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長編版
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「──だから俺は本物だと言っているだろう!!」
「いいえ。例えあなた様のお体が本物であろうとも悪霊が取り憑いているのは明らかでございます。除霊してから再入場くださいませ!」
籠城出来なくなった私は現在、サロンの柱を盾に悪霊から身を守っている。
回り込んでくるな!!
「アシュレイ、手を貸してくれ! 埒があかん!」
「……逃げるご令嬢の捕縛はご協力致しかねます、殿下」
ティーテーブルの席についたアシュレイ様が頭を下げ、同じくすでに腰掛けているエレシアが眦を吊り上げた。
「リシュフィ、いい加減になさい! 殿下とて阿呆な生き物を愛でるご趣味くらいありますわよ!」
「エレシア嬢。それもちょっと違うと思うよ……?」
「アホな生き物は可愛がられるかもしれないけれど、わたくしをそんな、かわ、か……っ言うわけがない! だってこれよ!? この殿下よ!?」
「………………」
「………………」
「揃って黙り込むんじゃない!!」
二人は同じ動作で殿下から目を逸らした。
ほら見ろ!!
「殿下。リシュフィ嬢からのその信用の無さの原因は、殿下のこれまでの行いの全てでございますよ」
「……分かっているから今は正論はやめてくれ」
殿下は聞きたくないとばかりに頭を激しく振る。そうして困り果てたお顔で手をこちらに伸ばしてきた。
「……ほら。エレシア嬢がタルトを切ってくれたぞ。一緒に食べよう」
「甘いものは控えております。……近付いたところでわたくしに乗り移るおつもりでしょう」
「いい加減悪霊から離れんか!! ……分かった。甘いものが嫌なら、何か飾りものを贈ってやろう。だからさっさとこっちに──」
「それならば間に合っております。近付かないでくださいませ!」
「…………それなら勉強を見てやろう。今日の授業で何かわからぬところなどなかったか……?」
「今日からはエレシアに教えてもらいますから結構です!」
殿下の側に寄るのは断固拒否する。
だって殿下が私をかわ…………っ言うわけない!
「あれって、照れてるだけだよねぇ?」
「言われ慣れておらずに混乱している、とも言いますわ」
アシュレイ様が可笑しげな笑みを、エレシアが呆れた目を私に向けてくる。
ちがーう!!
なんとか二人の元へと逃げようとする私と私に乗り移ろうとする殿下で柱を盾に牽制しあって膠着状態になってしまった。
なにやら打ちひしがれた様子の殿下が、額を押さえる。
そのお顔はまるで苦渋の選択を迫られているようだった。
そして殿下は口を開いた。
「………………以前に言った、酒場に連れて行ってやる、というのはどうだ……?」
酒場?
………………下町の酒場のことか!!
「本当ですか!?」
「これに食いつくのか……」
殿下は嬉しいのか嫌なのか、なんとも複雑そうなお顔でため息をついた。
以前、殿下とアシュレイ様とお茶をしていた時に聞いた話だ。
お二人は時々お忍びで城下に遊びに出ているらしいが、その時に入った酒場の煮込み料理が大変に美味しかったらしい。
牛の内臓を長時間くたくたになるまで煮込んだ料理、と聞いてすぐに分かった。
牛モツ煮込みだ。
「お話を伺ってから食べてみたいとずっと思っておりましたのよ! 本当に本当に連れて行ってくださいますのね!?」
「…………確実にお前の想像しているものとはかけ離れた店だぞ。料理もお前が食べられるとは思えん見た目だが……」
それに関しては問題ない。
前世でろくでなしと結婚した私の安らぎの場は近所のおじさんが一人で切り盛りしている居酒屋だった。
あのお店のモツ煮は本当に美味しかった。この世界には醤油がないから味は違うだろうけど、舌の肥えた殿下やアシュレイ様が美味しいというなら私の舌に合わないことはないだろう。
「問題ありません。約束ですからね!? 嘘をついたらどうしてやりましょう!」
久しぶりの大好物に浮かれて騙された時の罰を考えていると、耳にぽそりと声が届いた。
疑いようもなく目の前の男の声だ。
ただ一言。「可愛いな」と。
またしても顔中に火がついたようになる。
一点に私を見つめる碧玉はなんだか愛おしいものを見るような優しい目をしていて、睨みつけた。
「悪霊退散!!」
「いい加減にしろ、このアホ女!!」
可愛いと言われるのも、優しい目を向けられるのも、この十年の婚約者関係で初めてのことだ。そう簡単に信じられるか!
「お二人とも」
化けの皮を剥がしてやろうと意気込んでいると静かな声が割って入った。
とても静かなのに、なんだか迫力がある。
殿下と二人で口を噤み、声の主を振り返って──二人で同時に悲鳴を飲み込んだ。
「わたくしが淹れたお茶が、冷めます」
エレシアの満点の笑顔の裏にある燃える怒りを本能で悟る。
殿下と二人で即座にテーブルについた。
「……さすがはエレシア嬢。お見事」
アシュレイ様の笑い混じりの称賛を受け流し、エレシアはそれはそれは優雅にポットを傾けた。
「いいえ。例えあなた様のお体が本物であろうとも悪霊が取り憑いているのは明らかでございます。除霊してから再入場くださいませ!」
籠城出来なくなった私は現在、サロンの柱を盾に悪霊から身を守っている。
回り込んでくるな!!
