【完結】亡国の王女と契約の指輪

シマセイ

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第八話:潜入、宰相の書斎と恐るべき真実

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帝都の夜は、月さえも姿を隠し、深い闇に沈んでいた。
私は、屋根の上を、猫のようにしなやかに駆ける。
冷たい夜風が、潜入のために身に着けた黒衣をなびかせ、私の高揚した肌を撫でていった。
眼下に広がる帝都の街並みは、まるで眠る巨人のようだ。
その心臓部に、私の目的地がある。

宰相オルダスが住まう屋敷は、その権勢をそのまま形にしたかのように、周囲の建物を威圧していた。
高くそびえる石壁。
等間隔で松明を掲げ、鋭い視線を光らせる衛兵たち。
まるで、難攻不落の要塞だ。

私は、あらかじめジュリアンと地図で確認していた、屋敷の裏手にある大木の影に身を潜める。
ここから、彼の合図を待つ。
私たちの最初の共同作戦。
失敗は、許されない。

その時だった。
屋敷の正門の方角から、けたたましい怒声と、何かが壊れる派手な音が響き渡った。
衛兵たちの注意が、一斉にそちらへ向く。
「何事だ!」「馬車が横転したらしいぞ!」
ジュリアンが手配した、陽動だ。

今しかない。

私は、大木の枝を足がかりに、一気に壁の上へと駆け上がる。
つま先に神経を集中させ、音を立てずに着地すると、そのまま闇に溶け込むように、屋敷の庭へと降り立った。
心臓が、早鐘のように鳴っている。
だが、それは恐怖からではなかった。
これから始まる戦いへの、武者震いだ。

ジュリアンの情報通り、屋敷の西棟は警備が手薄だった。
そこが、オルダスの私的な書斎と、コレクションを収めた部屋がある場所だ。
私は、壁の凹凸や窓枠を利用し、音もなく二階のバルコニーへとたどり着く。
そこには、鍵のかかった重厚な扉。

懐から、細い金属の棒を取り出す。
それは、シルフィードの職人が作った、特殊な鍵開け道具だ。
この国の錠前とは、構造が全く違う。
オルダスが、シルフィードから持ち帰った錠前を、わざわざこの扉につけているという、ジュリアンの読みが当たった。

数分の、息の詰まるような作業。
カチリ、と小さな音がして、錠が開いた。
私は、背後の気配を慎重に探り、誰の姿もないことを確認すると、滑るように部屋の中へと侵入した。

部屋の中に足を踏み入れた瞬間、私は息を飲んだ。
そこは、私の記憶にある、故郷の断片で埋め尽くされていた。
壁には、シルフィード王家の歴史を描いたタペストリーが、無造作にかけられている。
ガラスケースの中には、祭事で使われたはずの神聖な道具の数々が、まるで戦利品のように飾られていた。

怒りが、心の奥底から湧き上がってくる。
よくも、これほどまでに。
私たちの誇りを、歴史を、土足で踏みにじってくれた。

私は、その感情を必死で押し殺し、部屋の奥へと進む。
一番の目的は、オルダスの真意を探るための、証拠だ。

部屋の中央に置かれた、巨大な黒檀の机。
その上に、私の目は釘付けになった。
広げられているのは、私の故郷、シルフィードの詳細な地図。
そして、その中心には、赤いインクで、はっきりと印がつけられている。
『大樹の祭壇』。

その地図の周りには、おびただしい数のメモや、奇妙な図形が書き込まれていた。
それは、何かの儀式を示すもののようだった。
私は、その図形を見て、全身の血が凍り付くのを感じた。
シルフィードの王族にしか伝えられていない、禁断の儀式。
自然の生命力を、無理やり捻じ曲げ、己の力へと変える、邪悪な秘術。

「まさか……」

オルダスの目的は、祭壇に眠る力を手に入れるだけではなかった。
彼は、祭壇そのものを汚し、生命の源を、死と支配の力へと変質させようとしているのだ。
そして、その儀式を完成させるために、必要なものが、メモの最後に記されていた。

『触媒として、シルフィード王家の血を捧げるべし』

私だ。
彼が探しているのは、秘宝だけではない。
この儀式を完成させるための、生贄。
生きている、王家の人間。
この、私だ。

恐怖で、身体が震えた。
これほどの悪意が、この世に存在するのか。
私は、震える手で、懐から羊皮紙を取り出し、急いでその儀式の図を写し取った。
これを、ジュリアンに知らせなくては。

その時、廊下の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。
まずい、衛兵の見回りか。
私は、咄嗟に、壁にかけられた分厚いタペストリーの裏に身を隠した。

扉が開き、部屋に入ってきたのは、衛兵ではなかった。
その姿を見て、私は息を止める。

レオン……?

そこに立っていたのは、レオンハルトだった。
彼は、まるで夢遊病者のように、ふらふらと部屋の中に入ってくると、そこに並べられた故郷の品々を、苦痛に満ちた表情で見つめた。
その瞳は、深く、暗く、私が知っている彼のものとは思えなかった。
彼が、なぜ、宰相の私室に。
いや、考えるまでもない。
彼は、オルダスと。

隠れている私には、気づいていない。
彼の横顔が、悲しく歪んでいる。
呼びかけたい衝動を、必死でこらえる。
今、ここで見つかるわけにはいかない。

レオンハルトは、何かを振り払うように一度だけ首を振ると、部屋の奥には進まず、そのまま静かに扉を開けて出ていった。
彼の足音が遠ざかっていく。

私は、タペストリーの裏から滑り出ると、大きく息を吐いた。
心臓が、張り裂けそうだった。
レオンハルトが、本当に敵になってしまったという事実が、冷たい刃となって私の胸を突き刺す。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。

私は、もう一度、部屋に誰もいないことを確認すると、開けてきた扉から、再び闇の中へと飛び出した。
来た時よりも、ずっと速く、必死で、屋根の上を駆ける。
一刻も早く、ジュリアンの元へ。

書斎の窓から転がり込むように帰還した私を、ジュリアンが駆け寄って支えてくれた。

「セレスティナ!無事か!」

「はぁ、はぁ……殿下……」

私は、息も絶え絶えに、懐から写し取った羊皮紙を取り出した。

「見つけました。オルダスの、本当の計画を」

羊皮紙を広げ、禁断の儀式の図を、彼に見せる。

「彼の狙いは……私です。生贄として、私が必要なのです」

私の言葉に、ジュリアンの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。
その紫色の瞳に、静かだが、燃えるような怒りの炎が宿るのを、私は見た。
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