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長編版

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 不本意なタルトを堪能したところでアシュレイ様が笑い混じりに切り出した。

「あのような料理屋に、本当にリシュフィ嬢をお連れになるおつもりですか?」

「致し方あるまい。……これは当たり前の令嬢のように飾り物では機嫌を直さんのだから」

「アシュレイ様、やめてくださいませ。殿下の気が変わってしまっては困ります。──そうだわ! 約束を破られたら今度こそ婚約を破棄していただきましょう! 約束も守れない方と婚姻など、絶対に出来ませんもの。ね?」

 これはどちらに転んでも私には得しかない見事な罰だ。
 さぁ殿下。どちらを選ばれても良いのですよ~?

「…………必ず連れて行くぞ。良いな、アシュレイ」

「……承知しました」

 二人はなんとも嫌そうなお顔でため息をつく。モツ煮で破棄を逃したか。まぁいいわ。

「念願の牛モツ煮込み、とても楽しみですわ。いつにいたします?」

 手を叩いて尋ねると、恐らくは近日の予定を思い出しているのだろう殿下が宙を見上げたところで、エレシアが割って入ってきた。

「リシュフィ様が仰っているギュウモツニコミ、とはなんですの? 聞いたことがありませんけれど」

 エレシアはほんの少し眉を顰めている。

 そういえば牛や豚の内臓は上流階級ではほとんど食べられないものだった。本来であれば捨てられるはずの内臓を食べるのは庶民階級の方達だけらしい。
 なるほど。だから殿下は躊躇なされていたのか。元庶民の私には関係ないけど……。

「牛の内臓を香辛料で煮込んだ料理だよ。エレシア嬢も一緒に来る?」

 アシュレイ様が説明すると、案の定エレシアは顔色を変えた。──真っ青に。

「な、な、内臓を……食べますの……?」

「内臓と言うと確かに抵抗があるかもしれないけれど、ソーセージだって腸詰めでしょう? きっと美味しいわよ。エレシアも一緒に行きません?」

「とんでもない!」

 残念なことに、エレシアは綺麗な巻き髪が暴れるほど思い切り首を横に振った。

「内臓の煮込みなど……淑女の食すものではありません! それに下町の酒場で供されるそうですが、そのような場所に足を運ぶなど王太子殿下の婚約者としての自覚が足りませんわよ。妙な者に絡まれでもしたらどうしますの。絶対に許しません!」

「心配しなくても殿下とアシュレイ様がご一緒してくださるのだから安全よ。殿下は剣がお得意でいらっしゃるし」

 アシュレイ様も大会に参加してはいなかったが幼い頃から殿下と共に剣を習っていたし、それに仮にも王太子殿下なのだから護衛の方がこっそりとついてきてくれるはずだ。

 エレシアを説得していると殿下が顔を手で覆っていた。……どうしたのかしら。

「確かに殿下は剣術がご堪能でいらっしゃるけれど……わたくしは──」

「それならエレシア嬢は僕とカフェにでも行かない? ケーキが美味しいって女性に人気のカフェがあるんだって」

「…………お誘いはとても嬉しいのですが、お断り申し上げます。学園のパティシエの作るスイーツで十分ですもの」

 エレシアは寄せていた眉を更に寄せて、アシュレイ様の誘いを断ってしまった。

 アシュレイ様は「そっか~」と明るく言い、微塵も残念そうではない笑顔をエレシアから私へと移した。

「エレシア嬢は来ないらしいから、三人で出掛けましょうか。リシュフィ嬢」

「──えっ?」

 あっさりと視線を外したアシュレイ様にエレシアの口から困惑の声が漏れる。
 アシュレイ様はそれに気付かない振りをして「三人でのお出かけなんて久しぶりですねぇ」と笑顔で続けた。

 悪戯っ子のようなこの笑顔には、ピンと来るものがある。
 了解を伝えるためにニヤリと笑って手を打った。

「ええ、残念だけれど仕方ありませんわねぇ。三人で、お出掛けするといたしましょう」

「え? え?」

 三人で、を強調すると、アシュレイ様もニヤリと笑い、エレシアは私達の顔に交互に目を向けて狼狽えている。

「そうですねぇ。三人で、美味しい煮込み料理を食べに行きましょう。料理について来たパンやスープもなかなかに美味でしたから楽しみにしていてくださいね」

「まぁ、それは楽しみですわ! 御二方が勧めてくださるものに間違いはありませんものね」

「ちょ、ちょっとお二人とも。わたくしは──」

「とても美味しかったのに残念ですが、エレシア嬢はお留守番ですねぇ」

「仕方ありませんわ。無理強いすることは出来ませんもの。エレシアはお留守番ということで、三人で、出掛けるといたしましょう」

 アシュレイ様と二人でニヤニヤを隠して、わざと大袈裟に残念がって見せる。

 そうして横目で残る一人にちらりと目を向けるのは、いつもの流れだった。

 ニヤける口元を手で隠した殿下は、こほんと一つ咳払いをした。私達からのトスをお分かりいただけたらしい。

「あー、せっかくだ。エレシア嬢も来ないか。決して危ないことにはならないと約束するから」


 ──私達は高すぎる身分もあって、特別親しく付き合えるのは幼い頃からお互いだけだった。

 そして、決して短くはない付き合いの中で、これはもはやいつもの流れというやつなのだ。


 殿下とアシュレイ様が楽しい遊びを見つけて来る。
 好奇心旺盛な私がその話を聞いて羨ましがり、真面目なエレシアが反対する。
 そして私とアシュレイ様の小芝居ののちに殿下の鶴の一声があって、エレシアの──。


「殿下からのお誘いでしたらお断りするわけには参りませんわね! わたくしもお供いたしましょう!」

 実は寂しがり屋のエレシアに気付かれないよう三人で笑いを噛み殺す。

 うん。いつもの流れだ。



 数日後、という約束の日はあっという間に訪れて。

 当日、エレシアと二人でお忍び姿に変身するために、車に乗り込む広場から近い私のサロンに集まった。

 私が用意した肩を出す白いリネンのブラウスと裾に刺繍の施されたスカートに革のコルセットで腰の細さを強調したこの服装は、平民の若い女性の一般的な装いでお忍びにはぴったりだ。
 私がネイビー、エレシアにワインレッドのスカートを用意したが、その布地の薄さにエレシアは絶望的な表情をしていた。

「ドレスなら肩くらいいつも出しているでしょう?」

「そうですけれど、このような薄着で殿方の前に出るなんて……」

 たしかにこの服装はドレスと違い、ブラウスやスカートの下は下着一枚しか着用しない。王立学園の制服も同様ではあるが、それと比べて布地が薄く、リネンなど着たことのないエレシアには心許無く感じるのだろう。
 私にとってはドレスよりも馴染みのある服なんだけどね。

「車に乗るまではマントで隠してしまいましょう。街に出たら没収ね」

 殿下に行くと伝えてしまった手前、今更行かないとはエレシアには言えないらしい。絶望的な顔をそのままに、諦めてブラウスに袖を通した。

 髪も艶を消して平民風にざっくりと纏めてしまうと、マントのフードを深く被る。
 準備を整えて、殿下とアシュレイ様がすでに待っているはずの車へと急ぎ足で向かった。
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