タクシー運転手さんと

クレイン

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タクシー運転手さんとの出会い

美術館と海

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「ここが美術館です。」
「あっはい、ありがとうございます。」
 タクシーに揺られて美術館に着いた。道中彼女と会話をしたからから興奮も落ち着いている。
「お客さん、もし1人で見て回りたいなら私は時間を潰してますけどどうされます?」
「あっ、えっとあの…できることなら運転手さんと回りたいと思っているんですが、お願いできますか?」
「かしこまりました。ではご一緒させていただきます。」
 シートベルトを外して2人でタクシーを下りた。

「運転手さんの入場料は俺が払いますんで。」
「え?いえ大丈夫ですよ。自分で払いので。」
「美術館には俺から頼んで来てもらってるので、言わばお仕事で来てもらってるので俺が払います。」
「……分かりました。ありがとうございます。」
 カッコつけてしまうが1000円2000円なんて安いものだ。その代わりこの美人な女性と時間を過ごせるんだから。

 入口を通ると、自分より背の高い石膏像に出迎えられた。石膏像と言われて簡単に思い浮かべるような、白人の筋肉ゴリゴリの男性が布を肩にかけて明後日の方向を向いている像だ。持っている布以外は衣服を着ていないので陰部も細かに作り込まれている。
「おお。」
 面食らって彼女をチラッと見てから声を漏らしてしまう。
「大きいですね。」
 石膏像そのものの大きさについて述べたのだろうが、違う意味に聞こえる。自分の勃起した陰部を目の前にして「大きい」と呟く彼女を想像してしまう。こんなことを考えていたら歩けなくなるだろう。
「進みましょうか。」
「はい。」

「運転手さんはここ来たことあるんですか?」
「はい何度かあります。」
「そうなんですね。」
 静かな館内なので声を潜めて言葉を交わす。自然に距離が近くなり緊張してしまう。
 湖畔の絵画、高そうな壺、躍動感のある像、騙し絵、見る角度によって印象が変わる絵画、統一感がないように感じるが退屈せずに歩を進めることができる。
 少し開けた空間に何人かの人が集まっている。目線の先には人間の体くらいの大きさがある絵画。人集りに惹かれるように近付くと絵画には天使が何体か描かれている。
「この絵って有名なんですか。」
 一歩ズレればぶつかるくらいの距離に無数の人がいるので耳元に話しかける。彼女はチラとこちらに目線をくれてから絵画を見る。
「……期間限定で公開してるみたいです。」
 顔をこちらに向けて耳元で囁かれる。彼女の吐息と話すときの振動が耳に伝わってゾワゾワする。
「…あっ、そうなんですね。」
 声を出しそうになったがなんとか耐えて返答した。その場からはすぐに離れたがこれまで以上に彼女の唇が気になってしまう。口紅で赤々と艶めく彼女の唇で吸い付かれたらどうなるだろうか。口紅でベトベトになるまで舐めてもらいたい。
 芸術を感じる場所でなんてことを考えるのだろうか。
 
 芸術は分からない。
 どんな作品を見てもすごいと思うが、目が離せないほどの作品に出会えない。今のところ今日見たものの中で目を奪われて見続けていたいと思ったのは運転手さんの尻だけだ。今も並んで歩く彼女の尻をチラチラと盗み見してしまう。
「運転手さんがこれだと思う作品とかあります?」
「……私は芸術は空きしですが、この先の彫刻エリアはすごいって感じがしますね。」
「そうなんですね。楽しみです。」
 彼女の言う通り、彫刻エリアは他とは一線を画していた。仕切りがあるが手が触れるほどの距離に石像や石膏像が並んでいる。
「すごいですね。」
「はい。どうやったらあんなに滑らかに曲線を出せるのか、見当がつきません。」
 これは人物を表現している像のほとんどに感じることだが、特に女性の像では曲線が見事に彫られている。一際すごい石膏像が正にそんな感じだ。
 長髪の女性が豊満な体を布で包んでいる。顔や足、布からはみ出る太ももや乳房。鋭い刃物で固くて脆い石膏を削ったとは思えない。触れば指が沈むんじゃないかと思うほどに視覚から柔らかさを感じる。
 だが現実は触れれば冷たさと固さを感じるだけだろう。チラッと横を見ると像を見上げる彼女、の胸が見える。尻ばかりに目が行っていたが彼女の胸は巨乳だ。石膏像とは感触が違うことが触れるまでもなく分かるが、是非触ってその柔らかさを確かめてみたいものだ。

