鈍色の空と四十肩

いろは

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78 ー一時帰国ー

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「斉藤さん、あの、急で大変申し訳ないのですけれど、来週のバイトはお休みさせていただけないでしょうか...?」
「おう、どうした?珍しいね。 なんかあった?」

 いつものように、『さくら』でのバイトの休憩時間。
 斉藤と話しをする。
「実は...愛ちゃんにも聞いていただきたいんですけれど。
 譲治くんと結婚することにしまして。
 それで、日本の両親に一応挨拶しに行かないと、ということで来週少しだけ帰国したいんです。」
「きゃあああ!! 依子さん!おめでとうございますー!!」
 愛が、作業中の厨房からすっ飛んで来て依子を抱きしめた。
「あはは、ありがとう。」
 依子は素直にうれしくて、愛の背中をぽんぽんとたたく。
「そうか~。ついに結婚か~。いや、おめでとうおめでとう!
 田中君もやっと依子さんを口説き落としたってわけだね?
 どうぞ心置きなく休んで行ってらっしゃいよ。」
 斉藤も感慨深げに祝ってくれる。

「ありがとうございます。お二人にはいつも見守っていただいて。
 ほんとに心強くて感謝してます。
 ...まあ、未だに私は、若い譲治くんを私みたいな年増に縛り付けるのは、ちょっといいのかな、って罪悪感あるんですけど。」
 依子はちょっと俯いていつものように自信なさげだ。

「まあ、依子さんの気持ちはわかるけどね。
 ただ、客観的に見て君達とってもお似合いだし、ぱっと見そんなに年離れて見えないから、大丈夫よ。
 田中君は老けて見えるし、依子さんは年齢不詳だし。
 なあ、愛ちゃん?」
 斉藤は慰めてるのかなんなのかわからないフォローをする。

「そうそう! それに田中さんなんか見てると、もう依子さんについて回る忠犬ハチ公って感じで、ぶんぶん尻尾振ってるの見えますよ。
 最初なんか無表情でつまんなそーな男だったのに。
 ま、とにかくお二人はとってもお似合いってことです。」
 愛のほうもずいぶんなフォロー?だ。
 依子は、そうですか?と言ってうれしそうに、お皿を片付けるのだった。

ーーー
 
 その週末が明けて水曜日。
 譲治と依子は機上の人になっている。

「...いや~、しかし航空券も目ん玉飛び出る高さになったわね...というか、今までが安すぎたのか。
 こんなことでもなきゃとてもとても海外脱出なんてできないわ。」
 依子はぶつくさ言いながらも、久しぶりの飛行機にうれしそうだ。
「僕は出張で乗る程度だからあんまり長距離使いませんけど、だいぶ違ったんですか?」
 譲治は隣で居心地良いように荷物整理などして離陸に備えている。
「そうよ~。まあでも考えてみれば10年前だもんな、最後にバックパック旅行したの。
 ハンガリーに移住した時のことは正直あんまり覚えてないし。
 旅行した時はね、シーズンオフとは言え往復で6万だった。」
「やすっ。」
 譲治が驚いている。

「それにしても譲治くん、私につきあってエコノミーにしなくて良かったのよ?
 せっかくマイルが溜まってるんだから、グレードアップすればよかったのに。」
「何言ってるんですか。1人で楽しむならいいけど。
 依子さんの隣にいたいんです。」
 当然のようにそう言ってくれる譲治の顔を見て、依子はそっと譲治の膝に手を置く。
「ありがと。うれしい。」
 そう言う依子に、譲治も小さく微笑んだ。

ーーー

 長いフライトを終えて朝方成田に着き、そのまま電車を乗り継いで新幹線で山形へ。
 駅の改札を出ると依子の両親が迎えに来てくれていた。
 予め乗る新幹線を知らせていたのだ。
「おかえり!まあまあ! よくいらっしゃいました。依子の母の麻子です。」
 元気な母がそつなく口火を切る。
 続いて父もかしこまったお辞儀をして譲治に挨拶をする。
「父の敏一です。」

 譲治は、改札出てすぐに対面するとは思っていなかったようで、いささか慌てたように、急いで挨拶をする。
「初めまして。田中譲治です。よろしくお願いいたします。」
「ま、立ち話もなんですから、とりあえずウチに行きましょう。」
 父がそう言って、車の所へ2人を案内する。

 こういう場面で一応社会性を発揮する母が当たり障りのない会話で場を和まそうと譲治に話しかけている。
「長かったでしょう?お疲れになったんじゃない? 
 どれくらいかかりました?」
「今はブダペストからの直行便はないので、エアチャイナで上海で乗り継ぎでしたね。20時間くらいでした。」

 コミュ障でぶっきらぼうだから、といつも言っている譲治はすごく頑張って普通にしゃべっている。
 依子は申し訳なくもありがたかった。
「今日明日、と泊まっていけるんでしょ?」
 麻子が後ろを歩いていた依子を振り向いて聞く。
「そうね。とりあえず休まないとしんどいわ。」
 依子が答える。
「まあとにかくゆっくりしていきなさい。」
 敏一が言った。

 車で20分ほど、中心地からは少し離れた住宅街に依子の実家はある。
 蔵王山の足元付近だ。
 譲治は、自分の実家とは全然違う東北の緑豊かな風景を、車窓から興味深く見て、楽しんだ。

 家に着いて、寝泊まりする部屋に荷物を置いて、手など洗って、既にお茶の準備ができていた客間に通された。
「さ、どうぞ。のどを潤してくださいな。」
 麻子がみなに緑茶を淹れて配った。

