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長編版
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数秒遅れて、殿下は自ら叫んだ内容を自覚したようだった。
それは私も同じだ。期待を大きく上回る返答に、遅れて悲鳴が出そうになった。
殿下は首まで赤く染めているが、それはきっと、私も同じ。
「わたくしだけ、ですか?」
恥ずかしさに目を逸らしたくなるのを堪え、真っ直ぐに目を合わせて尋ねる。
殿下は私の視線を受け取って、頷いた。
「そうだ。俺にはずっとお前だけだった。婚約してから──いや、初めて茶会で会った時からずっとだ」
「そんなこと、初めて聞きましたわ」
「……言えばお前は迷惑だなんだと言っただろう」
否定はしない。けど、もしも幼い頃から愛されていると分かっていれば、少なくとも殿下の側に居続けることを少しは考えただろう。婚約者、なのだから。
この方は私が好きなのかと思えば拙い言葉も愛情ゆえのものかと受け取って、私の中の感情もきっと変化したはず。
だって今でさえ私は、この方がとても優しい方だと知っている。
「言ってくだされば……少なくとも一方的に破棄をお願いしたりはしませんでした」
手を暖かく覆われて、顔をあげれば未だに真っ赤なお顔の殿下がすぐそばにいた。
「……リシュフィ嬢。卒業パーティーの最中ではあるが、少し時間をもらえないか。いまさらと思われるかもしれないが、俺達に必要なのは話をすることだと思う」
私も同じ気持ちだった。なにせ十年も婚約していながら、私達はお互いをどう思っているのかすら話し合ったことがなかったのだから。
頷いた私の背に手を添えて、殿下はアシュレイ様に目配せをして私を出入り口へとエスコートしてくれたが──後ろから、甲高い叫び声がした。
「……なんなの。訳わかんない……どうしてうまくいかないの。そもそも側妃ってなによ。私は正妃になるはずだったのに!!」
喚き散らすアンリエッタ嬢に周囲の空気が冷えたようだった。そんなことはどうでもいいのか気付いていないのか、アンリエッタ嬢は私の隣に立つ殿下を激しく睨みつける。
「どうせ、痩せて美人だったからリシュフィに乗り換えたんでしょ!? 見た目で態度を変えるなんて最低じゃないの!」
「馬鹿を言うな! リシュフィ嬢は太っていた頃から丸々として愛らしかったわ!!」
殿下は激しく眉を寄せて怒鳴り返したが──この言葉は、アンリエッタ嬢の台詞よりも何よりも、聞き捨てならなかった。
「馬鹿を言うなは、殿下の方です」
「……リシュフィ嬢?」
私の呟きに困惑の声を上げる殿下を一瞥して、出入り口を目指す。後ろから付いてくる気配がしたが構わず廊下を歩き続け、休憩に使われる部屋の扉に手をかけた。
殿下を引き入れて、扉を閉める。鍵をかける音が室内に響いた。
殿下に向き直った瞬間、いまだに困惑の表情を浮かべていた殿下の体がビクリと揺れた。
「幼い頃のわたくしは、丸々として愛らしかった。と、仰いましたか」
「じ、事実だろう。俺はお前が痩せたから愛したのではない。あのお茶会で、俺は初めて会う同い年の子供らのためにお菓子やお茶を自ら選んで、張り切って用意したのだ。なのに皆お菓子に手をつけずにお喋りや仲間集めに夢中な様で、俺に媚びへつらう者ばかりで嫌気がさしていた中で、お前だけは、お菓子を美味しいと言ってたくさん食べてくれただろう。あの姿が俺は──愛おしいと思った。あの日からずっと、俺にはお前だけだ。だから陛下に好きな女の子はいないかと問われてお前の名前を出した。お前以外を妃に迎えたくはないと、お前がどれだけ婚約を嫌がっても縋り付いてきたのだ。俺は、本当に初めて会った時からお前が──!」
「あなた様は仰ったではありませんか。──誰がこんな、デブを好きになるものかと」
あの日、私と話した子達は挨拶をしたら笑いながら私から逃げて行った。クスクスと笑い声が聞こえるたびに、きっと私が笑われているんだって体が震えて、前世に戻ったようで、怖かった。
