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長編版
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「……リシュフィ様が違うと仰っただけじゃないですか」
殿下からの追及にも、アンリエッタ嬢はめげずに言い返した。
「手紙の字だってノートのものと同じでしたし、署名だってあります」
「俺が聞いているのは、なぜ俺に渡した手紙と同じものをお前が持っていたかだ!」
苛立つ殿下が声を荒げる。
確かに、同じ手紙が二通あるなんて、おかしい。しかもそれは私が書いたものではない手紙──それもその内容は婚約者のいる令嬢が書いたことが事実であれば未婚の身に計り知れない傷を付けることになるものだ。そもそもこんなものがどうして存在するのかすら、分からない。
「……二通入っていたんです。書き損じたのかもしれませんね」
しかしどれほど殿下が追求しようとも、アンリエッタ嬢は私が書いたものと言い張るつもりらしい。隣に立っていても分かるほど殿下の苛立ちは増し、再度殿下が口を開いた時、呑気な声が割って入ってきた。
「殿下が受け取られた手紙とやらは、こちらのことでしょうか」
いつもの笑みを称えたアシュレイ様の手元には、写真立てのような額に細かく千切られた紙片を並べた──手紙がある。
「それは……」
「殿下の私室から拝借しました。わたくしと……アシュレイ様で。処罰は如何様にも受け入れます」
丁寧に頭を下げたエレシアにアシュレイ様が「言わなくていいのに」と呆れ口調で呟く。しかし殿下の意識はアシュレイ様の手元に取られているようだった。
「やはり書き損じなどなく、全く同じもののようだな。これについてどう説明する」
「……知りません。私はリシュフィ様のノートを拾っただけなので」
「このっ……お前以外に誰の仕業だというのだ!」
舌打ちしそうなほど顔を歪めたアンリエッタ嬢の言葉に殿下が詰め寄ろうとする中「ところで……」と、これまたわざとらしい呑気な声が遮った。
「リシュフィ嬢のノートを拝見しましたが、随分変わったものをお使いなんですね」
「変わったもの……ですか?」
その抽象的な質問に、つい質問で返してしまう。
「ええ。さすがはレストリド家のご令嬢であると感服いたしましたよ」
「一体、なんのことを仰られているのか……」
さっぱりわからなくて再度アシュレイ様に問いかければ、いつもの優しい笑みが怪しく深められたように感じた。
「インクですよ。見事な、藍色のインクをお使いなんですね。失礼ながら存じ上げませんでした。公爵閣下からの贈り物ですか?」
言われて思い当たり、思わず手を打った。
「ああ。ええ、そうです。入学当時から父が定期的に送ってくるもので。わたくしの瞳と同じ色だから、と」
父は自らと同じ色をした私の瞳をたいそう気に入っていて、事あるごとに藍色のものを送り付けてくるのだ。インクもなくなる前に次のものが届くのだから、さすがは陛下のお側に仕える父はそつがないなと感心していた。
「それでは、黒いインクはお使いになっていないのですか?」
「はい。そもそも黒いインクは持っておりませんわ。ずっと藍色の物が届きますから」
私の答えにアシュレイ様は「そうですか」と繰り返し、満足げに頷いている。そしてその笑みを保ったまま、殿下へと振り返った。
「だそうですので、これはリシュフィ嬢が書いたものではありませんね」
私達が話す間呆然とこちらを見つめていた殿下は、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「……お前は、藍色のインクを使っていたのか。入学してから、ずっと?」
はい、と答える前にまたしても声が割って入った。
「……まさか殿下はリシュフィ嬢からお手紙をいただいたことがないのですか……?」
その言葉の端には『婚約者なのに?』という言葉が付け加えられているように聞こえた。
「俺は、ということはまさかお前はもらったことがあるのか!?」
「ございませんよ。僕は婚約者ではありませんので」
そういえば、大人になってからは一度も書いて差し上げていない……。
打ちひしがれる殿下に、今度お手紙を出して差し上げようと密かに心に誓った。今度はちゃんと、私の言葉でラブレターを。
遠巻きに騒動を見つめていた方々の間にも、やはり私が書いた手紙ではないのだという安堵の空気が流れているようだ。
そっと息を吐く。やっと肩から力が抜けるような思いだった。
そんな安堵の空気を甲高い叫び声が切り裂いた。
「そんなの、匿名にするためにその手紙の時だけ黒いインクを使ったのかもしれないじゃない!」
「最後に署名してあるのに? 矛盾しているな。それならリシュフィ嬢が書いたものではないと判断した方が的確だと思うけど」
