落ちこぼれギフト【ダメージ反射】は諦めない ~1割返しから始まる異世界冒険譚~

シマセイ

文字の大きさ
98 / 125

第100話 決別、闇からの警告

しおりを挟む
マルコム男爵からの、甘美だが毒を孕んだ誘い。
アルト、ノエル、ゴルドーの三人は、その裏に潜む邪悪な意図を確信し、断固として拒絶する決意を固めていた。
数日後、彼らは再び男爵邸へと足を運び、応接室に通された。
今回、彼らを待っていたのは、男爵本人ではなく、先日と同じく執事のバルトだった。
彼は、作り物めいた完璧な笑みを浮かべ、アルトたちに席を勧めた。

「さて、皆様。先日の男爵様からのご提案、熟慮いただけましたかな?」

バルトは、まるで答えを知っているかのように、余裕のある態度で問いかける。
アルトは、パーティを代表して、静かに、しかしきっぱりと口を開いた。

「お申し出、大変光栄に存じます。ですが、お断りさせていただきます」

その言葉に、バルトの眉がわずかに動いた。

「俺たちは自由な冒険者です。特定の貴族の専属となり、その意のままに動くつもりはありません。ましてや、その…内容も明らかにしていただけない『特別な任務』とやらに、手を貸すことは、我々の信条に反します」

アルトの言葉を引き継ぐように、ゴルドーも重々しく口を開いた。

「そうだ。わしらは、金や地位のために、冒険者としての誇りを捨てるような真似はせん。悪いが、男爵閣下には、他を当たっていただくよう、そうお伝えくだされ」

ノエルは黙って俯いていたが、そのフードの下の瞳は、強い拒絶の光をたたえていた。

三人の明確な拒絶。
それを聞いた瞬間、執事バルトの顔から、完璧なまでに装われていた笑みが、まるで仮面が剥がれ落ちるかのように消え去った。
代わりに現れたのは、冷え切った侮蔑と、隠しきれない怒りの色だった。

「……そうですか。実に、残念ですな」
バルトの声は、先ほどまでの丁寧さが嘘のように、低く、冷たくなっていた。
「マルコム男爵閣下の、寛大なるご厚意を、あなた方のような…『田舎者』が、無下にするとは。……賢明な判断とは、到底言えませんな」

彼はゆっくりと立ち上がり、アルトたちを見下ろすように続けた。

「あなた方、自分が今、誰に逆らっているのか、本当に理解しているのですかな?この王都アステリアで、男爵閣下に逆らって、無事でいられるとでも?」

その言葉は、もはや単なる問いかけではない。
明確な、そして冷酷な脅しだった。
三人は、黙ってその脅しを受け止め、一礼もせずに屋敷を後にした。
背後で、バルトの冷たい視線が突き刺さっているのを感じながら。

一方、その報告を受けたマルコム男爵は、豪華な自室で怒りに打ち震えていた。

「あの、泥付きの田舎者どもめがァッ!この私、マルコム・バーンスタインの、破格の申し出を、断るだと!?身の程をわきまえぬ、愚か者どもめ!」

彼は、手元にあった高価な水晶のグラスを壁に叩きつけ、粉々に砕け散らせた。
そして、すぐに側近を呼びつけ、低い声で命じた。

「……『黒蛇の牙(ブラック・サーペント)』に連絡を入れろ。例の冒険者パーティ…アルトとかいう小僧とその仲間たちに、少しばかり『教育』が必要になった、と伝えろ。奴らに、私に逆らうことの恐ろしさを、骨の髄まで思い知らせてやれ。…ああ、そうだ。単に痛めつけるだけでは、奴らは学ばんかもしれんな。場合によっては……ふふ、生かしておく必要も、ないかもしれんぞ……」

男爵の口元に、獲物を見つけた蛇のような、残酷な笑みが浮かんだ。
王都の暗部が、静かに動き始めた瞬間だった。

それから数日後。
アルトたちの身辺で、明らかに不審な出来事が起こり始めた。
まず、アルトがギルドからの帰り道、普段はあまり使わない、少し人通りの少ない路地を選んで歩いていた時のことだ。
突然、前後から、見るからに柄の悪い、チンピラ風の男たちが5、6人現れ、アルトを取り囲んだ。

「よう、兄ちゃん。最近、ずいぶんと景気がいいらしいじゃねえか、この田舎者が」
リーダー格らしき、顔に傷のある男が、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
「だがな、あんまり調子に乗ってると、痛い目見るぜ?特に、偉いお方に生意気な口を利いたりすると、な」

