奈落の聖女

シマセイ

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第八十三話:狩人の誓い、重なる道

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静寂が、荒野に落ちる。

目の前には、巨大な魔物の亡骸と、弓を構えたまま、私を射抜くような目で見つめる、狩人のフレイヤ。

彼女の視線は、私の顔と、そして、まだ淡い金色の光を放っている、私の短剣とを、鋭く往復していた。

「……お前……」

フレイヤの低い声が、乾いた風に乗って、私の耳に届く。

「……一体、何者だ? その光は、ただの魔法じゃない」

彼女の問いは、当然だった。

私も、この力のことを、まだ、ほとんど理解していないのだから。

私は、警戒しながらも、短剣の光を、そっと消した。

そして、正直に、しかし、慎重に、言葉を選ぶ。

「……私にも、わかりません。 ただ、私に、元から備わっていた力……としか」

「備わっていた、だと?」

フレイヤの目が、さらに、鋭くなる。

「そんな、御伽噺(おとぎばなし)のような力を、生まれつき持った人間がいるとでも?」

彼女が、私を疑うのも無理はない。

私自身、信じられないのだから。

私たちが、そうして、互いに警戒し、睨み合っていると、フレイヤは、やがて、ふう、と、長い息を吐いた。

そして、背負っていた弓を、ゆっくりと、下ろす。

「……まあ、いい」

彼女は、意外なほど、あっさりと言った。

「お前が何者だろうと、どこの誰だろうと、今は、関係ない。 一つだけ、確かなことがある」

彼女は、自分が倒した、魔物の亡骸を一瞥し、そして、再び、私を見た。

「……お前は、あたしの命を救った。 あの一撃がなければ、今頃、あたしは、こいつの腹の中だっただろう。 この荒野では、命の貸し借りは、何よりも重い。 ……だから、あたしは、お前に借りがある」

その言葉は、ぶっきらぼうだけれど、彼女の、揺るぎない信念のようなものを感じさせた。

「……借りを返すまで、あたしは、お前から離れない。 それが、あたしの、狩人としての誓いだ。 文句は、あるかい?」

思いがけない、申し出だった。

敵意を向けられても、おかしくない状況だったのに。

私は、しばらく、言葉を失ったが、やがて、小さく、首を横に振った。

「……ありません」

一人で、この過酷な荒野を旅するよりも、この、腕利きの狩人と一緒に行動する方が、ずっと、安全なのは間違いない。

たとえ、それが、ただ、「借りを返すまで」という、期限付きの関係であったとしても。

こうして、私とフレイヤの、奇妙な二人旅が始まった。

私たちは、魔物の亡骸から、売れそうな素材(牙や、毛皮など)を剥ぎ取り、そして、再び、西へと歩き始めた。

道中、私たちは、少しずつ、言葉を交わした。

私は、自分の過去……異世界から来たことや、追放されたことなどは、もちろん、話さなかった。

ただ、「ある、悪意ある組織に、生まれ持った力を狙われ、故郷を追われている」とだけ、伝えた。

すると、フレイヤは、私の話を聞き終えると、驚くべきことを、口にしたのだ。

「……黒い外套(マント)を纏った、連中のことか?」

「え……?」

なぜ、彼女が、それを……?

「……やはり、そうか。 あたしも、奴らを追っている」

フレイヤの表情が、険しくなる。

「奴らは、この辺りでは、『魂狩り(ソウル・イーター)』とか、『蒐集家(コレクター)』とか、呼ばれている。 この土地の、聖なる場所を荒らし、そして、特別な力を持つ、生き物や、人間を、攫(さら)っていく、忌まわしい連中だ」

魂狩り……蒐集家……。

サイラスの組織のことだ!

「あたしの故郷の森も、奴らに荒らされた。 だから、あたしは、奴らを追い、この荒野まで来たのさ」

なんと、いうことだろう。

私を追う者たちと、彼女が追う者たちが、同じだったなんて。

「……あなたは、彼らの目的を、知っているのですか?」

私の問いに、フレイヤは、遠くに見える、あの三つ又の山を、指差した。

「奴らの狙いは、あそこだ。 『眠れる聖山』……古くから、この地に伝わる、特別な場所さ」

眠れる聖山……。

私が、ただの道しるべとして見ていた、あの山が……。

「伝説によれば、あの山には、大いなる力が眠っているという。 そして、その力を解放するための『鍵』が、山のどこかに隠されている、と。 奴らは、その『鍵』を、探しているんだ」

鍵……!

レイラさんが、言っていた言葉と、一致する!

「そして、もう一つ、伝説がある。 その『鍵』を、見つけ出し、そして、使うことができるのは、ただ一人……」

フレイヤは、そこで、言葉を切り、私の目を、じっと見つめた。

「……『星の子』だけだ、と」

星の子……。

レイラさんは、私を、『星の巫女』と呼んだ。

点と点が、繋がり、一つの、恐ろしい線になろうとしている。

サイラスたちは、山の『鍵』を手に入れるために、その『鍵』を扱える可能性のある、私を、探しているのだ。

「……まさか……」

「お前の、あの光の力……。 もしかしたら、あんたが、その『星の子』なのかもしれないな」

フレイヤは、静かに言った。

その言葉は、私の運命に、重い、重い、枷(かせ)を嵌(は)めたかのようだった。

もう、逃げているだけでは、済まされない。

サイラスたちが、山の『鍵』を手に入れてしまえば、一体、何が起こるのか、わからない。

そして、その『鍵』は、もしかしたら、私が、元の世界へ帰るための、『星の道』を開くための、唯一の手がかりなのかもしれない。

私は、フレイヤに向き直った。

「……フレイヤさん。
私も、行きます。
その、眠れる聖山へ」

「……だろうな。
そう言うと思ったよ」

フレイヤは、フッと、初めて、穏やかな笑みを、見せた。

「奴らより先に、『鍵』を見つけ出す。
目的は、同じだ。
……これからは、ただの、貸し借りの関係じゃない。
あんたとあたしは、同じ敵を追う、『仲間』だ。
いいな?」

仲間……。

その言葉が、私の胸に、温かく響いた。

私は、力強く、頷いた。

「はい!」

こうして、私の、孤独な逃避行は、終わりを告げた。

そして、フレイヤという、頼もしい仲間と共に、共通の敵と、そして、自らの運命に立ち向かうための、新たな旅が、始まったのだ。

目指すは、眠れる聖山。

そこに隠された、『鍵』を巡る、サイラスたちとの戦いは、もう、避けられない。

私は、空を見上げた。
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