれているのだろう。
勿体ないとか、勿体なくないとか、安売りセールみたいなイメージで良くないけど、俺と再会したことをやり直すチャンスとして考えてくれているってことだ。
俺も西覇も理系なだけあって、言葉は不自由だ。
なんというか、言葉の選び方に不器用さを感じてそれが愛しく思う。
昔は俺も変わらなかったなと思い返せるくらいには、俺も大人になっている。

「ちょっと、嬉しすぎて、あんまり言葉がうまく出ない」
泣き笑いのようにどうにか言葉を紡ぐのがやっと。
会ったら言おうなんて思ってた言葉なんか、全部頭の中から蒸発したように消えちまう。

「…………もっと、積年の恨みつらみで貴方をじわじわイジメようとも思いましたが、貴方の泣き顔よりも笑顔を見たいとか思ってしまう。……僕の業が強すぎる」
手を洗い冷蔵庫を物色して、食材を出し始める西覇を眺めて、俺は笑う。
「ちょっと性格悪ィな。じわじわとかされたら、俺は泣きまくりだ」
ぼそりと呟くと、西覇はキャベツを千切りにし始めながら俺を見やり、

「泣かすのは、ベッドの中ではいくらでもできますしね」

性格の悪くなった表情で、俺を見やって嘘くさくない表情で微笑んだ。
西覇が俺をずっと好きでい続けてくれたと聞いて、舞い上がるほどに嬉しくて、西覇が料理をつくる間ずっと夢のようでぼんやりとしてしまった。

夢のようで?

いや、これは、夢じゃないのか。

食卓に置かれた、まだあたたそうな料理を立ち上がったまま見つめる。

俺は騙されてはいないだろうか。

抱かれたあの感覚は嘘ではなかったってのに、俺は世界中から騙されているように感じる。
ふわふわとした浮遊感に似たあたたかい幸せな感覚。

「できあがりましたよ。夕食にしましょう」

声をかけられて、俺は西覇が用意してくれた温かな夕飯を眺めて、ゆっくりと近くへ確かめるように寄っていく。
「こないだもだけど、西覇、料理、うまいな」
「ほとんど僕が、家で料理係だったからね」
「弁当、自分で作らなかったのが不思議だったよ」
「…………酔って作った母の弁当が、とても嬉しかったのだと、前にもいいましたよね」
「そう、だったな」
懐かしい話をしながら、ダイニングの席に座ると西覇の料理を眺める。
野菜炒めとメインは白魚のムニエル、コンソメスープの胃からそそられるかおりに目を伏せた。
こんなふうにあったかな空気を、もう一度かんじられるようになるなんて思わなかった。
思えなかったけども、それでもあきらめきれなかった。
「おいしそうだ、いただきます」
海外に行ったと言われた時は、さすがに駄目かと思ったけど。だけど、諦めなくて良かった。
野菜炒めを口に運ぶと油を感じないくらいさっぱりした味でついつい箸がすすむ。
「んめえ、な」
むしゃむしゃと食うと、嬉しそうな西覇の眼鏡の奥の瞳にぶつかる。

「まだ、成春の好みの味はわからないから。何がすきなのか、少しづつ覚えるよ」

「…………西覇が作るならなんでもうめえよ」

「僕は完璧主義なんで、完全に好みの味にしたいんですよ。食事も、貴方もね。覚悟してくださいね」

ふわりと昔のような、綺麗な笑顔にぶつかり俺は身体の温度をあげて、食事を口に運んでいった。

この笑顔のためであれば、いくらでも覚悟してやろう。
もう二度とこの笑顔を、手放さないために。


俺のすべてを、君のためならば……捧げても惜しくはない。


【瀬をはやみ END】



花に嵐の続編です。
花に嵐2にしなかったのは、2にしちゃうと、また別れが訪れてしまうので、瀬をはやみとしました。

※花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ (井伏鱒二の歌からとってます。元は中国の歌ですが)
花が咲くと雨が降り、嵐で花を散らしてしまうように、良いことには邪魔が入る
人生も同じで別れは必ずくるものだから……

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
※どんなに大きな障害(岩)があって、二つに別れてしまっても、いずれは吸い寄せられるように再びひとつに出逢う運命なのです

ということで再会の歌のタイトルにしました。


大きな障害があっていずれはそれがまた出会う運命。
でもまた大きな岩が立ち塞がったら 二人には、その岩を今度は砕いてほしいなって、思います。


成春の名前は、二つのタイトルの名前が入ってます。
いつも名前とか適当に決めてて実は偶然だけど、まあ必然、計画通りとしたいなって思います^^

嵐の雨に瀬は荒れ狂い、やがて春に成る とか 偶然だとしたら美しすぎてしまう。(爆笑)
適当に決めた名前のはずだったのですが、あまりのストーリとの適合に、計画っていっちゃおうかなって思います。

また、なんかこの二人の短編書きたいなって思います。

お読みくださってありがとうございました。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...