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40 ーくりぱー
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「クリパしようぜクリパ~」
斉藤が相変わらず軽いノリで声をかける。
季節は巡ってあっという間に年末である。
先日初雪が降った。
街はすっかりクリスマスモードである。
と言っても日本と違って、ヨーロッパならではの、厳かな雰囲気だ。
クリスマスまではあと2週間。
街の多くの人がウキウキと日々、クリスマスホリデーの準備をし、楽しみにしているのがわかる。
今日の賄いは、豚の角煮定食。
斉藤曰く、今日は本当は魚の煮付けが食べたかったが、この国は海ねえから、ということで豚にしたらしい。
「全員独り身なんだからさあ、田中君も呼んでみんなで楽しくやろうぜ。」
「寂しいんですね。。師匠。」
愛が哀れみの目で斉藤を見る。
愛はきっと、コルムとコルムの実家かなんかで家族とクリスマスを過ごすのだろう、と依子は知っているので、愛とアイコンタクトをとって、大切な時期は外させた方がいいかと思って言った。
「クリスマス当日は厳かに過ごしたい、という人もいるでしょうし、我々キリスト教信者ではないですし、ちょっと外して忘年会を兼ねてやったらどうですか。」
「おう、そうね。忘年会ね。
いいね。みんなでウチに来てよ。美味しいもの振る舞っちゃう。」
斉藤はウキウキしている。
「おお、それはいい。じゃ師匠秘蔵のワインコレクションなども。。」
と手揉みしている愛を睨んで斉藤は言う。
「いや、鍵かけとくから。お料理とか甘いものとか全部まかしといて。
その代わり君らは選り抜きのお酒持ってきてよ。
特にガブガブ飲む人は自分が飲む分をね。」
そんなこんなで12月23日月曜日と決まった。
22日は『さくら』でもクリスマス特別ディナーを供するので大事な日だ。
これを無事終わらせて、心置きなく今年の仕事を締めようということである。
24、25日は休みにする。
どうせ一般の人は家で過ごすので、お客さんは来ない。
店自体は年末まで普通に開けるのだが、クリスマス以降は掃除をして、新年の準備に入っていく。
ーーー
12月23日月曜日。
クリスマス忘年会。
それまで、零下にはなっても、雪は降らなかったのだが、朝からはらはらと雪が舞い降りていて気温も低いので、夜半までにはすっかり街も白くなるだろう。
今年はホワイトクリスマスになりそうだ。
斉藤のアパートの住所を教えてもらった3人は、約束の午後3時に集合した。
「ここですか?」
田中は恐れ入ったように門を見ている。
「ここだよねえ。。」
依子も番地を確認している。
「ヤバ。師匠さすが。」
愛も感嘆の声をあげる。
アパート、と言っていたが、高い塀とロックのかかった門扉があって、その内側に広い中庭、さらにその奥に一見戸建て風のコンドミニアムが並んでいる。
一応繋がっているので、長屋のようなものなのだろう。
依子が代表して門のインターフォンを押して言う。
「こんにちは。依子です。」
すぐに斉藤の声がする。
「いらっしゃいいらっしゃい! 今開けるから入って。」
すると、ガチャ、と音がして自動で門のロックが開いたようだ。
3人は連れ立って中へ入った。
庭を抜けて、やたらと間口の広い玄関に来ると、両扉が開いて斉藤が出てきた。
「ようこそ~、遠慮なく寛いでって。」
斉藤は腕まくりしてエプロンをつけていたので、料理をしていたのだとわかる。
だが、ちゃんとネクタイをしめて、仕立ての良いシャツに、ベストを着ていた。
譲治は内心、危なかった~とホッとしていた。