すかさず言い返したのはアシュレイ様だ。アンリエッタ嬢へと向ける視線の冷たさは先ほど手紙を掲げた時と同じものだった。どうやらこの方は私にではなく、アンリエッタ嬢に憤っていらっしゃったらしい。
なおも私が書いたものだと言い張るアンリエッタ嬢に、黒い巻き髪を靡かせたエレシアが右手を振り上げた。
パシンという、破裂音がした。
「──いい加減になさい。見苦しい。リシュフィ様は書いていないと仰っておられて、あなたはリシュフィ様が書いたものだと言い張っている。こちらはリシュフィ様ではないという証拠をお見せしましたわよ。次はあなたの番でしょう。リシュフィ様が書いたものであるとわたくし達を納得させられるだけの証拠を提示なさいな。……もちろん、出来るのでしょうね?」
頬を押さえたアンリエッタ嬢がエレシアを睨む。臆さず睨み返したエレシアが詰問の口調で続けた。
「出来ないかしら。もしかしてあなたはこれが初めから偽造されたものであると知っていたのではないの? ……例えば誰が造ったのか知っている、とか」
「……私が書いたって言いたいの」
答えたのはアシュレイ様だ。
「さぁ? 誰が偽造したものかなんてまだ調べる必要はないだろう。必要なのは、殿下にリシュフィ嬢が書いたものではないと信じていただけることだったのだから。犯人捜しをする必要はない。まだ、今のところは、だけど」
そこで言葉を切り、アシュレイ様の目が可笑しそうに殿下へと向いた。
「もっとも、リシュフィ嬢の言葉だけで良かったようですから、いらない苦労でしたけどね」
人前だというのに殿下は一瞬も待たずに頭を下げられた。
「お前と、エレシア嬢のお陰で目が覚めた。苦労をかけてすまなかったな」
「まったくです、と言いたいところですが、僕は貴方様から頂いたお言葉に助けていただきましたから。次は僕の番ですよ、殿下」
殿下は首を傾げて何のことかと問い返した。そんな殿下に、アシュレイ様は声を上げて笑っている。
お二人が和やかに言葉を交わす中、私は、アシュレイ様とエレシアの言葉で分かってしまった。
二人は手紙がアンリエッタ嬢が偽造したものなのだと確信している。そして、それはきっと──事実だ。
どうやら私はアンリエッタ嬢に──側妃となる少女に嵌められそうになっていたらしい。正妃となるはずだった私が、だ。
「アンリエッタさん」
憎々し気にアシュレイ様やエレシアを睨んでいた少女の名前を呼んだ。
騒いでいた方達の目が私に集中するのが分かるが、ちょうどいい。
「あなたがわたくしを邪魔だと思うことは、致し方ないことだわ」
目の上のたんこぶというやつだ。
しかし私は、殿下の婚約者となってから、母に教えられてきた。
「けれど、殿下にはわたくしという婚約者がいて、あなたの身分からいっても正妃となるのは難しいでしょうね。だからこそあなたはわたくしと親しくしなければならないのよ」
母の教え。それは、正妃と側妃は争ってはいけないというものだった。
殿下も王家の殿方だから、将来愛する女性を側室に入れるかもしれない。政治的な理由により他国の姫君を一時そばに置くかもしれない。そのことに、妬心を抱いてはいけませんよと教えられてきた。
「だからわたくしはあのお茶会の日、あなたと親しくするよう努力したわ」
胃がひっくり返りそうになりながらも耐えた。それはすべて、殿下のためだ。
「なのにあなたは、わたくしの名を用いて、殿下を謀ったのね」
殿下のそばにいる私を陥れるために。ひいては殿下の側を独り占めするために。
隣で静かに私を見つめていた殿下に向き直った。
「殿下。わたくしもアシュレイ様と同じことをお尋ねします。わたくしは、あなた様のなんでしょうか」
殿下は少しも躊躇わなかった。
「お前は、俺の妃だ」
真摯な眼差しに笑みを返す。ならこれは、私が収めなければいけない騒動だ。
「アンリエッタ。正妃であるわたくしを陥れようとし、殿下を謀ったあなたを側妃として認めるわけにはまいりません。どれほど殿下に望まれていようと、わたくしは決して認めません」
側妃を迎えるのには正妃の許可がいる。強行することはもちろんできるけど、そうすれば殿下はレストリド公爵家からの、つまりは私の父の心証を悪くするだろう。
殿下と仲違いはしたくなかったが、こんな非常識な子を殿下の側に置くわけにはいかな──。
決意する私の眼前に大きな手のひらがかざされた。
まるで『ちょっとまて』のように。
「お前は……何を言っているのだ……?」
手の主が恐る恐ると言った様子で問いかけてきた。
緊張していた体から力が抜けて、思わず首を傾げてしまう。
「何をとは……このような騒動を起こす方を殿下の側妃にするわけにはいかないと話していたのですが……?」
「っだからそれは根も葉もない噂に過ぎないと言っただろう!!」
え?
