奈落の聖女

シマセイ

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第七十四話:夜明けの銀流、迫る包囲網

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星見の塔での、レイラさんとの出会いと、彼女から託された言葉と品々。

それらは、私の心に、新たな決意と、そして、焦りにも似た使命感を与えていた。

サイラス、そして、彼が属するであろう「闇の眷属(けんぞく)」。

彼らの手が、本格的に私に伸びてくる前に、この銀流都市(ぎんりゅうとし)を脱出しなければならない。

夜明け前の、まだ深い瑠璃(るり)色の空の下、私は、木賃宿を後にした。

懐には、レイラさんから託された、十数枚の銀貨と、古の記録が記されているであろう、数冊の羊皮紙の書物。

そして、胸の奥には、星々の記憶に触れ、より強く、清らかになったと感じる『星光(せいこう)の聖力』。

これが、今の私の、全てだ。

まずは、都市からの脱出。

正面の城門は、おそらく、見張られている可能性が高い。

サイラスの組織が、どれほどの手練れを、この都市に配置しているかわからない。

私は、人通りの少ない裏通りを選びながら、昨日、目星をつけておいた、比較的、警備が手薄に見えた、南門へと向かった。

早朝であれば、農作物や商品を運び出す、多くの荷馬車や人々に紛れて、抜け出せるかもしれない。

南門の近くまで来ると、案の定、いくつかの大きな隊商(キャラバン)が、出発の準備を始めていた。

その中で、一番、規模が大きく、雑多な人々が出入りしている隊商に、私は、そっと、紛れ込もうと試みた。

外套(マント)のフードを目深にかぶり、できるだけ、目立たないように……。

隊商が、ゆっくりと動き出し、城門へと近づいていく。

私の心臓も、それに合わせて、ドクドクと、大きく脈打っていた。

あと、少し……。

あと少しで、この都市から……。

その時だった。

「――見つけたぞ!
あの小娘だ!」

鋭い声が、隊商の喧騒を切り裂いた。

しまった!

見つかった!

声のした方を見ると、数人の、黒っぽい服装をした男たちが、明らかに、私を指差しながら、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。

サイラスの仲間……!

もう、隠れている余裕はない。

私は、隊商の人々が、何事かと驚いて立ち止まるのを横目に、反対方向へと、全力で駆け出した!

「逃がすな!
捕まえろ!」

背後から、男たちの怒声と、複数の足音が、迫ってくる。

銀流都市の、複雑に入り組んだ路地を、私は、ただ、がむしゃらに走った。

どこへ逃げればいいのか、わからない。

でも、捕まるわけにはいかない!

袋小路に追い詰められそうになった瞬間、私は、咄嗟に、幻惑魔法を使った。

自分の姿を、一瞬だけ、路地の角を曲がったように見せかけ、実際には、近くのゴミ箱の影に、素早く身を隠す。

追ってきた男たちは、私の幻影に騙され、勢いよく、角の向こうへと走り去っていった。

(……今のうちに!)

ほんのわずかな時間稼げただけだ。

すぐに、戻ってくるだろう。

私は、息を整える間もなく、再び、走り出した。

でも、どの道も、どこかで、追っ手と鉢合わせしそうで、気が休まらない。

そして、ついに、一つの広場に出たところで、別の方向から来た、二人の男と、正面から、出くわしてしまった。

「……いたぞ!」

彼らは、私を見て、ニヤリと、下品な笑みを浮かべた。

もう、逃げ場はない……!

私は、覚悟を決めて、短剣を抜き放ち、胸の奥の『聖光の聖力』を、刃に集中させる!

金色の光が、薄暗い広場を、一瞬だけ、照らし出す。

「……なんだ、その光は……?」

男たちは、一瞬だけ、怯んだようだった。

でも、すぐに、凶暴な目つきに戻り、私に向かって、左右から、同時に襲いかかってきた!

私は、迫りくる一方の男の攻撃を、革の腕当てで受け止めながら、もう一方の男の、懐(ふところ)へと、光る短剣を突き出す!

「ぐあっ!」

男は、短い悲鳴を上げ、その場に、膝をついた。

聖なる光を纏った刃は、彼の、粗末な革鎧を、貫いたようだった。

傷口からは、黒い煙のようなものが、わずかに立ち上っている。

やはり、この力は、彼らのような、闇の気配を持つ者たちに、有効なのだ!

しかし、もう一人の男が、仲間がやられたのを見て、逆上し、私に、殴りかかってきた。

私は、咄嗟に、シールドを展開するが、彼の、鉄拳のような拳は、あまりにも重く、シールドは、一撃で、粉々に砕け散った!

「しまっ……!」

衝撃で、体勢を崩す。

男の、次の一撃が、私の顔面を捉えようとした、その瞬間。

私は、最後の力を振り絞り、胸の奥の聖なる力を、オーラのように、全身から、爆発させた!

「はああああああっ!」

金色の光の奔流が、私を中心に、周囲へと広がる!

男は、「うおおっ!?」と驚きの声を上げ、その光に弾き飛ばされ、数メートル後方の壁に、叩きつけられた。

「……今のうちに……!」

私は、ふらつく足で、再び、走り出した。

もう、どこをどう走っているのか、わからない。

ただ、この、悪夢のような追跡劇から、逃れたい一心で。

やがて、私は、都市の中でも、特に、建物が密集し、道が迷路のように入り組んだ、貧しい人々が暮らす地区……スラム街のような場所へと、迷い込んでいた。

汚れた洗濯物が干され、異臭が漂い、家々は、今にも崩れそうなほど、古い。

でも、その、ごちゃごちゃとした混沌が、今の私には、むしろ、好都合だった。

追っ手も、この中では、私を見失いやすいはずだ。

私は、一つの、打ち捨てられたような、小さな廃屋を見つけ、そこに、転がり込むようにして、身を隠した。

息が、荒い。

全身が、痛む。

魔力も、聖なる力も、ほとんど、使い果たしてしまった。

でも……生き延びた。

あの、絶望的な状況から、自分の力で。

それは、私にとって、大きな、大きな意味を持っていた。

でも、安心はできない。

サイラスの組織は、想像以上に、手強く、そして、執念深い。

彼らは、必ず、また、私を探し出すだろう。

この銀流都市は、もはや、私にとって、安全な場所ではない。

私は、壁に背中を預け、荒い息を整えながら、次の手を考えなければならなかった。

レイラさんから託された、古の記録。

星の道。

そして、鍵……。

それらを見つけ出す前に、私は、まず、この都市から、本当の意味で、脱出しなければ。

でも、どうやって……?

私の周りを、サイラスの、そして、彼が属する組織の、見えない網が、確実に、狭まってきているのを、感じていた。
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