クリスマスパーティーなどお呼ばれするのは初めてなので、どんな格好をしていいかわからず、うっかりいつもの緩いパンツと首周りの伸びたセーターを着てくるところだった。
ふっと、以前見た、斉藤がパーティーに出かける際のバリッと完璧にかっこいい姿を思い出したので、すんでのところで考え直して、マシな服に変えてきたのだった。
譲治もネクタイとベストにジャケット。コーデュロイのパンツ。
みながコートを脱いで預かってもらう。
見ると、愛でさえアクセサリーをつけ、洒落た女性らしい華やかなフリルブラウスに光沢のあるパンツを履いている。
依子は柔らかなサーモンピンクの、ニットの上下セットアップだ。
それを見てますます、ギリギリ気づいた自分を褒めるのだった。
「師匠、ヤバすぎですね、この家。成功者って感じい。」
愛は感心しきりで遠慮なくあちこちキョロキョロしたり、つついたりしている。
「お店に近い2区エリアでたださえ一等地なのに、この広さ、クオリティ。
さすが~、有名人は違う。」
依子も、置いてある家具の銘柄などを判別しつつ、つい値踏みしてしまう。
「いやあ、何かこう格が違いますね。」
譲治も玄関ホールの天井の高さを見上げながら、ちょっと男として妬ましい気分になった。
「何言ってんの。君なんかこれからでしょ。
いくらでも成り上がれるよ。俺は言うてももう、ハンガリーで苦節30年だからね。」
斉藤は褒められて満更でもない。
「さあさあ、美味しいモノたくさん用意したから、楽しく飲み食いしましょう!」
田中の背中を叩いて食堂へ促した。
ーーー
3時過ぎに始まった宴席は、斉藤の心尽くしの料理の数々で盛り上がった。
美味しく、楽しく、笑いの絶えない食卓。
愛はキレイな格好をしていたにも関わらず、尋常でない量と種類の酒を持ち込んできた。
なぜ巨大スーツケースを引きずっていたのか謎が解けた。
斉藤との利き酒大会が始まり、そこでまた盛り上がる。
みんながお腹いっぱい飲み食いし、ひと息ついたところで、一回テーブルを片付け、リラックスタイムにする。
男性陣は葉巻などをふかし、女性陣は斉藤の巨大なTVモニターを使ってマリオカートなどに勤しんでいる。
「ねえねえ!田中君さあ、将棋やる?」
斉藤が思い出したように嬉々として譲治に聞いた。
「はあ、まあ。基本的なことならできますけど、弱いですよ。」
「いいのいいの。相手さえしてくれれば。
もう、1人だからさあ、詰将棋しかできなくて飽きちゃって。」
そう言って斉藤はいそいそと席を立ち、将棋盤と駒のセットを持ってきて、早速テーブルに据えつけた。
うんうん言いながらしばらく、ゆっくり盤上の戦いに集中する2人。
お腹は満たされて、ほどよく酔っているので、いつもより少し気持ちはくだけている。
斉藤がぽつりぽつりと話し出した。
「田中君は結婚しないの?彼女とかは?」
「まあ、人付き合いが苦手で気が利かないので、見た目老けてますし、とんと縁がないですね。」
「でも願望はあるんでしょ?」
「うーん。結婚、というより、一緒にいたいと思える人と、ずっと添い遂げられたら幸せだな、とは思いますね。」
「斉藤さんはどうなんですか。
こんな成功してらっしゃって、女性たちがほっとかないでしょ。」
「まあね~。でも、この人、って思う人からは好かれないんだよな。」
斉藤は手の中でチャラチャラと取った駒を鳴らしている。
「この前プロポーズして振られちゃったよ。依子さんに。」
その言葉にビックリして、譲治はギュンと音が鳴るほどの勢いで斉藤を見た。
斉藤は譲治を見てニヤリとしている。
「俺が振られてホッとした?」
譲治は顔を盤に戻した。
「何言ってるんですか。」
「ちょっと真面目に、おせっかいながら言わせてもらうけどね。」
斉藤がテーブルに身を乗り出して譲治を見据える。
「俺の見る限り、君たちとても相性がいいし、現に一緒にいてとても楽なんでしょ?