「……言われましたかしら……?」
記憶を遡るも、思い出せない。確かに噂があるという話は聞いたけど……。傾げた首の傾きが大きくなっていく私に、殿下はすがるようにご友人へと目を向けた。
アシュレイ様も記憶を探るように視線を斜め上へと向けて──「伝えられておりませんね。確かに」と頷いた。
「……可愛い女だと言ったではないか!」
「ええ、ですから……可愛い方ではないですか」
アンリエッタさんを指して言う。見た目だけなら彼女はとても可愛い少女だが、殿下は私の肩を掴んで言い募ってきた。
「どこがだ! 不気味でしかないわ!! まさか今までずっと疑っておったのか!?」
「はぁ……申し訳ございません」
どうして私が怒られているのかわからないが、一つ、心の中に沸いた期待という名の疑問を投げかけた。
「では、殿下は側妃をお迎えにならないのですか……?」
「──当たり前だ!! 側妃などいらん! 俺が愛しているのはリシュフィだけだ!!」
殿下からの追及にも、アンリエッタ嬢はめげずに言い返した。
「手紙の字だってノートのものと同じでしたし、署名だってあります」
「俺が聞いているのは、なぜ俺に渡した手紙と同じものをお前が持っていたかだ!」
苛立つ殿下が声を荒げる。
確かに、同じ手紙が二通あるなんて、おかしい。しかもそれは私が書いたものではない手紙──それもその内容は婚約者のいる令嬢が書いたことが事実であれば未婚の身に計り知れない傷を付けることになるものだ。そもそもこんなものがどうして存在するのかすら、分からない。
「……二通入っていたんです。書き損じたのかもしれませんね」
しかしどれほど殿下が追求しようとも、アンリエッタ嬢は私が書いたものと言い張るつもりらしい。隣に立っていても分かるほど殿下の苛立ちは増し、再度殿下が口を開いた時、呑気な声が割って入ってきた。
「殿下が受け取られた手紙とやらは、こちらのことでしょうか」
いつもの笑みを称えたアシュレイ様の手元には、写真立てのような額に細かく千切られた紙片を並べた──手紙がある。
「それは……」
「殿下の私室から拝借しました。わたくしと……アシュレイ様で。処罰は如何様にも受け入れます」
丁寧に頭を下げたエレシアにアシュレイ様が「言わなくていいのに」と呆れ口調で呟く。しかし殿下の意識はアシュレイ様の手元に取られているようだった。
「やはり書き損じなどなく、全く同じもののようだな。これについてどう説明する」
「……知りません。私はリシュフィ様のノートを拾っただけなので」
「このっ……お前以外に誰の仕業だというのだ!」
舌打ちしそうなほど顔を歪めたアンリエッタ嬢の言葉に殿下が詰め寄ろうとする中「ところで……」と、これまたわざとらしい呑気な声が遮った。
「リシュフィ嬢のノートを拝見しましたが、随分変わったものをお使いなんですね」
「変わったもの……ですか?」
その抽象的な質問に、つい質問で返してしまう。
「ええ。さすがはレストリド家のご令嬢であると感服いたしましたよ」
「一体、なんのことを仰られているのか……」
さっぱりわからなくて再度アシュレイ様に問いかければ、いつもの優しい笑みが怪しく深められたように感じた。
「インクですよ。見事な、藍色のインクをお使いなんですね。失礼ながら存じ上げませんでした。公爵閣下からの贈り物ですか?」
言われて思い当たり、思わず手を打った。
「ああ。ええ、そうです。入学当時から父が定期的に送ってくるもので。わたくしの瞳と同じ色だから、と」
父は自らと同じ色をした私の瞳をたいそう気に入っていて、事あるごとに藍色のものを送り付けてくるのだ。インクもなくなる前に次のものが届くのだから、さすがは陛下のお側に仕える父はそつがないなと感心していた。
「それでは、黒いインクはお使いになっていないのですか?」