殿下だけが私に話しかけてくれて、一緒に笑ってくれて、それがとても楽しくて、嬉しかった。なのに──。
「殿下が言ったんです。デブって。あなたが!」
視界がどんどんとぼやけていき、涙がボロボロと零れ落ちる。それを拭う余裕なんてない。
「そんな方が、わたしを! 丸々として愛らしいなんて言うな!!」
拳を握り締めて睨み付ける。殿下の顔はどんどんと蒼白になっていった。
「まさか……この十年、破棄を願っていたのは……」
「これが、理由です。だってあなた様がわたくしなんて愛していないことが、わかりきっていましたから」
前世のあまりの最期に、次はきっと愛してくださる方と添い遂げたいと願っていた。だから、殿下とは婚姻できないのだと、破棄をお願いし続けてきたのだ。
涙交じりに訴える私の目元に、殿下の指が伸びてくる。しかしそれは熱だけを伝えて触れることなく離れていった。殿下の言葉に苛立って言葉を荒げたというのに、触れていただけなかったことがとても寂しい。
言葉なく項垂れてしまった殿下は何を思っていらっしゃるのだろう。もしもこの責任を取って婚約を破棄する。などと言われたら……。
「……悪かった、と……どれほど謝罪しても、お前の十年間の苦しみの償いにはならんだろうな……」
殿下の声に、いつの間にか俯いていた顔を上げれば、眉尻を下げる大好きな碧眼は真っ直ぐに私を映していた。
「お前に好いた相手がいるのなら、お前を縛り付けることはできないと……破棄を受け入れた。だが、それが間違いだったなら俺は──」
これ以上ないほどに、殿下のお顔が苦しそうに歪んだ。今にも泣き出しそうなほどに。
「やはり、お前を手放したくはない。たった数分だったのにお前との婚約がなくなったあの時間はひどく胸が苦しくなって、おかしくなりそうだった。俺は、お前がいないと駄目だ。だから俺をお前の側に置いてほしい。側で、お前を傷つけた罪を償う機会をもらいたい。……可能なら、俺の生涯をかけて」
私の返事を待ち縋る目は私を映し続けているのに、決してその手は触れて来ない。
きっと私に触れる資格などないと思っているのだ。この方は。
本当に、世話の焼ける人。
「……っ」
私から手を重ねた。熱が伝わると自然と頬が緩み、笑顔になる。
「今はわたくし達、二人きりですわ。──フェルナンド様」
次の瞬間には全身が温かく包まれていた。手を伸ばし、広い背に回す。
「いいのか。本当に。……そんなことを言われてはもう、離してやれんぞ……」
「よくそんなことが言えますわね。何度破棄をお願い申し上げても、聞いてくださらなかったくせに」
笑い混じりに言えば無言を返してきた殿下の熱が、驚くほどあっさりと離れていく。もしかして愛想を尽かされてしまった? ほんの少し焦る。
慌てて覗き込んだ殿下の浮かべる表情に肩の力が抜けた。
これまでに何度も見たことのある優しい笑顔。きっとこれは、ずっと私に愛していると伝えていてくださった笑顔だ。
丁寧な所作で膝をついた殿下に手を差し伸べられて、そっと重ねる。
「リシュフィ・レストリド公爵令嬢。あなたに、婚約を申し入れたい。至らない私を許してくれとは言わない。どうか、私があなたに負わせた傷を、一生涯かけて償わせて欲しい」
優しい瞳は真剣さを増し、心臓がトクトクと高鳴った。
「リシュフィ。あなたを愛している。この十年、いや初めて会ったあの日からずっと。私にはあなただけだった。……この婚約を、受けていただけないだろうか」
王子様からの婚約の申し出だ。断っては不敬だと、投獄されてしまうかもしれない。
いいえ。この方はそんな心の狭い方でも、横暴な方でもないことは、私が一番よくわかっている。
「お受けします……ただし、ひとつだけ条件が」
「っあなたが私を受け入れてくれるなら、なんだろうとお聞きしよう」
私の返答に喜色を浮かべた殿下は、すぐさま表情を引き締める。その仕草はなんだか子供のようで、凛々しいお姿なのに、とても可愛らしい。