でも、君も聞いてるかもしれないけど、依子さんは男性関係ではすごく傷ついてるから、もう自分の気持ちを素直に出す、ってことはできないと思う。
だから、君から依子さんの心を解きほぐしてあげないと、物事が前に進まないと思うよ。」
斉藤は、広い部屋の反対側の奥で何やら遊んでいる、いい歳をした女性たちを見やる。
今度はツイスターゲームらしい。
2人ともせっかくキレイな格好をしているのに、とんでもない姿勢でプルプルしている。
思わず譲治は吹き出してしまった。
アホだね、あの子達。斉藤はそう言いながらも優しい目だ。
「でも、僕がどんなに想っているとしても、依子さんに無理強いする道理はないですし、誰を受け入れる受け入れないは、依子さんに選択権があります。
彼女の返答次第なんですよ。
僕はただでさえ、こんな冴えない貧乏サラリーマンですし。」
譲治はちょっと卑屈な物言いをする。
「だからさ、そこなのよ。
君の性格からして、依子さんが否と言えば、そういう風に一歩下がっちゃうだろうな、と思ったから、あえておせっかいしようと思ったわけ。
つまりね、否、と言われても、すぐ引き下がらないで、あの手この手で食い下がれ、ってことよ。」
斉藤が続ける。
「そういうのは僕の性に合いませんし、依子さんに迷惑がかかります。」
譲治は反論する。
「なぜかと言うとね、彼女が否、と言うとしたら、多分言うだろうけど。
それは彼女が、君のことが本当に好きで大事に思っているが故に、君の将来のことを考えてるからなんだよ。
俺はね、彼女と同様、歳がいっちゃってる立場だからよくわかる。」
斉藤の目はなにか切実だ。
「考えてもごらんよ、彼女の立場を。
お互い30代とかだったらいいよ。
でももう彼女は45だ。どんどん加齢が目に見えてくる。
身体もしんどい。
女性は男と違って更年期が不調として出やすいから尚更だ。
一方、君は今が男盛りだ。
男の40代は一番、仕事でも体でも落ち着いて成果を出せる時期。
今から結婚して家庭を持てばもちろん子供だって十分持てる。
でも、すごく残酷なことだが、女性は45で子供を持とうと思っても、リスクが高すぎて、挑戦しにくい。
こんな下り坂の自分に、これからもっと花を咲かすことができる歳下の男を付き合わせる、なんてとてもできない。
彼女そういうふうに考えそうだと思わない?」
斉藤はひと息にそこまで言うと、体を起こして椅子の背中に寄りかかる。
「周りの目も気になるだろう。
君のことを大事に思えば思うほど、君の周りの人間、親兄弟や友人も不安にさせるんじゃないか、って彼女は心配するよね。」
しばらく黙って斉藤の話を聞いていた譲治は、考えた後ぼそっと言う。
「僕は、、彼女がそんなふうに心配するとしたら、一つずつ問題を解決して、笑顔が出るように、ずっとそばについていたい、と思います。」
譲治をじっと見つめていた斉藤はしばらくして言う。
「そっか。」
斉藤はなんだか満足そうだ。
「それなら安心だ。そう言って論破してやんなさいよ。
彼女、歳いってる分、弁もたつからね。」
「それにしても、ほんとお節介ですね。
依子さんが僕のことを実際はどう思ってるかわからないのに。」
譲治は少し肩の力を抜いて言う。
「俺はさあ、君たちのこと好きなのよね。
なんかピュアじゃない?善人というかさ。
俺は自分が邪悪だから、ピュアな人見ると幸せになってほしいなあ、と思っちゃうわけよ。」
斉藤は置きっぱなしになっていたウイスキーのロックをぐびりと飲む。
譲治はふっと笑って言った。
「斉藤さんは邪悪じゃないですよ。
露悪ぶってるけど良い人です。強いて言えば口の悪い天使、ってとこかな。」
「ええ~そんなふうに思ってくれてたの。照れるう。」
斉藤は照れ隠しにクネクネし出した。
「というわけで、王手です。」
譲治は決定打を打つ。
「ちょっとちょっと、さっきからさあ。
弱いですとか言ってめっちゃ強いじゃん。」
