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第八十二話:狩人の道、荒野の掟
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あの、岩がちの谷間で、数日間、休息を取った私は、再び、西へと続く、未知の荒野へと、足を踏み出していた。
目指すは、はるか遠くに見える、三つ又の山影。
そこが、どんな場所なのか、全くわからない。
でも、今は、そこへ向かうしかないのだ。
荒野の旅は、想像以上に、過酷だった。
でも、以前の私とは、少しだけ、違っていた。
アレンさんの本から得た知識で、食べられる草の根や、わずかな木の実を見つけ出し、飢えを凌ぐ。
夜は、幻惑魔法で、自分の寝床の周りの景色を、巧みに、周囲の風景に溶け込ませ、獣の目から、身を隠した。
何日か、歩き続けた頃だろうか。
私は、一本の、はっきりとした、踏み分け道を見つけた。
それは、ただの獣道ではない。
明らかに、人間が、繰り返し通ったことでできた、狩人の道だ。
(……人が、いる……)
その事実は、私に、安堵と、そして、新たな緊張をもたらした。
人との出会いは、助けになるかもしれない。
でも、それは、同時に、新たな危険の始まりにもなり得るのだから。
私は、道そのものを歩くのは避け、少し離れた場所から、その道を、追うようにして、進んでいくことにした。
自分の姿を、木々や岩陰に隠しながら。
やがて、私の目に、一人の、人影が映った。
狩人だ。
身のこなしから、かなりの手練であることがわかる。
しなやかな、獣の毛皮を纏い、背中には、大きな弓を背負っている。
その動きには、一切の無駄がなく、完全に、この荒野の自然と、一体化しているかのようだった。
驚いたことに、その狩人は、女性だった。
年の頃は、私より、いくつか上だろうか。
厳しく、そして、美しい顔立ち。
その鋭い目は、絶えず、周囲の気配を探っている。
私は、彼女を、フレイヤ、と心の中で名付けた。
北の神話に登場する、戦いの女神の名前だ。
彼女は、何か、獲物の痕跡でも見つけたのだろうか。
身を屈め、地面を、熱心に調べている。
私は、息を殺し、彼女の、その、見事な狩人としての技術を、ただ、見つめていた。
その時だった。
「グルオオオオオオオッ!!」
突如、フレイヤのすぐ近くの岩陰から、巨大な、熊のような魔物が、咆哮と共に、飛び出してきた!
体長は、三メートルを超えるだろうか。
その体は、硬そうな、黒い毛皮で覆われ、口からは、鋭い牙が、何本も覗いている。
不意打ちだった。
フレイヤは、咄嗟に、身を翻(ひるがえ)し、魔物の爪をかわすが、体勢を崩してしまう。
魔物は、その隙を逃さず、再び、彼女に、襲いかかろうとしていた!
(……まずい!)
このままでは、彼女が、やられてしまうかもしれない!
どうする……?
私は、一瞬、迷った。
見捨てて、逃げるか?
それが、一番、安全な選択だろう。
でも……。
私の脳裏に、翠(みどり)の隠れ里の、ローワン様や、エルムズさんたちの、温かい笑顔がよみがえった。
そして、リナさんの、ぶっきらぼうだけど、どこか、優しい横顔も。
私は、この世界に来て、多くの人に、助けられてきた。
今、目の前で、誰かが、命の危機に瀕している。
それを見て、見ぬふりをするのは……。
(……できない!)
迷いは、一瞬だった。
私は、隠れていた岩陰から、飛び出した!
そして、胸の奥の『聖なる力』を、右腕の短剣に、一気に、集中させる!
「はあああああっ!」
金色の光を纏った短剣を握りしめ、私は、魔物の、がら空きになっていた、側面へと、全力で、突進した!
魔物は、私の存在に、まだ気づいていない。
そして、その刃が、魔物の硬い毛皮に覆われた、脇腹へと、深々と突き刺さる!
「グオオオオオオオオッ!?」
魔物は、信じられない、というように、絶叫し、その巨大な体で、私を、薙(な)ぎ払おうとする。
しかし、聖なる光の刃は、その体内で、浄化の力を、爆発させていた。
傷口から、黒い煙が、激しく噴き出す。
魔物の動きが、明らかに、鈍った。
その隙を、フレイヤは見逃さなかった。
彼女は、瞬時に体勢を立て直し、背負っていた大弓を、信じられないほどの速さで、番(つが)える。
そして、放たれた矢は、正確に、魔物の、眉間へと、突き刺さった!
「……グル……ォ……」
魔物は、短い、呻き声を一つ残し、その巨体を、ゆっくりと、地面へと、横たえた。
……静寂。
残されたのは、私と、そして、弓を構えたまま、驚いたように、こちらを見ている、狩人のフレイヤだけ。
彼女の、鋭い視線が、私の手の中の、まだ、淡い金色の光を放っている短剣と、そして、私の顔を、交互に、射抜いていた。
「……お前……」
フレイヤが、低い声で、呟く。
「……一体、何者だ……?
