【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ

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第七話:絶望の淵の閃光、そして夜明けの角笛

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レオンハルト辺境伯が深手を負い、屈強な騎士たちも数の暴力の前に次々と倒れていく。

ミモザ村の簡素な木の柵は無残に破壊され、異形の魔物たちが、飢えた獣のように村内へとなだれ込んできた。

もはやこれまでか。

村人たちの顔に、そしてフィリアの心にも、一瞬、濃い絶望の影がよぎった。

しかし、フィリアは決して諦めなかった。

彼女の青い瞳は、この窮地を打開するための一筋の光を、必死に探し求めていた。

(音……そうだ、特定の音や光は、一部の魔物の方向感覚を狂わせたり、強い不快感を与えたりすると、古い戦術書に記されていた……!)

王宮の書庫で埃をかぶっていた、古代の戦術に関する難解な書物。

退屈しのぎに読みふけっていたその内容が、今、鮮明に彼女の脳裏に蘇った。

フィリアは、懐に忍ばせていた小さな火打金(ひうちがね)と火打石を取り出すと、近くに転がっていた壊れた農具の金属部分を拾い上げた。

そして、オークの群れが、負傷した辺境伯にとどめを刺そうと迫ってきたその瞬間、フィリアは二つの金属を力任せに激しく打ち合わせた!

キィィィィンッ!!

耳をつんざくような甲高い金属音と、瞬間的に散った赤い火花。

それは、人間にとってはただの不快な音と光に過ぎないかもしれない。

しかし、その音と光は、ゴブリンやオークといった特定の種類の魔物の原始的な聴覚と視覚を、強烈に刺激したのだ。

「グギャァァァッ!?」
「ギギッ……!?」

金属音と火花を浴びたオークやゴブリンたちは、まるで熱湯でも浴びせられたかのように頭を抱えて苦しみだし、一部は方向感覚を失って同士討ちを始め、また一部は恐慌状態に陥って逃げ惑い始めた。

その効果は一時的なものだったが、絶体絶命の状況に、ほんのわずかな隙間を生み出した。

「今です!辺境伯様をこちらへ!」

フィリアは、その隙を逃さず、近くにいた若い村の男たち数人に叫んだ。

彼らは、フィリアの鬼気迫る形相と、魔物たちの異様な混乱ぶりに一瞬戸惑いながらも、すぐにその指示に従い、意識を失いかけているレオンハルト辺境伯を担ぎ上げ、村の中央にある石造りの集会所へと運び込んだ。

集会所の内部は、避難してきた女子供や老人たちでごった返していたが、フィリアはマーサに指示し、最も安全と思われる奥の一角に辺境伯を横たえさせた。

彼の左肩の傷は深く、鎧は砕け、夥(おびただ)しい量の血が流れ出ていた。

顔面は蒼白で、呼吸も浅い。

「マーサさん、すぐに綺麗な水と布を!それから、この薬草を石でよく搗(つ)いて、ペースト状にしてください!」

フィリアは、村の女性たちにテキパキと指示を出しながら、自らも懐から非常用の薬草袋を取り出した。

止血効果の高いヤローの葉、鎮痛作用のあるウィローバーク、そして化膿止めのためのタイム。

ミモザ村に来てから、万が一のためにと少しずつ集めていた薬草が、今ここで役立つのだ。

フィリアは、マーサたちが用意した薬草のペーストを、辺境伯の傷口に丁寧に塗り込み、清潔な布で強く圧迫して止血を試みた。

その手際は、まるで熟練の治療師のようだった。

「フィリア……お前さん、一体……」

マーサは、フィリアの冷静沈着な行動と、薬草に関する深い知識に、改めて驚きの目を向けていた。

集会所の外では、残った数人の騎士たちと、フィリアの最初の指示で簡単な武器を手にした村の男たちが、必死の抵抗を続けていた。

フィリアが作り出した魔物たちの混乱は、長くは続かなかったが、それでも防衛線を立て直すための貴重な時間を稼いでくれた。

フィリアは、集会所の小さな窓から外の戦況を注意深く観察し、時折、的確な指示を飛ばした。

「集会所の入り口は狭い!そこにバリケードを築いて、魔物が一度に侵入できないようにするのです!」
「高い場所から、石や熱した油を準備して!魔物の頭上を狙って!」

彼女の冷静で的確な指示は、恐怖と混乱に陥っていた村人たちに、わずかながらも秩序と戦う勇気を与えた。

人々は、フィリアの言葉を信じ、それぞれの持ち場で必死に戦った。

しかし、戦いは夜通し続き、人間側の疲労は限界に近づいていた。

騎士たちは満身創痍で、村の男たちも次々と倒れていく。

魔物の数は、先程の混乱で多少は減ったものの、依然として圧倒的多数であり、その凶暴性は増すばかりだった。

集会所のバリケードも、魔物たちの執拗な攻撃によって、少しずつ破壊され始めている。

「も、もう駄目だ……」

誰かが、絶望の声を漏らした。

フィリアもまた、唇を噛み締め、次の一手を必死に考えていたが、万策尽きたかのように思われた。

まさに、その時だった。

東の空が、わずかに白み始め、夜の闇が後退しようとしていた、その瞬間。

ブオォォォォーーーーーン……!!

遠く、しかし確実に、力強く、そして幾重にも重なる角笛の音が、夜明け前の静寂を破って響き渡ったのだ。

それは、戦場において、味方の救援が到着したことを告げる、希望の音色。

「……救援だ!辺境伯様の救援部隊が到着したんだ!」

集会所の中で、誰かが歓喜の声を上げた。

その角笛の音は、ミモザ村の人々だけでなく、魔物たちにもはっきりと聞こえていた。

あれほど猛り狂っていた魔物たちが、その音を聞いた途端、まるで統率されたかのように動きを止め、そして、まるで潮が引くように、一斉に西の森の奥深くへと退却を始めたのだ。

夜明けの光と、新たな人間の軍勢の気配。

それが、彼らにとってはこれ以上の戦いが不利であると判断させたのかもしれない。

あっという間に、ミモザ村から魔物の姿は消え失せ、後に残されたのは、破壊された家々、倒れた村人たちのうめき声、そして、夜明けの冷たい空気だけだった。

しかし、村は生き残った。

絶望の淵から、辛うじて。

フィリアは、集会所の窓から、遠く東の空に翻る、グリューネヴァルト辺境伯家の獅子の紋章が描かれた軍旗を、確かに見ていた。

彼女の目には、安堵の涙が静かに溢れていた。

そして、その隣では、フィリアの懸命な応急処置によって一命を取り留めたレオンハルト辺境伯が、うっすらと目を開け、何かを呟こうとしていた。
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