斉藤はぶつくさ言って負けを認めようとしない。
ーーー
結局、譲治の勝利で将棋を終え、そろそろお開きにするか、と言っているところに、愛が声を出す。
「あ、そうだ、皆さんにちょっとお知らせがありました。忘れてた。
えー、わたくし中村愛、このたび結婚することになりました。」
かしこまって愛がぺこりとお辞儀をする。
「きゃあー!愛ちゃん!おめでとう!ほんとにほんとに!」
依子は飛び上がって喜んで愛に抱きついている。
そういうのを忘れるかね、と斉藤は呆れ顔だ。
どうやら知っていたらしい。
「みなさんご存知のコルムと年末に入籍いたします~。
んで、式は来年の6月に彼の故郷のアイルランドでやるんで、ぜひいらしてください。
コルムんちは、私も最近知ったんですが、地元でも有数の地主で、けっこうな名士らしいです。
みなさんご招待だそうです。田中さんもぜひとも!」
「え、そんな僕もいいんですか?旦那さんとはお会いしたこともないのに。」
「いいのいいの。これから仲良くなりゃいいんだから。
なんならクリスマス明けにでも彼のパブに来てください。
なんせ私の方の招待客が異様に少ない、というか、あっちが異常に多いので、普段仲良くしてる人にはできるだけ来てもらいたいんです。
費用一切こちらでもちますんで!」
相変わらず愛は大雑把だ。
「あ、あとね、依子さんにはブライズメイドお願いしたいんです。」
愛が依子を見つめて言う。
「えええ~!?ブライズメイドって未婚の若い乙女がやるんじゃないんだっけ?」
依子が驚く。
「そんなことないですよ。
私、結婚を見守ってほしい、と思えるような近しい友人は、今のところ依子さんだけなんです。
今までも仲良くしてもらえて本当にうれしかったし、これからも仲良くしてほしいんです。」
愛は、依子の両手を持って、優しい笑顔を浮かべながら口説いている。
依子もうるうるして「愛ちゃん、、」と見つめ合っている。
「なんか宝塚みたいな光景だな。」
斉藤は若干冷めた目だ。
譲治はそれを聞いてクスッと笑った。
「ま、何はともあれめでたい! 入籍したら乾杯しようぜ。教えてよね。」
斉藤が言った。
皆が幸せな気分で、クリスマスを祝うパーティーを終えたのだった。
斉藤が相変わらず軽いノリで声をかける。
季節は巡ってあっという間に年末である。
先日初雪が降った。
街はすっかりクリスマスモードである。
と言っても日本と違って、ヨーロッパならではの、厳かな雰囲気だ。
クリスマスまではあと2週間。
街の多くの人がウキウキと日々、クリスマスホリデーの準備をし、楽しみにしているのがわかる。
今日の賄いは、豚の角煮定食。
斉藤曰く、今日は本当は魚の煮付けが食べたかったが、この国は海ねえから、ということで豚にしたらしい。
「全員独り身なんだからさあ、田中君も呼んでみんなで楽しくやろうぜ。」
「寂しいんですね。。師匠。」
愛が哀れみの目で斉藤を見る。
愛はきっと、コルムとコルムの実家かなんかで家族とクリスマスを過ごすのだろう、と依子は知っているので、愛とアイコンタクトをとって、大切な時期は外させた方がいいかと思って言った。
「クリスマス当日は厳かに過ごしたい、という人もいるでしょうし、我々キリスト教信者ではないですし、ちょっと外して忘年会を兼ねてやったらどうですか。」
「おう、そうね。忘年会ね。
いいね。みんなでウチに来てよ。美味しいもの振る舞っちゃう。」
斉藤はウキウキしている。
「おお、それはいい。じゃ師匠秘蔵のワインコレクションなども。。」
と手揉みしている愛を睨んで斉藤は言う。
「いや、鍵かけとくから。お料理とか甘いものとか全部まかしといて。
その代わり君らは選り抜きのお酒持ってきてよ。
特にガブガブ飲む人は自分が飲む分をね。」
そんなこんなで12月23日月曜日と決まった。
22日は『さくら』でもクリスマス特別ディナーを供するので大事な日だ。
これを無事終わらせて、心置きなく今年の仕事を締めようということである。