(……男爵の手先か)
アルトは、すぐに彼らが誰の差し金か察した。
面倒事は避けたいが、ここで弱みを見せるわけにもいかない。

「何の用だ?俺は急いでるんだが」
アルトが冷静に返すと、男たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

「へっ、威勢がいいじゃねえか。少しばかり『挨拶』させてもらうぜ!」

男たちが、一斉に殴りかかってきた。
しかし、彼らの動きは、アルトがこれまでに戦ってきた魔物たち、ましてや武闘大会で対峙した強者たちと比べれば、あまりにも遅く、そして未熟だった。
アルトは、ほとんどその場を動くことなく、最小限の動きで彼らの拳や蹴りを捌いていく。
時には軽くバックラーで打ち据え、時には巧みな足払いで地面に転がす。
あっという間に、チンピラたちは、呻き声を上げて地面に伸びていた。

「……な、なんなんだ、こいつの動きは…!?」
リーダー格の男は、仲間たちが次々と倒されるのを見て、恐怖に顔を引きつらせた。
そして、アルトが自分に向き直ると、捨て台詞を吐いた。

「お、覚えてろよ!これは、ただの始まりにすぎねえからな!黒蛇の牙は、お前を絶対に許さねえ!」

そう叫ぶと、男は仲間たちを置き去りにして、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

直接的な暴力が通用しないと分かると、嫌がらせはより陰湿な形を取るようになった。
ある夜、アルトが下宿屋の自室に戻ると、部屋の窓の鍵が、明らかに外からこじ開けられたような跡が残っていた。
そして、枕元には、一枚の、まるで死を予告するかのような、真っ黒な鳥の羽根が、置かれていた。
背筋が凍るような、無言の脅迫。

斥候役であるノエルも、街中で情報収集をしている際に、常に誰かに後をつけられているような、粘つくような視線を感じるようになったという。
彼女は、持ち前の技術で巧みに追跡を振り切ったが、相手が素人ではない、プロの監視者であることは明らかだった。

さらに、ゴルドーが懇意にしている、頑固親父ボルガンの武器屋「頑鉄工房」にも、嫌がらせがあった。
夜中に、店の扉に腐った野菜や汚物が投げつけられたり、「あの店は呪われている」といった根も葉もない悪評が、市場で流されたりしたという。
ボルガン親方は、「ふん、くだらん嫌がらせをしおって。虫けらどもが騒いどるだけじゃわい。わしは全く気にせんがな」と、ドワーフらしい頑固さで意に介していなかった。
しかし、アルトたちは、自分たちのせいで、関係のない人にまで迷惑がかかっていることに、強い憤りを感じずにはいられなかった。

そして、警告は最終段階へと移行した。
ある夜更け、アルトが下宿屋への道を一人で歩いていると、月明かりも届かない、ひときわ暗い路地の真ん中に、いつの間にか、一人の人影が音もなく立っていた。

全身を、闇に溶け込むような黒い装束で覆い、顔も黒い布で隠されている。
その手には、緑色の、おそらくは強力な毒が塗られているであろう、不気味な光を放つ短剣が二本、逆手に握られていた。
その佇まい、そして放たれる研ぎ澄まされた殺気は、これまでのチンピラたちとは比較にならない。
間違いなく、闇ギルド「黒蛇の牙」から送り込まれた、本格的な刺客だ。

しかし、意外にも、刺客はすぐには襲いかかってこなかった。
ただ、冷たい、一切の感情がこもらない声で、アルトに告げた。

「……聞け、アルト・リフレクト。マルコム男爵は、お前たちの無礼に、大変お怒りだ。これが、最後の警告となるだろう」

刺客の声は、まるで墓場から響いてくるかのようだ。

「身の程をわきまえ、賢明なる判断をすることを期待する。もし、これ以上、男爵閣下のお気持ちを損ねるようなことがあれば……次に我らが相見える時、それは、お前たち全員の、命運が決する時となるだろう」

そう言い終えると、刺客は、まるで影が揺らめくかのように、その場から音もなく姿を消した。
一瞬の出来事だった。
しかし、アルトの額には、びっしょりと冷たい汗が浮かんでいた。
相手は、相当な手練れだ。
気配を完全に消し、これほどの距離に近づくまで、全く気づかせなかった。
もし、今、本気で殺しに来られていたら…?

闇ギルド「黒蛇の牙」からの、明確な、そして殺意のこもった警告。
事態は、もはや単なる貴族とのいざこざではない。
王都の闇組織との、命を賭けた本格的な抗争へと発展する可能性を、色濃くはらんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

修学旅行のはずが突然異世界に!?

中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。 しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。 修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!? 乗客たちはどこへ行ったのか? 主人公は森の中で一人の精霊と出会う。 主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

処理中です...