「はい。そもそも黒いインクは持っておりませんわ。ずっと藍色の物が届きますから」
私の答えにアシュレイ様は「そうですか」と繰り返し、満足げに頷いている。そしてその笑みを保ったまま、殿下へと振り返った。
「だそうですので、これはリシュフィ嬢が書いたものではありませんね」
私達が話す間呆然とこちらを見つめていた殿下は、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「……お前は、藍色のインクを使っていたのか。入学してから、ずっと?」
はい、と答える前にまたしても声が割って入った。
「……まさか殿下はリシュフィ嬢からお手紙をいただいたことがないのですか……?」
その言葉の端には『婚約者なのに?』という言葉が付け加えられているように聞こえた。
「俺は、ということはまさかお前はもらったことがあるのか!?」
「ございませんよ。僕は婚約者ではありませんので」
そういえば、大人になってからは一度も書いて差し上げていない……。
打ちひしがれる殿下に、今度お手紙を出して差し上げようと密かに心に誓った。今度はちゃんと、私の言葉でラブレターを。
遠巻きに騒動を見つめていた方々の間にも、やはり私が書いた手紙ではないのだという安堵の空気が流れているようだ。
そっと息を吐く。やっと肩から力が抜けるような思いだった。
そんな安堵の空気を甲高い叫び声が切り裂いた。
「そんなの、匿名にするためにその手紙の時だけ黒いインクを使ったのかもしれないじゃない!」
「最後に署名してあるのに? 矛盾しているな。それならリシュフィ嬢が書いたものではないと判断した方が的確だと思うけど」
すかさず言い返したのはアシュレイ様だ。アンリエッタ嬢へと向ける視線の冷たさは先ほど手紙を掲げた時と同じものだった。どうやらこの方は私にではなく、アンリエッタ嬢に憤っていらっしゃったらしい。
なおも私が書いたものだと言い張るアンリエッタ嬢に、黒い巻き髪を靡かせたエレシアが右手を振り上げた。
パシンという、破裂音がした。
「──いい加減になさい。見苦しい。リシュフィ様は書いていないと仰っておられて、あなたはリシュフィ様が書いたものだと言い張っている。こちらはリシュフィ様ではないという証拠をお見せしましたわよ。次はあなたの番でしょう。リシュフィ様が書いたものであるとわたくし達を納得させられるだけの証拠を提示なさいな。……もちろん、出来るのでしょうね?」
頬を押さえたアンリエッタ嬢がエレシアを睨む。臆さず睨み返したエレシアが詰問の口調で続けた。
「出来ないかしら。もしかしてあなたはこれが初めから偽造されたものであると知っていたのではないの? ……例えば誰が造ったのか知っている、とか」
「……私が書いたって言いたいの」
答えたのはアシュレイ様だ。
「さぁ? 誰が偽造したものかなんてまだ調べる必要はないだろう。必要なのは、殿下にリシュフィ嬢が書いたものではないと信じていただけることだったのだから。犯人捜しをする必要はない。まだ、今のところは、だけど」
そこで言葉を切り、アシュレイ様の目が可笑しそうに殿下へと向いた。
「もっとも、リシュフィ嬢の言葉だけで良かったようですから、いらない苦労でしたけどね」
人前だというのに殿下は一瞬も待たずに頭を下げられた。
「お前と、エレシア嬢のお陰で目が覚めた。苦労をかけてすまなかったな」
「まったくです、と言いたいところですが、僕は貴方様から頂いたお言葉に助けていただきましたから。次は僕の番ですよ、殿下」
殿下は首を傾げて何のことかと問い返した。そんな殿下に、アシュレイ様は声を上げて笑っている。
お二人が和やかに言葉を交わす中、私は、アシュレイ様とエレシアの言葉で分かってしまった。