「次に、デブ呼ばわりなさったら、その時は問答無用で破棄していただきますからね」
「無論だ! もう金輪際、決して口にはしない」
私の手を引き寄せ胸に閉じ込めた殿下は「やっとだ」と繰り返した。
「卒業と同時に式をあげなければな。お前のことだから、心変わりされては困る」
「わたくしをなんだと思っていますの。そんなこと、お父様がお許しになるはずありませんわ」
「……いや、叔父上なら喜んで逃亡の手助けをなさるぞ……」
逃がさないとばかりに回された腕に力が込められる。逃げないと言っているのに、もう。
「式に際してひとつ、おねだりをお許しいただけますか?」
「なんだ、言ってみろ。ケーキのサイズか?」
……一度、殿下とはしっかり私に対する認識について話し合わなければならないな。
「だからわたくしをなんだと……ドレスは、ゴールドのものを着とうございます」
「そうか……ああ、そうだな。お前はゴールドも……よく似合っている」
一度体が離され、殿下は私の姿に目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
しかしケーキのサイズといい、先ほどの台詞といい、一つ気になることがある。
「それとひとつ、お伺いしたいのですが」
「なんだ。今ならなんでも聞いてやれる気分だぞ」
……新婚旅行は世界一周で! と言っても頷いてしまいそうな弾んだ声だ。
「わたくしと初めて会った時からと仰いましたでしょう」
「ああ。愛している。十三年の初恋がやっと実ったぞと今すぐ会場に戻って叫びたい気分だ」
それは確実に黒歴史になるからやめておけ。
「絶対にやめてください。末代までの恥というやつですわよ、それ。そういう話ではなく……初めて会った時のわたくしを愛されたのでしたら……殿下はもしやデブ専でいらっしゃるのかしら、と思ったのですけれど……」
それなら痩せた意味があったのかなかったのか微妙なところだなと、ふと思ってしまったのだ。
上目遣いで尋ねると、なんとも微妙なお顔をされた。
「……………………お前専だ。馬鹿者」
二人で見つめ合って、同時に吹き出した。
私を愛してくださっているのだから、体形など関係ないわよね。
「愛していますわ。フェルナンド様」
「俺も、愛している。リシュフィ」
笑い混じりの愛の言葉に心が幸せに満たされる。
ああ、今度こそ私は、幸せになれたのだ。
それは私も同じだ。期待を大きく上回る返答に、遅れて悲鳴が出そうになった。
殿下は首まで赤く染めているが、それはきっと、私も同じ。
「わたくしだけ、ですか?」
恥ずかしさに目を逸らしたくなるのを堪え、真っ直ぐに目を合わせて尋ねる。
殿下は私の視線を受け取って、頷いた。
「そうだ。俺にはずっとお前だけだった。婚約してから──いや、初めて茶会で会った時からずっとだ」
「そんなこと、初めて聞きましたわ」
「……言えばお前は迷惑だなんだと言っただろう」
否定はしない。けど、もしも幼い頃から愛されていると分かっていれば、少なくとも殿下の側に居続けることを少しは考えただろう。婚約者、なのだから。
この方は私が好きなのかと思えば拙い言葉も愛情ゆえのものかと受け取って、私の中の感情もきっと変化したはず。
だって今でさえ私は、この方がとても優しい方だと知っている。
「言ってくだされば……少なくとも一方的に破棄をお願いしたりはしませんでした」
手を暖かく覆われて、顔をあげれば未だに真っ赤なお顔の殿下がすぐそばにいた。
「……リシュフィ嬢。卒業パーティーの最中ではあるが、少し時間をもらえないか。いまさらと思われるかもしれないが、俺達に必要なのは話をすることだと思う」
私も同じ気持ちだった。なにせ十年も婚約していながら、私達はお互いをどう思っているのかすら話し合ったことがなかったのだから。
頷いた私の背に手を添えて、殿下はアシュレイ様に目配せをして私を出入り口へとエスコートしてくれたが──後ろから、甲高い叫び声がした。
「……なんなの。訳わかんない……どうしてうまくいかないの。そもそも側妃ってなによ。私は正妃になるはずだったのに!!」