24、25日は休みにする。
どうせ一般の人は家で過ごすので、お客さんは来ない。
店自体は年末まで普通に開けるのだが、クリスマス以降は掃除をして、新年の準備に入っていく。
ーーー
12月23日月曜日。
クリスマス忘年会。
それまで、零下にはなっても、雪は降らなかったのだが、朝からはらはらと雪が舞い降りていて気温も低いので、夜半までにはすっかり街も白くなるだろう。
今年はホワイトクリスマスになりそうだ。
斉藤のアパートの住所を教えてもらった3人は、約束の午後3時に集合した。
「ここですか?」
田中は恐れ入ったように門を見ている。
「ここだよねえ。。」
依子も番地を確認している。
「ヤバ。師匠さすが。」
愛も感嘆の声をあげる。
アパート、と言っていたが、高い塀とロックのかかった門扉があって、その内側に広い中庭、さらにその奥に一見戸建て風のコンドミニアムが並んでいる。
一応繋がっているので、長屋のようなものなのだろう。
依子が代表して門のインターフォンを押して言う。
「こんにちは。依子です。」
すぐに斉藤の声がする。
「いらっしゃいいらっしゃい! 今開けるから入って。」
すると、ガチャ、と音がして自動で門のロックが開いたようだ。
3人は連れ立って中へ入った。
庭を抜けて、やたらと間口の広い玄関に来ると、両扉が開いて斉藤が出てきた。
「ようこそ~、遠慮なく寛いでって。」
斉藤は腕まくりしてエプロンをつけていたので、料理をしていたのだとわかる。
だが、ちゃんとネクタイをしめて、仕立ての良いシャツに、ベストを着ていた。
譲治は内心、危なかった~とホッとしていた。
クリスマスパーティーなどお呼ばれするのは初めてなので、どんな格好をしていいかわからず、うっかりいつもの緩いパンツと首周りの伸びたセーターを着てくるところだった。
ふっと、以前見た、斉藤がパーティーに出かける際のバリッと完璧にかっこいい姿を思い出したので、すんでのところで考え直して、マシな服に変えてきたのだった。
譲治もネクタイとベストにジャケット。コーデュロイのパンツ。
みながコートを脱いで預かってもらう。
見ると、愛でさえアクセサリーをつけ、洒落た女性らしい華やかなフリルブラウスに光沢のあるパンツを履いている。
依子は柔らかなサーモンピンクの、ニットの上下セットアップだ。
それを見てますます、ギリギリ気づいた自分を褒めるのだった。
「師匠、ヤバすぎですね、この家。成功者って感じい。」
愛は感心しきりで遠慮なくあちこちキョロキョロしたり、つついたりしている。
「お店に近い2区エリアでたださえ一等地なのに、この広さ、クオリティ。
さすが~、有名人は違う。」
依子も、置いてある家具の銘柄などを判別しつつ、つい値踏みしてしまう。
「いやあ、何かこう格が違いますね。」
譲治も玄関ホールの天井の高さを見上げながら、ちょっと男として妬ましい気分になった。
「何言ってんの。君なんかこれからでしょ。
いくらでも成り上がれるよ。俺は言うてももう、ハンガリーで苦節30年だからね。」
斉藤は褒められて満更でもない。
「さあさあ、美味しいモノたくさん用意したから、楽しく飲み食いしましょう!」
田中の背中を叩いて食堂へ促した。
ーーー
3時過ぎに始まった宴席は、斉藤の心尽くしの料理の数々で盛り上がった。
美味しく、楽しく、笑いの絶えない食卓。
愛はキレイな格好をしていたにも関わらず、尋常でない量と種類の酒を持ち込んできた。
なぜ巨大スーツケースを引きずっていたのか謎が解けた。
斉藤との利き酒大会が始まり、そこでまた盛り上がる。
みんながお腹いっぱい飲み食いし、ひと息ついたところで、一回テーブルを片付け、リラックスタイムにする。
男性陣は葉巻などをふかし、女性陣は斉藤の巨大なTVモニターを使ってマリオカートなどに勤しんでいる。
「ねえねえ!田中君さあ、将棋やる?」
斉藤が思い出したように嬉々として譲治に聞いた。
