奈落の聖女

シマセイ

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第六十七話:銀流都市の喧騒、過去の呼び声

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翠(みどり)の隠れ里で得た、束の間の安らぎと、ローワン様の温かい言葉。

それらを胸に、私は、新たな目的地である「銀流都市(ぎんりゅうとし)」へと、歩みを進めていた。

ローワン様がくれた地図は、簡素ながらも、主要な道筋と、いくつかの目印となる地形を示してくれており、以前の、あてのない旅とは比べ物にならないほど、心強かった。

街道は、翠の隠れ里周辺とは違い、比較的、人の往来があった。

小さな村々をいくつか通り過ぎ、時には、私と同じように、銀流都市を目指す旅人や、行商人の一団と、言葉を交わすこともあった。

もちろん、私は、自分の身の上を詳しく語ることはなかったけれど、彼らから聞く、様々な土地の話や、最近の出来事の噂は、私にとって、貴重な情報源となった。

そして、数日後。

ついに、私は、銀流都市の、巨大な城壁を、目の当たりにした。

水車の町など、比べ物にならないほどの、圧倒的な規模。

高く聳(そび)える城壁、その上には、いくつもの見張り台が見え、そして、中央に堂々と構える、巨大な城門。

そこからは、まるで、蟻の行列のように、多くの人々や、荷馬車が、ひっきりなしに出入りしている。

(……ここが、銀流都市……)

私は、その、都市の持つ、巨大なエネルギーに、圧倒されそうになった。

でも、同時に、胸の高鳴りも感じる。

これほど大きな都市なら、きっと、私が求める何かがあるはずだ。

情報も、仕事も、そして……あるいは。

門をくぐり、都市の中へ入ると、そこは、喧騒と、雑多な匂いと、そして、様々な人々の熱気に満ちていた。

石畳の道、何階建てにもなる高い建物、きらびやかな商店、そして、その影には、薄暗い路地裏。

富と、貧困が、隣り合わせに存在する、大都市の姿が、そこにはあった。

私は、まず、冒険者ギルドを探すことにした。

これだけ大きな都市なら、きっと、立派なギルドがあるはずだ。

そして、そこで、何か、安全に稼げる仕事を見つけなければ。

銀流都市の冒険者ギルドは、中央広場に面した、一際、大きく、そして、重厚な石造りの建物だった。

中に入ると、石楠花の町や、水車の町の連絡所とは、比べ物にならないほどの、広さと、人の多さに、改めて驚かされる。

カウンターも複数あり、多くの冒険者たちが、依頼の受付や、報告に、列を作っていた。

私は、その雰囲気に少し気圧されながらも、なんとか、一番空いているカウンターへ進み、簡単な、都市内での配達依頼を一つ、手に入れた。

報酬は、銅貨十枚。

わずかな金額だけれど、今の私には、ありがたい。

依頼をこなし、わずかな銅貨を手にした後、私は、都市の中を、あてもなく歩き回った。

この都市の空気を、肌で感じたかったのだ。

そして、何か、手がかりになるようなものが、見つからないか、と。

そんな時、ふと、ある一角で、私の足が止まった。

そこには、何人かの、立派な身なりの商人たちが、供回りの者たちを引き連れて、大きな商店へと入っていくところだった。

その商人たちの、一人が身につけていた外套(マント)に、見覚えのある紋章が刺繍されているのに、気づいたのだ。

それは……アストリア王国の、ある有力貴族の紋章。

そして、その貴族は、私の父……つまり、国王の側近であり、カイトの父親とも、親しい間柄だったはず。

(……アストリアの人間が、こんな場所に……?)

胸が、ドクン、と大きく鳴った。

その商人たちが、店の中へ消えていくのを、私は、しばらく、呆然と見送っていた。

彼らが、私のことを知っている可能性は低い。

でも、あの紋章を見ただけで、私の心には、忘れかけていた、いや、忘れようとしていた、憎悪の炎が、再び、燃え上がるのを感じた。

カイト……セレス……。

彼らは、今、アストリアで、のうのうと暮らしているのだろう。

私を、出来損ないだと、追放したことなど、もう、忘れてしまっているのかもしれない。

(……許さない……絶対に……!)

改めて、復讐の誓いを、胸に刻む。

そのためには、力が必要だ。

もっと、もっと、強い力が。

その夜、私は、都市の隅で見つけた、一番安い木賃宿の一室で、アレンさんの本を、食い入るように見つめていた。

特に、あの、山の岩屋で感じた、『聖なる力』の源流に繋がるかもしれない、光の魔法に関する記述を。

そして、私は、本の中に、今まで、見過ごしていた、小さな記述を見つけたのだ。

それは、古代の魔法体系における、「星詠み」や、「異界の門」に関する、断片的な記述だった。

『……星々の配置が、稀なる角度を成す時、世界の境界は、薄らぎ、古の道が、束の間、開かれるという……。
賢者は、その道を読み、時には、異界との交信すら、試みた……』

異界の門……。

私を、この世界へ追いやった、あの門。

もしかしたら……。

元の世界へ、帰る方法が……?

そんな、考えが、初めて、私の頭をよぎった。

復讐を果たした後、私は、どうするのだろう?

この、異世界で、生きていくのか?

それとも……。

まだ、何もわからない。

でも、もし、帰れる可能性があるのなら……。

私は、その記述が書かれたページに、そっと、指で触れた。

胸の奥の『聖なる力』が、その文字と、微かに、共鳴しているような気がした。

(……もっと、知りたい……。
この力のことも、そして、世界の秘密も……)

私は、決意を新たにした。

この銀流都市で、私は、ただ、生き延びるだけじゃない。

力をつけ、情報を集め、そして、いつか、必ず、アストリアへ……。

そのためなら、どんな危険も、厭わない。

私は、窓から見える、銀流都市の、無数の灯りを見つめた。
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