「アシュレイ、手を貸してくれ! 埒があかん!」
「……逃げるご令嬢の捕縛はご協力致しかねます、殿下」
ティーテーブルの席についたアシュレイ様が頭を下げ、同じくすでに腰掛けているエレシアが眦を吊り上げた。
「リシュフィ、いい加減になさい! 殿下とて阿呆な生き物を愛でるご趣味くらいありますわよ!」
「エレシア嬢。それもちょっと違うと思うよ……?」
「アホな生き物は可愛がられるかもしれないけれど、わたくしをそんな、かわ、か……っ言うわけがない! だってこれよ!? この殿下よ!?」
「………………」
「………………」
「揃って黙り込むんじゃない!!」
二人は同じ動作で殿下から目を逸らした。
ほら見ろ!!
「殿下。リシュフィ嬢からのその信用の無さの原因は、殿下のこれまでの行いの全てでございますよ」
「……分かっているから今は正論はやめてくれ」
殿下は聞きたくないとばかりに頭を激しく振る。そうして困り果てたお顔で手をこちらに伸ばしてきた。
「……ほら。エレシア嬢がタルトを切ってくれたぞ。一緒に食べよう」
「甘いものは控えております。……近付いたところでわたくしに乗り移るおつもりでしょう」
「いい加減悪霊から離れんか!! ……分かった。甘いものが嫌なら、何か飾りものを贈ってやろう。だからさっさとこっちに──」
「それならば間に合っております。近付かないでくださいませ!」
「…………それなら勉強を見てやろう。今日の授業で何かわからぬところなどなかったか……?」
「今日からはエレシアに教えてもらいますから結構です!」
殿下の側に寄るのは断固拒否する。
だって殿下が私をかわ…………っ言うわけない!
「あれって、照れてるだけだよねぇ?」
「言われ慣れておらずに混乱している、とも言いますわ」
アシュレイ様が可笑しげな笑みを、エレシアが呆れた目を私に向けてくる。
ちがーう!!
なんとか二人の元へと逃げようとする私と私に乗り移ろうとする殿下で柱を盾に牽制しあって膠着状態になってしまった。
なにやら打ちひしがれた様子の殿下が、額を押さえる。
そのお顔はまるで苦渋の選択を迫られているようだった。
そして殿下は口を開いた。
「………………以前に言った、酒場に連れて行ってやる、というのはどうだ……?」
酒場?
………………下町の酒場のことか!!
「本当ですか!?」
「これに食いつくのか……」
殿下は嬉しいのか嫌なのか、なんとも複雑そうなお顔でため息をついた。
以前、殿下とアシュレイ様とお茶をしていた時に聞いた話だ。
お二人は時々お忍びで城下に遊びに出ているらしいが、その時に入った酒場の煮込み料理が大変に美味しかったらしい。
牛の内臓を長時間くたくたになるまで煮込んだ料理、と聞いてすぐに分かった。
牛モツ煮込みだ。
「お話を伺ってから食べてみたいとずっと思っておりましたのよ! 本当に本当に連れて行ってくださいますのね!?」
「…………確実にお前の想像しているものとはかけ離れた店だぞ。料理もお前が食べられるとは思えん見た目だが……」
それに関しては問題ない。
前世でろくでなしと結婚した私の安らぎの場は近所のおじさんが一人で切り盛りしている居酒屋だった。
あのお店のモツ煮は本当に美味しかった。この世界には醤油がないから味は違うだろうけど、舌の肥えた殿下やアシュレイ様が美味しいというなら私の舌に合わないことはないだろう。
「問題ありません。約束ですからね!? 嘘をついたらどうしてやりましょう!」
久しぶりの大好物に浮かれて騙された時の罰を考えていると、耳にぽそりと声が届いた。
疑いようもなく目の前の男の声だ。
ただ一言。「可愛いな」と。
またしても顔中に火がついたようになる。
一点に私を見つめる碧玉はなんだか愛おしいものを見るような優しい目をしていて、睨みつけた。
「悪霊退散!!」
「いい加減にしろ、このアホ女!!」
可愛いと言われるのも、優しい目を向けられるのも、この十年の婚約者関係で初めてのことだ。そう簡単に信じられるか!
「お二人とも」
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とても静かなのに、なんだか迫力がある。
殿下と二人で口を噤み、声の主を振り返って──二人で同時に悲鳴を飲み込んだ。
「わたくしが淹れたお茶が、冷めます」
エレシアの満点の笑顔の裏にある燃える怒りを本能で悟る。
殿下と二人で即座にテーブルについた。
「……さすがはエレシア嬢。お見事」
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