 すると譲治が、座っていた座布団から脇に降りて、手をついて依子の両親に頭を下げながら言った。
「まずは、今回は滞在させていただきありがとうございます。
 依子さんと結婚させていただきたく、お願いにあがりました。」
「お父さん、お母さん、私からもお願いします。」
 依子も言い添える。

「そうか。
 まあ、我々が許可を出すというものでもないから、2人でやっていくと言うなら、がんばってみなさい。
 しばらくはハンガリー生活を続けるんだろう? 
 困ったことがあれば言いなさい。」
 敏一が淡々と、だがしっかりとした口調で言ってくれた。
「そうね。私たちは応援するくらいしかできないから。」
 麻子もちょっと寂しそうに微笑んだ。

 とりあえず、彼女の両親に結婚の許可をもらうの儀、が無事終了して、譲治は目に見えてホッとしている。
 ガチガチになっていた肩の力が抜けて、座布団に座り直し緑茶を啜った。
 依子はそっと、その膝に手を置いてさすった。

「それで? 譲治さんのご両親には了解を得てるのかしら?」
 麻子が聞く。
「はい。うちの両親は、先月ちょうどブダペストに旅行に来まして、その際に依子さんにも会ってもらっています。
 今回も、こちらでお世話になった後に、今度はうちの実家の方へ顔を出そうと思っています。」
 譲治が答える。

「譲治くんのお母さん、とっても明るくて楽しい人なのよ。
 お父さんも飄々とした人だし、妹さんも逞しいし。」
 依子は先月会った田中家の賑やかさを思い出して笑いながら報告した。
「うるさくてホントに。依子さんにはご面倒おかけしました。」
 譲治と依子は顔を見合わせて笑った。
 そんな穏やかな仲睦まじい2人の様子を見て、依子の両親も心の中でほっと一安心したのだった。

 2人とも長旅で疲れてるだろうから、早めに夕飯にしてさっさと寝よう、と母が言ってくれた。
 依子は夕飯の支度の手伝い、譲治は待ってましたとばかりにビールを持ち出した父に捕まって晩酌の相手をさせられる。

「譲治くんも疲れてるんだから、無理に付き合わなくていいわよ。
 田舎の人の飲み方は尋常じゃないから、ほどほどにね。」
 依子は父親を牽制する。
「そんな私だってもう歳なんだから、そんながぶがぶ飲ませないよ。」
 父が言った。

 台所に立ちながら麻子がこそこそと情報収集をする。
「ねえねえ、譲治さんていくつって言ったっけ?歳下なのよね?」
「ああ、うん、そうね。39歳。」
 依子は渋々答える。
「ええええーーー!? そんな歳下だったの? 見えないわね。
 大丈夫? 後でもっと若い人に目移りしたりしない?」
 案の定の反応をする。
「そう言うと思ったから言いたくなかったんだよね。 
 私も最初そう言ったのよ? でもどうしても、って感じで説得されたのよ。」
「そうなの? まあ彼がそこまで熱心ならいいけどさあ。」

「結婚なんて結局やってみないとわからないのよ。 
 私だって前の旦那が、とんだDV野郎だなんて、私自身も周りも微塵も思わなかったんだし。」
「それもそうねえ...。 
 まあ、もう結婚はいいや、って言ってたあんたが決心したんだから、がんばってみなさい。」
 母はそう言いながらもまだ不安そうだ。
 そういう態度には慣れっこなので、依子は決して分かり合えるとは思っていない。
 こういう時は距離をとるに限る。
 そうして、できたものなどを持って、その場を離れた。

 夕飯の席では両親もご機嫌で、特に父親は譲治が気に入ったようだった。
 これからずっと独り身かと心配していたのだから、若く真面目な相手ができて、きっと安心したのだろう。
 山形の郷土料理などを譲治に楽しんでもらいつつ、譲治の仕事の話を聞いたり、ハンガリーの暮らしやすさなどについて盛り上がったのだった。
 さくっと夕飯を食べ終わって、順番にお風呂に入り、2人はあてがわれた部屋に下がった。

「譲治くん、本当にお疲れ様。両親に根掘り葉掘り聞かれて疲れたでしょ?
 ありがとう。無理させちゃったね。」
 依子は譲治を労うのに、どのように言葉を尽くしても足りないように思うのだった。

 譲治は、ふうっと息を吐きながら、座っている依子の腿に頭を乗せ、膝枕をしてもらう。
 依子は膝の上の譲治の頭を撫で、優しく髪の毛を梳く。
「依子さんになんの心配もなく僕と結婚してもらうためです。
 なんだってやりますよ。でもご両親も穏やかな人でホッとしました。
 僕、上手くやれてました?」
「もちろんよ。お父さんなんか、譲治くんのこと気に入ったみたい。
 あの人、若者好きだから。特に譲治くんみたいなユニークな経歴の人はね。
 お母さんも、そんな若いの?って驚いてたけど、若い人としゃべるのめっちゃ楽しんでたわよ。」
「それなら良かった。 
 さっきお2人にも言いましたけど、明日、結婚届の証人欄にサインもらいましょうね。」
 譲治は、頭を撫でる依子の手にうっとりと目をつぶり、半分寝ているような声でそう呟いた。
 じきに、すーすーと寝息が聞こえる。

 依子は譲治の頭に口付けしながら、心の奥底から魂を込めるように囁いた。
 ありがとう、譲治くん。大好きよ。あなたが好き。
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