「はあ、まあ。基本的なことならできますけど、弱いですよ。」
「いいのいいの。相手さえしてくれれば。
もう、1人だからさあ、詰将棋しかできなくて飽きちゃって。」
そう言って斉藤はいそいそと席を立ち、将棋盤と駒のセットを持ってきて、早速テーブルに据えつけた。
うんうん言いながらしばらく、ゆっくり盤上の戦いに集中する2人。
お腹は満たされて、ほどよく酔っているので、いつもより少し気持ちはくだけている。
斉藤がぽつりぽつりと話し出した。
「田中君は結婚しないの?彼女とかは?」
「まあ、人付き合いが苦手で気が利かないので、見た目老けてますし、とんと縁がないですね。」
「でも願望はあるんでしょ?」
「うーん。結婚、というより、一緒にいたいと思える人と、ずっと添い遂げられたら幸せだな、とは思いますね。」
「斉藤さんはどうなんですか。
こんな成功してらっしゃって、女性たちがほっとかないでしょ。」
「まあね~。でも、この人、って思う人からは好かれないんだよな。」
斉藤は手の中でチャラチャラと取った駒を鳴らしている。
「この前プロポーズして振られちゃったよ。依子さんに。」
その言葉にビックリして、譲治はギュンと音が鳴るほどの勢いで斉藤を見た。
斉藤は譲治を見てニヤリとしている。
「俺が振られてホッとした?」
譲治は顔を盤に戻した。
「何言ってるんですか。」
「ちょっと真面目に、おせっかいながら言わせてもらうけどね。」
斉藤がテーブルに身を乗り出して譲治を見据える。
「俺の見る限り、君たちとても相性がいいし、現に一緒にいてとても楽なんでしょ?
でも、君も聞いてるかもしれないけど、依子さんは男性関係ではすごく傷ついてるから、もう自分の気持ちを素直に出す、ってことはできないと思う。
だから、君から依子さんの心を解きほぐしてあげないと、物事が前に進まないと思うよ。」
斉藤は、広い部屋の反対側の奥で何やら遊んでいる、いい歳をした女性たちを見やる。
今度はツイスターゲームらしい。
2人ともせっかくキレイな格好をしているのに、とんでもない姿勢でプルプルしている。
思わず譲治は吹き出してしまった。
アホだね、あの子達。斉藤はそう言いながらも優しい目だ。
「でも、僕がどんなに想っているとしても、依子さんに無理強いする道理はないですし、誰を受け入れる受け入れないは、依子さんに選択権があります。
彼女の返答次第なんですよ。
僕はただでさえ、こんな冴えない貧乏サラリーマンですし。」
譲治はちょっと卑屈な物言いをする。
「だからさ、そこなのよ。
君の性格からして、依子さんが否と言えば、そういう風に一歩下がっちゃうだろうな、と思ったから、あえておせっかいしようと思ったわけ。
つまりね、否、と言われても、すぐ引き下がらないで、あの手この手で食い下がれ、ってことよ。」
斉藤が続ける。
「そういうのは僕の性に合いませんし、依子さんに迷惑がかかります。」
譲治は反論する。
「なぜかと言うとね、彼女が否、と言うとしたら、多分言うだろうけど。
それは彼女が、君のことが本当に好きで大事に思っているが故に、君の将来のことを考えてるからなんだよ。
俺はね、彼女と同様、歳がいっちゃってる立場だからよくわかる。」
斉藤の目はなにか切実だ。
「考えてもごらんよ、彼女の立場を。
お互い30代とかだったらいいよ。
でももう彼女は45だ。どんどん加齢が目に見えてくる。
身体もしんどい。
女性は男と違って更年期が不調として出やすいから尚更だ。
一方、君は今が男盛りだ。
男の40代は一番、仕事でも体でも落ち着いて成果を出せる時期。
今から結婚して家庭を持てばもちろん子供だって十分持てる。
でも、すごく残酷なことだが、女性は45で子供を持とうと思っても、リスクが高すぎて、挑戦しにくい。
こんな下り坂の自分に、これからもっと花を咲かすことができる歳下の男を付き合わせる、なんてとてもできない。
彼女そういうふうに考えそうだと思わない?」
