【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第7話「噂の薬草園と黒い火種」

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学生食堂は、昼下がりの穏やかな光に満ちていた。

「んー、美味しい!
このプリン、卵の味が濃くて最高だね!」

アレンは、大きなプリンを幸せそうに頬張り、スプーンを持つ手が止まらない。

その向かいの席で、リナリアは一杯のハーブティーを飲みながら、深いため息をついた。

(本当に、心臓に悪いわ……)

つい先ほどまでの、友人の命の危機が嘘のようだ。
リナリアは、アレンのポケットに収まっているであろう、あの黒い石のことを思い出し、再び胃がきりりと痛むのを感じた。

しかし、目の前で無心にプリンを食べるアレンの姿を見ていると、その緊張が少しだけ、本当に少しだけ、ほぐれていく気もした。

(まあ、いっか。
今は、こうして元気でいてくれるだけで……)

そんな二人の知らないところで、学院内には一つの噂が、さざ波のように静かに広まり始めていた。

「ねえ、聞いた?
裏の薬草園の月光草が、一夜にして蘇ったらしいわよ」

「ああ、聞いた聞いた。
なんでも、枯れる寸前だったのが、今じゃ学院で一番生き生きしてるって話だ」

「一体、何があったのかしら?
庭師のゴードンさんは『土が機嫌を取り戻しただけじゃ』って笑うばかりで……」

生徒や教師たちが、首を傾げながらそんな会話を交わしている。
もちろん、その奇跡の立役者が、目の前でプリンに夢中になっている少年だとは、誰も夢にも思っていなかった。



翌日。

アレンとリナリアは、『魔法防具学』の授業を受けていた。
様々な魔法効果を持つ武具や、特殊な素材について学ぶ、専門的な座学だ。

教壇に立つ、恰幅のいい老教師が、黒板に描いた鉱石の絵を指しながら熱弁を振るっている。

「――そして、文献に残る限り、地上で最も硬いとされる魔法金属が、この『アダマンタイト』じゃ。
いかなる魔法も物理攻撃も通さず、これを精錬できる職人は、神代の時代にしか存在しなかったと言われておる」

教室が「おおー」とどよめく。

「まあ、現存するものは皆無に等しいがな。
似たような伝説級の金属では『オリハルコン』なども有名じゃな」

その説明を聞きながら、アレンは自分の席で、こっそりとポケットに手を入れていた。
そして、指先で、ひんやりと重く、滑らかな黒い石の感触を確かめる。

(これと、あだまんたいと?
どっちが硬いのかなあ?)

そんな呑気なことを考えているとは知らず、隣の席のリナリアは冷や汗をかいていた。

(伝説級の金属……。
アレンが生み出した、あの石も、もしかしたら……)

考えれば考えるほど、恐ろしい結論に行き着きそうで、リナリアはそっと首を振った。

授業の後半、老教師は生徒たちの方を向いて言った。

「諸君らも、いずれは自分のスキルや魔力特性に合った素材を見つけ、武具をあつらえる日が来るじゃろう。
例えば、そこにいるヴァイス君。
君の『火炎魔法』ならば、熱伝導率が高く、炎の魔力を増幅させる『炎鋼石(えんこうせき)』などが、最高の相棒となるはずじゃ」

名指しされたゼノンが、得意げに胸を張る。

「はい、先生。
我がヴァイス家に伝わる剣も、高純度の炎鋼石が使われています」

「うむ、さすがは公爵家じゃな」

教師は満足げに頷くと、今度は面白がって、教室の隅に座るアレンに声をかけた。

「では、リンク君。
君のそのユニークな『種』スキルなら、どんな素材と相性が良さそうかね?
やはり、伝説の『世界樹の枝』でも使うかね?
わっはっは!」

教師の冗談に、教室中がどっと笑いに包まれる。

しかし、アレンはいつものように全く気にした様子もなく、真面目な顔で答えた。

「うーん、そうですね。
僕は、木でできたおっきなお椀とか、丈夫なお皿がいいです!
美味しい木の実とか、果物を、いーっぱい乗せられますから!」

シーン……。

教室の笑いが、ピタリと止んだ。
そして、次の瞬間、呆れと憐れみが入り混じった、別の種類の笑いが、くすくすと漏れ始めた。

リナリアは、そっと自分の額を押さえた。



授業が終わり、二人が廊下を歩いていると、その先の曲がり角が、何やら騒がしかった。

数人の上級生と、その中心にいるゼノンが、一人の生徒を壁際に追い詰めて囲んでいる。

囲まれているのは、小柄で気弱そうな、平民の男子生徒だった。

「おい、どうしてくれるんだよ。
僕のこのカバンは、王都の職人に特注させた一級品なんだぞ」

ゼノンが、ねちっこい口調で男子生徒を威圧している。
どうやら、その生徒が廊下を走っていて、ゼノンにぶつかってしまった、というのが事の経緯らしい。

「ご、ごめんなさい……!
わざとじゃ……」

「わざとじゃなくても、ぶつかったのは事実だろうが!」

ゼノンの取り巻きたちも、「そうだそうだ!」「平民のくせに生意気なんだよ!」「土下座して謝れ!」と、好き放題に囃し立てている。

典型的な、貴族による平民へのいじめの構図だった。

男子生徒は恐怖で体がすくみ、青い顔で震えることしかできない。

「またゼノン様は……」

リナリアは小さく呟き、眉をひそめた。
腹は立つが、相手は公爵家のゼノンだ。
下手に割って入れば、自分に火の粉が降りかかってくるかもしれない。

そう思い、リナリアがアレンの袖を引いて、その場をやり過ごそうとした、その時。

アレンが、一人で、その輪の中にずかずかと歩いていくのが見えた。

「え、アレン!?」

リナリアの静止も聞かず、アレンは騒ぎの中心に立つと、きょとんとした顔で言った。

「どうしたの?
みんなで集まって。
何か楽しいことでもしてるの?」

その場にいた全員の視線が、全く空気を読んでいない闖入者(ちんにゅうしゃ)に突き刺さる。

ゼノンは、アレンの顔を見ると、心底うんざりしたという表情で吐き捨てた。

「なんだ貴様は、種クズ。
ここは貴様のような奴が首を突っ込む場所ではない。
さっさと失せろ」

しかし、アレンはゼノンの言葉などまるで聞こえていないかのように、いじめられて震えている男子生徒の前にしゃがみ込んだ。

「大丈夫?
立てる?」

そう言って、にこりと笑い、ごく自然に手を差し伸べる。

その行為は、ゼノンのプライドを、彼のカバンについた(かもしれない)傷よりも、遥かに深く傷つけた。

「貴様……」

ゼノンの顔から、表情が消える。

「僕の言葉が、聞こえなかったのか?」

その声は、氷のように冷たい。
彼の右手に、ゆらり、と赤い魔力の炎が灯り始めた。

廊下の空気が、一瞬にして凍りつく。

一触即発。

リナリアは、青ざめて立ち尽くすことしかできなかった。
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