【完結】亡国の王女と契約の指輪

シマセイ

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第十五話:帝都の檻と密かな亀裂

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帝都が、巨大な檻となってから、数日が過ぎた。
隠れ家の窓から見える空は、いつもと同じように青いのに、街を包む空気は、重く、淀んでいる。
行き交う人々の数は減り、代わりに、宰相の私兵団が、三人一組で、街の至る所を巡回していた。
その無機質な足音が、私たちの閉塞感を、じりじりと煽る。

「……完全に、動きを封じられたな」

ジュリアンは、部屋の中を、苛立たしげに歩き回りながら、吐き捨てた。
彼の張り巡らせた情報網は、この厳戒態勢の前では、ほとんど機能しない。
味方であるはずの改革派の貴族たちも、身を潜め、沈黙を守るしかなかった。
私たちは、まるで、蜘蛛の巣にかかった蝶だった。

そんな中、私は、命懸けで持ち帰った裏帳簿と、禁書庫で写し取った儀式の資料を、何度も何度も、読み返していた。
この、絶望的な状況を、覆すための、何か、ほんの小さな糸口でもないかと。
そして、考える。
もし、ジュリアンの計画が、すべて、間に合わなかったら。
その時、私は、この指輪と共に、何をすべきなのかを。

その夜、私たちの隠れ家に、一人の男が、闇に紛れて現れた。
若手官僚の、エリアスだ。
彼は、衛兵たちの目をかいくぐるため、汚れた旅人のふりをしていた。

「殿下、ご無事で」

「エリアスか。よく、ここまで来れたな」

「下水道を使いましたので。……さて、悪い知らせと、少しだけ、面白い知らせがあります」

エリアスは、息を整えながら、報告を始めた。
悪い知らせは、予想通り、帝都の封鎖が、日に日に厳しくなっていること。
オルダスは、「ギルド襲撃犯」の捜索を口実に、ジュリアン派の人間を、次々と、不当に拘束しているという。

「ですが」と、彼は続けた。

「面白い知らせもあります。騎士団総長が、表向きは宰相に従いながらも、抵抗を続けています。先日も、『宮殿内の警備は、近衛騎士団の管轄である』として、宰相の私兵団が、主要な区画へ立ち入ることを、拒否したそうです」

ジュリアンが、ぴくりと眉を動かす。
私たちが植えた、疑いの種が、少しずつ、だが、確実に、芽を出し始めているのだ。

「そして、殿下へ、総長からの、非公式な伝言を預かっております」

エリアスは、声を潜め、私たちに告げた。
それは、あまりにも、謎めいた言葉だった。

『蛇は、自らの巣を守る。だが、その新しい卵は、塒の外にある。盟約の日のパレードは、古い水道橋の側を通る』

「……蛇は、オルダス。巣は、奴の屋敷か」

ジュリアンが、呟く。

「新しい卵……」

私は、はっとした。
エリアスから聞いた、あの報告。
オルダスが、シルフィードの職人に作らせているという、特殊な「檻」。
私を、シルフィードへ運ぶための、あの檻だ。

「オルダスは、あの檻を、自分の屋敷ではない、別の場所に隠している。そして、『盟約の日』のパレードの喧騒に紛れて、それを動かすつもり……」

「その場所が、古い水道橋」

ジュリアンが、私の言葉を引き継いだ。
謎の伝言が、一本の線で繋がる。
騎士団総長は、敵でも味方でもない。
だが、彼は、帝国の秩序を乱す者を許さない。
彼は、私たちに、オルダスの計画の、重要な一部分を、密かに教えてくれたのだ。

私たちの、新しい目標が、決まった。
オルダスが用意した、私を捕えるための檻。
それを、先回りして、破壊する。



その頃、レオンハルトは、宰相オルダスから、新たな指令を受けていた。
盟約の日の、具体的な計画だ。

「よいか、レオンハルト殿。祭りの日、皇太子と、例の書記官は、中央広場に面した、貴賓席に姿を現すだろう」

「はい」

「パレードが、最も盛り上がりを見せる瞬間、君は、群衆の中から、彼女の元へ近づくのだ。例えば、軽い怪我を装うなどして、同情を引くのも良いだろう。そして、彼女を、人目につかない場所へ、連れ出す」

「……」

「目的は、彼女と、二人きりで話すことだ。そして、皇太子がいかに危険な思想を持ち、彼女を利用しているかを、説くのだ。君の誠実な言葉なら、必ずや、姫君の心に届くはず」

オルダスは、あくまで、レオンハルトに「姫を説得する」という、大義名分を与えた。
本当の目的は、彼がセレスティナを連れ出したところを、オルダスの私兵が捕獲することにあるのだが、そんなことはおくびにも出さない。

「……承知いたしました」

レオンハルトは、答えた。
だが、その心には、一抹の、拭いがたい澱が、溜まっていた。
屋根の上で見た、あの白銀の髪。
あれは、本当に、見間違いだったのだろうか。
姫を救うという、この道は、本当に、正しいのだろうか。
しかし、もはや、彼には、この道以外、進むべき道は見えなかった。



「……決まりだな」

隠れ家で、ジュリアンと私は、帝都の地図を睨みつけていた。
古い水道橋の場所と、盟約の日のパレードの経路。
そして、私たちの、絶望的な状況。

「オルダスは、祭りを、私を捕えるための罠にした。ならば」

私は、顔を上げた。
その瞳には、恐怖ではなく、燃えるような、闘志が宿っていた。

「私たちは、その祭りを、彼の計画を破壊するための、戦場に変えるまでです」

私の言葉に、ジュリアンは、不敵な笑みを浮かべた。

「その通りだ。奴の最大の祝祭を、奴の計画の、墓場にしてやろう」

帝都は、檻。
私たちは、籠の中の鳥。
だが、私たちは、ただ、捕食されるのを待つつもりなど、毛頭なかった。
この檻の中で、もがき、牙を剥き、そして、必ず、この大空へ、もう一度、飛び立ってみせる。

盟約の日まで、あと、九日。
運命の歯車は、もう、誰にも、止められない。
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