喚き散らすアンリエッタ嬢に周囲の空気が冷えたようだった。そんなことはどうでもいいのか気付いていないのか、アンリエッタ嬢は私の隣に立つ殿下を激しく睨みつける。
「どうせ、痩せて美人だったからリシュフィに乗り換えたんでしょ!? 見た目で態度を変えるなんて最低じゃないの!」
「馬鹿を言うな! リシュフィ嬢は太っていた頃から丸々として愛らしかったわ!!」
殿下は激しく眉を寄せて怒鳴り返したが──この言葉は、アンリエッタ嬢の台詞よりも何よりも、聞き捨てならなかった。
「馬鹿を言うなは、殿下の方です」
「……リシュフィ嬢?」
私の呟きに困惑の声を上げる殿下を一瞥して、出入り口を目指す。後ろから付いてくる気配がしたが構わず廊下を歩き続け、休憩に使われる部屋の扉に手をかけた。
殿下を引き入れて、扉を閉める。鍵をかける音が室内に響いた。
殿下に向き直った瞬間、いまだに困惑の表情を浮かべていた殿下の体がビクリと揺れた。
「幼い頃のわたくしは、丸々として愛らしかった。と、仰いましたか」
「じ、事実だろう。俺はお前が痩せたから愛したのではない。あのお茶会で、俺は初めて会う同い年の子供らのためにお菓子やお茶を自ら選んで、張り切って用意したのだ。なのに皆お菓子に手をつけずにお喋りや仲間集めに夢中な様で、俺に媚びへつらう者ばかりで嫌気がさしていた中で、お前だけは、お菓子を美味しいと言ってたくさん食べてくれただろう。あの姿が俺は──愛おしいと思った。あの日からずっと、俺にはお前だけだ。だから陛下に好きな女の子はいないかと問われてお前の名前を出した。お前以外を妃に迎えたくはないと、お前がどれだけ婚約を嫌がっても縋り付いてきたのだ。俺は、本当に初めて会った時からお前が──!」
「あなた様は仰ったではありませんか。──誰がこんな、デブを好きになるものかと」
あの日、私と話した子達は挨拶をしたら笑いながら私から逃げて行った。クスクスと笑い声が聞こえるたびに、きっと私が笑われているんだって体が震えて、前世に戻ったようで、怖かった。
殿下だけが私に話しかけてくれて、一緒に笑ってくれて、それがとても楽しくて、嬉しかった。なのに──。
「殿下が言ったんです。デブって。あなたが!」
視界がどんどんとぼやけていき、涙がボロボロと零れ落ちる。それを拭う余裕なんてない。
「そんな方が、わたしを! 丸々として愛らしいなんて言うな!!」
拳を握り締めて睨み付ける。殿下の顔はどんどんと蒼白になっていった。
「まさか……この十年、破棄を願っていたのは……」
「これが、理由です。だってあなた様がわたくしなんて愛していないことが、わかりきっていましたから」
前世のあまりの最期に、次はきっと愛してくださる方と添い遂げたいと願っていた。だから、殿下とは婚姻できないのだと、破棄をお願いし続けてきたのだ。
涙交じりに訴える私の目元に、殿下の指が伸びてくる。しかしそれは熱だけを伝えて触れることなく離れていった。殿下の言葉に苛立って言葉を荒げたというのに、触れていただけなかったことがとても寂しい。
言葉なく項垂れてしまった殿下は何を思っていらっしゃるのだろう。もしもこの責任を取って婚約を破棄する。などと言われたら……。
「……悪かった、と……どれほど謝罪しても、お前の十年間の苦しみの償いにはならんだろうな……」
殿下の声に、いつの間にか俯いていた顔を上げれば、眉尻を下げる大好きな碧眼は真っ直ぐに私を映していた。
「お前に好いた相手がいるのなら、お前を縛り付けることはできないと……破棄を受け入れた。だが、それが間違いだったなら俺は──」
これ以上ないほどに、殿下のお顔が苦しそうに歪んだ。今にも泣き出しそうなほどに。
「やはり、お前を手放したくはない。たった数分だったのにお前との婚約がなくなったあの時間はひどく胸が苦しくなって、おかしくなりそうだった。俺は、お前がいないと駄目だ。だから俺をお前の側に置いてほしい。側で、お前を傷つけた罪を償う機会をもらいたい。……可能なら、俺の生涯をかけて」