その、光は……」
私は、彼女の問いに、どう答えるべきか、わからなかった。
助けてしまった。
そして、この、特別な力を、見られてしまった。
それは、新たな、危険の始まりを意味するのかもしれない。
でも、後悔はなかった。
私は、自分の意志で、彼女を助けることを、選んだのだから。
私は、短剣の光を、そっと消すと、フレイヤに向き直り、静かに、彼女の言葉を待った。
荒野の、厳しい風が、私たちの間を、吹き抜けていく。
この、予期せぬ出会いが、私の運命を、どこへ、導いていくのだろうか……。
私には、まだ、知る由もなかった。
目指すは、はるか遠くに見える、三つ又の山影。
そこが、どんな場所なのか、全くわからない。
でも、今は、そこへ向かうしかないのだ。
荒野の旅は、想像以上に、過酷だった。
でも、以前の私とは、少しだけ、違っていた。
アレンさんの本から得た知識で、食べられる草の根や、わずかな木の実を見つけ出し、飢えを凌ぐ。
夜は、幻惑魔法で、自分の寝床の周りの景色を、巧みに、周囲の風景に溶け込ませ、獣の目から、身を隠した。
何日か、歩き続けた頃だろうか。
私は、一本の、はっきりとした、踏み分け道を見つけた。
それは、ただの獣道ではない。
明らかに、人間が、繰り返し通ったことでできた、狩人の道だ。
(……人が、いる……)
その事実は、私に、安堵と、そして、新たな緊張をもたらした。
人との出会いは、助けになるかもしれない。
でも、それは、同時に、新たな危険の始まりにもなり得るのだから。
私は、道そのものを歩くのは避け、少し離れた場所から、その道を、追うようにして、進んでいくことにした。
自分の姿を、木々や岩陰に隠しながら。
やがて、私の目に、一人の、人影が映った。
狩人だ。
身のこなしから、かなりの手練であることがわかる。
しなやかな、獣の毛皮を纏い、背中には、大きな弓を背負っている。
その動きには、一切の無駄がなく、完全に、この荒野の自然と、一体化しているかのようだった。
驚いたことに、その狩人は、女性だった。
年の頃は、私より、いくつか上だろうか。
厳しく、そして、美しい顔立ち。
その鋭い目は、絶えず、周囲の気配を探っている。
私は、彼女を、フレイヤ、と心の中で名付けた。
北の神話に登場する、戦いの女神の名前だ。
彼女は、何か、獲物の痕跡でも見つけたのだろうか。
身を屈め、地面を、熱心に調べている。
私は、息を殺し、彼女の、その、見事な狩人としての技術を、ただ、見つめていた。
その時だった。
「グルオオオオオオオッ!!」
突如、フレイヤのすぐ近くの岩陰から、巨大な、熊のような魔物が、咆哮と共に、飛び出してきた!
体長は、三メートルを超えるだろうか。
その体は、硬そうな、黒い毛皮で覆われ、口からは、鋭い牙が、何本も覗いている。
不意打ちだった。
フレイヤは、咄嗟に、身を翻(ひるがえ)し、魔物の爪をかわすが、体勢を崩してしまう。
魔物は、その隙を逃さず、再び、彼女に、襲いかかろうとしていた!
(……まずい!)
このままでは、彼女が、やられてしまうかもしれない!
どうする……?
私は、一瞬、迷った。
見捨てて、逃げるか?
それが、一番、安全な選択だろう。
でも……。
私の脳裏に、翠(みどり)の隠れ里の、ローワン様や、エルムズさんたちの、温かい笑顔がよみがえった。
そして、リナさんの、ぶっきらぼうだけど、どこか、優しい横顔も。
私は、この世界に来て、多くの人に、助けられてきた。
今、目の前で、誰かが、命の危機に瀕している。
それを見て、見ぬふりをするのは……。
(……できない!)
迷いは、一瞬だった。
私は、隠れていた岩陰から、飛び出した!
そして、胸の奥の『聖なる力』を、右腕の短剣に、一気に、集中させる!
「はあああああっ!」
金色の光を纏った短剣を握りしめ、私は、魔物の、がら空きになっていた、側面へと、全力で、突進した!
魔物は、私の存在に、まだ気づいていない。
そして、その刃が、魔物の硬い毛皮に覆われた、脇腹へと、深々と突き刺さる!
「グオオオオオオオオッ!?」
魔物は、信じられない、というように、絶叫し、その巨大な体で、私を、薙(な)ぎ払おうとする。
しかし、聖なる光の刃は、その体内で、浄化の力を、爆発させていた。
傷口から、黒い煙が、激しく噴き出す。
魔物の動きが、明らかに、鈍った。
その隙を、フレイヤは見逃さなかった。
彼女は、瞬時に体勢を立て直し、背負っていた大弓を、信じられないほどの速さで、番(つが)える。
そして、放たれた矢は、正確に、魔物の、眉間へと、突き刺さった!
「……グル……ォ……」
魔物は、短い、呻き声を一つ残し、その巨体を、ゆっくりと、地面へと、横たえた。
……静寂。
残されたのは、私と、そして、弓を構えたまま、驚いたように、こちらを見ている、狩人のフレイヤだけ。
彼女の、鋭い視線が、私の手の中の、まだ、淡い金色の光を放っている短剣と、そして、私の顔を、交互に、射抜いていた。
「……お前……」
フレイヤが、低い声で、呟く。
「……一体、何者だ……?
その、光は……」
私は、彼女の問いに、どう答えるべきか、わからなかった。
助けてしまった。
そして、この、特別な力を、見られてしまった。
それは、新たな、危険の始まりを意味するのかもしれない。
でも、後悔はなかった。
私は、自分の意志で、彼女を助けることを、選んだのだから。
私は、短剣の光を、そっと消すと、フレイヤに向き直り、静かに、彼女の言葉を待った。
荒野の、厳しい風が、私たちの間を、吹き抜けていく。
この、予期せぬ出会いが、私の運命を、どこへ、導いていくのだろうか……。
私には、まだ、知る由もなかった。
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