 その後も芸術を堪能してから美術館を出てタクシーに乗り込む。
「いいところでしたね。あまり芸術とかに触れることがないので、新鮮な体験でした。」
「楽しんでいただけたのなら幸いです。」
「はい、楽しかったです。…運転手さん、疲れとかないですか、休憩取ります?」
「えっ?いえ大丈夫ですよ。ありがとうございます。いつも走ってるのであまり疲れてもないです。お客さんは大丈夫ですか?」
「はい。疲れたら言ってくださいね。」
「はい。ありがとうございます。……では海に向かおうと思いますが問題ないですか?」
「はい。お願いします。」
「かしこまりました。出発します。」
 外はまだ明るい。

「そろそろ右側に海が見えてきますよ。」
「ホントですか?」
 座る位置を右にズレて右側の景色を見ると確かに海が見えた。波はそこまで立っておらず落ち着いている。
「おお、海を見るのも久しぶりです。」
「あまりマジマジと見る機会ないですよね。」
 水平線を見たのなんていつぶりだろうか。小学生の頃に旅行で来て以来な気がする。子どもの頃は水平線は絶対に届かないくらい、すごく遠いもののように思っていた。水平線を少し追い越せば外国に行けるとか思っていた気がする。
「……水平線って意外と近いんですよね。」
「はい。…確か5キロくらいでしたかね。水面と同じ高さに立っていれば。」
「じゃあ今はもう少し遠くまで見えてるんですね。」
「そうですね。」
 
 そのまま車は走り続け海に隣接する駐車場に停車した。
「少し歩きましょうか。」
「はい。」
 タクシーを下りて2人で浜辺の手前まで歩く。
「……海ですね。」
「はい。海です。」
 少し肌寒くなってきた。あと2時間もしない内に日が暮れるだろう。海は静かに凪いでいて、眺めていると落ち着く。
「砂浜まで行って歩きますか。」
「はい。」
 階段を下りて砂浜に足を付けた。歩く度にコンクリートより足が沈む感覚がある。
「寒くないですか。」
「はい。大丈夫です。」
 歩いている内に少し風が強くなって波が高くなってきた。
「そろそろ戻りますか。」
「はい。」

 なんか運転手さんといても落ち着くいい雰囲気になったけど、もうすぐこの時間は終わる。すごく残念だ。
「今日帰られるんですか?」
「…いえ、今日は朝から動いて疲れたので一泊してから帰ろうかと。」
「……ホテルとかは決めてあるんですか?」
「いえ、適当なビジネスホテルでいいかと思ってます。どこか駅まだ送ってくれれば大丈夫ですよ。」
 今日は一日楽しかった。美味いラーメンを食べて、普段行かない美術館に行って、何年かぶりに海を見て、美人と一日過ごせて、ここ数年の中で最高の日だったかもしれない。
「………良ければホテルまで送りましょうか?」
「…運転手さんのおすすめのホテルってことですか?」
「…えーと、はい。そうですね。」
「ならそこでお願いします。」
「かしこまりました。」
 タクシーが動き出した。

 ほとんど会話のないまま郊外を走って駐車場で停車した。照明に照らされた看板を見ると休憩2時間6000円、ご宿泊11000円、延長1時間2000円の文字。
 着いたホテルはラブホテルだった。

 自分が思っていた以上に水平線は近いのかもしれない。
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