二人は手紙がアンリエッタ嬢が偽造したものなのだと確信している。そして、それはきっと──事実だ。
どうやら私はアンリエッタ嬢に──側妃となる少女に嵌められそうになっていたらしい。正妃となるはずだった私が、だ。
「アンリエッタさん」
憎々し気にアシュレイ様やエレシアを睨んでいた少女の名前を呼んだ。
騒いでいた方達の目が私に集中するのが分かるが、ちょうどいい。
「あなたがわたくしを邪魔だと思うことは、致し方ないことだわ」
目の上のたんこぶというやつだ。
しかし私は、殿下の婚約者となってから、母に教えられてきた。
「けれど、殿下にはわたくしという婚約者がいて、あなたの身分からいっても正妃となるのは難しいでしょうね。だからこそあなたはわたくしと親しくしなければならないのよ」
母の教え。それは、正妃と側妃は争ってはいけないというものだった。
殿下も王家の殿方だから、将来愛する女性を側室に入れるかもしれない。政治的な理由により他国の姫君を一時そばに置くかもしれない。そのことに、妬心を抱いてはいけませんよと教えられてきた。
「だからわたくしはあのお茶会の日、あなたと親しくするよう努力したわ」
胃がひっくり返りそうになりながらも耐えた。それはすべて、殿下のためだ。
「なのにあなたは、わたくしの名を用いて、殿下を謀ったのね」
殿下のそばにいる私を陥れるために。ひいては殿下の側を独り占めするために。
隣で静かに私を見つめていた殿下に向き直った。
「殿下。わたくしもアシュレイ様と同じことをお尋ねします。わたくしは、あなた様のなんでしょうか」
殿下は少しも躊躇わなかった。
「お前は、俺の妃だ」
真摯な眼差しに笑みを返す。ならこれは、私が収めなければいけない騒動だ。
「アンリエッタ。正妃であるわたくしを陥れようとし、殿下を謀ったあなたを側妃として認めるわけにはまいりません。どれほど殿下に望まれていようと、わたくしは決して認めません」
側妃を迎えるのには正妃の許可がいる。強行することはもちろんできるけど、そうすれば殿下はレストリド公爵家からの、つまりは私の父の心証を悪くするだろう。
殿下と仲違いはしたくなかったが、こんな非常識な子を殿下の側に置くわけにはいかな──。
決意する私の眼前に大きな手のひらがかざされた。
まるで『ちょっとまて』のように。
「お前は……何を言っているのだ……?」
手の主が恐る恐ると言った様子で問いかけてきた。
緊張していた体から力が抜けて、思わず首を傾げてしまう。
「何をとは……このような騒動を起こす方を殿下の側妃にするわけにはいかないと話していたのですが……?」
「っだからそれは根も葉もない噂に過ぎないと言っただろう!!」
え?
「……言われましたかしら……?」
記憶を遡るも、思い出せない。確かに噂があるという話は聞いたけど……。傾げた首の傾きが大きくなっていく私に、殿下はすがるようにご友人へと目を向けた。
アシュレイ様も記憶を探るように視線を斜め上へと向けて──「伝えられておりませんね。確かに」と頷いた。
「……可愛い女だと言ったではないか!」
「ええ、ですから……可愛い方ではないですか」
アンリエッタさんを指して言う。見た目だけなら彼女はとても可愛い少女だが、殿下は私の肩を掴んで言い募ってきた。
「どこがだ! 不気味でしかないわ!! まさか今までずっと疑っておったのか!?」
「はぁ……申し訳ございません」
どうして私が怒られているのかわからないが、一つ、心の中に沸いた期待という名の疑問を投げかけた。
「では、殿下は側妃をお迎えにならないのですか……?」
「──当たり前だ!! 側妃などいらん! 俺が愛しているのはリシュフィだけだ!!」
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