斉藤はひと息にそこまで言うと、体を起こして椅子の背中に寄りかかる。
「周りの目も気になるだろう。
君のことを大事に思えば思うほど、君の周りの人間、親兄弟や友人も不安にさせるんじゃないか、って彼女は心配するよね。」
しばらく黙って斉藤の話を聞いていた譲治は、考えた後ぼそっと言う。
「僕は、、彼女がそんなふうに心配するとしたら、一つずつ問題を解決して、笑顔が出るように、ずっとそばについていたい、と思います。」
譲治をじっと見つめていた斉藤はしばらくして言う。
「そっか。」
斉藤はなんだか満足そうだ。
「それなら安心だ。そう言って論破してやんなさいよ。
彼女、歳いってる分、弁もたつからね。」
「それにしても、ほんとお節介ですね。
依子さんが僕のことを実際はどう思ってるかわからないのに。」
譲治は少し肩の力を抜いて言う。
「俺はさあ、君たちのこと好きなのよね。
なんかピュアじゃない?善人というかさ。
俺は自分が邪悪だから、ピュアな人見ると幸せになってほしいなあ、と思っちゃうわけよ。」
斉藤は置きっぱなしになっていたウイスキーのロックをぐびりと飲む。
譲治はふっと笑って言った。
「斉藤さんは邪悪じゃないですよ。
露悪ぶってるけど良い人です。強いて言えば口の悪い天使、ってとこかな。」
「ええ~そんなふうに思ってくれてたの。照れるう。」
斉藤は照れ隠しにクネクネし出した。
「というわけで、王手です。」
譲治は決定打を打つ。
「ちょっとちょっと、さっきからさあ。
弱いですとか言ってめっちゃ強いじゃん。」
斉藤はぶつくさ言って負けを認めようとしない。
ーーー
結局、譲治の勝利で将棋を終え、そろそろお開きにするか、と言っているところに、愛が声を出す。
「あ、そうだ、皆さんにちょっとお知らせがありました。忘れてた。
えー、わたくし中村愛、このたび結婚することになりました。」
かしこまって愛がぺこりとお辞儀をする。
「きゃあー!愛ちゃん!おめでとう!ほんとにほんとに!」
依子は飛び上がって喜んで愛に抱きついている。
そういうのを忘れるかね、と斉藤は呆れ顔だ。
どうやら知っていたらしい。
「みなさんご存知のコルムと年末に入籍いたします~。
んで、式は来年の6月に彼の故郷のアイルランドでやるんで、ぜひいらしてください。
コルムんちは、私も最近知ったんですが、地元でも有数の地主で、けっこうな名士らしいです。
みなさんご招待だそうです。田中さんもぜひとも!」
「え、そんな僕もいいんですか?旦那さんとはお会いしたこともないのに。」
「いいのいいの。これから仲良くなりゃいいんだから。
なんならクリスマス明けにでも彼のパブに来てください。
なんせ私の方の招待客が異様に少ない、というか、あっちが異常に多いので、普段仲良くしてる人にはできるだけ来てもらいたいんです。
費用一切こちらでもちますんで!」
相変わらず愛は大雑把だ。
「あ、あとね、依子さんにはブライズメイドお願いしたいんです。」
愛が依子を見つめて言う。
「えええ~!?ブライズメイドって未婚の若い乙女がやるんじゃないんだっけ?」
依子が驚く。
「そんなことないですよ。
私、結婚を見守ってほしい、と思えるような近しい友人は、今のところ依子さんだけなんです。
今までも仲良くしてもらえて本当にうれしかったし、これからも仲良くしてほしいんです。」
愛は、依子の両手を持って、優しい笑顔を浮かべながら口説いている。
依子もうるうるして「愛ちゃん、、」と見つめ合っている。
「なんか宝塚みたいな光景だな。」
斉藤は若干冷めた目だ。
譲治はそれを聞いてクスッと笑った。
「ま、何はともあれめでたい! 入籍したら乾杯しようぜ。教えてよね。」
斉藤が言った。
皆が幸せな気分で、クリスマスを祝うパーティーを終えたのだった。
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