私の返事を待ち縋る目は私を映し続けているのに、決してその手は触れて来ない。
きっと私に触れる資格などないと思っているのだ。この方は。
本当に、世話の焼ける人。
「……っ」
私から手を重ねた。熱が伝わると自然と頬が緩み、笑顔になる。
「今はわたくし達、二人きりですわ。──フェルナンド様」
次の瞬間には全身が温かく包まれていた。手を伸ばし、広い背に回す。
「いいのか。本当に。……そんなことを言われてはもう、離してやれんぞ……」
「よくそんなことが言えますわね。何度破棄をお願い申し上げても、聞いてくださらなかったくせに」
笑い混じりに言えば無言を返してきた殿下の熱が、驚くほどあっさりと離れていく。もしかして愛想を尽かされてしまった? ほんの少し焦る。
慌てて覗き込んだ殿下の浮かべる表情に肩の力が抜けた。
これまでに何度も見たことのある優しい笑顔。きっとこれは、ずっと私に愛していると伝えていてくださった笑顔だ。
丁寧な所作で膝をついた殿下に手を差し伸べられて、そっと重ねる。
「リシュフィ・レストリド公爵令嬢。あなたに、婚約を申し入れたい。至らない私を許してくれとは言わない。どうか、私があなたに負わせた傷を、一生涯かけて償わせて欲しい」
優しい瞳は真剣さを増し、心臓がトクトクと高鳴った。
「リシュフィ。あなたを愛している。この十年、いや初めて会ったあの日からずっと。私にはあなただけだった。……この婚約を、受けていただけないだろうか」
王子様からの婚約の申し出だ。断っては不敬だと、投獄されてしまうかもしれない。
いいえ。この方はそんな心の狭い方でも、横暴な方でもないことは、私が一番よくわかっている。
「お受けします……ただし、ひとつだけ条件が」
「っあなたが私を受け入れてくれるなら、なんだろうとお聞きしよう」
私の返答に喜色を浮かべた殿下は、すぐさま表情を引き締める。その仕草はなんだか子供のようで、凛々しいお姿なのに、とても可愛らしい。
「次に、デブ呼ばわりなさったら、その時は問答無用で破棄していただきますからね」
「無論だ! もう金輪際、決して口にはしない」
私の手を引き寄せ胸に閉じ込めた殿下は「やっとだ」と繰り返した。
「卒業と同時に式をあげなければな。お前のことだから、心変わりされては困る」
「わたくしをなんだと思っていますの。そんなこと、お父様がお許しになるはずありませんわ」
「……いや、叔父上なら喜んで逃亡の手助けをなさるぞ……」
逃がさないとばかりに回された腕に力が込められる。逃げないと言っているのに、もう。
「式に際してひとつ、おねだりをお許しいただけますか?」
「なんだ、言ってみろ。ケーキのサイズか?」
……一度、殿下とはしっかり私に対する認識について話し合わなければならないな。
「だからわたくしをなんだと……ドレスは、ゴールドのものを着とうございます」
「そうか……ああ、そうだな。お前はゴールドも……よく似合っている」
一度体が離され、殿下は私の姿に目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
しかしケーキのサイズといい、先ほどの台詞といい、一つ気になることがある。
「それとひとつ、お伺いしたいのですが」
「なんだ。今ならなんでも聞いてやれる気分だぞ」
……新婚旅行は世界一周で! と言っても頷いてしまいそうな弾んだ声だ。
「わたくしと初めて会った時からと仰いましたでしょう」
「ああ。愛している。十三年の初恋がやっと実ったぞと今すぐ会場に戻って叫びたい気分だ」
それは確実に黒歴史になるからやめておけ。
「絶対にやめてください。末代までの恥というやつですわよ、それ。そういう話ではなく……初めて会った時のわたくしを愛されたのでしたら……殿下はもしやデブ専でいらっしゃるのかしら、と思ったのですけれど……」
それなら痩せた意味があったのかなかったのか微妙なところだなと、ふと思ってしまったのだ。
上目遣いで尋ねると、なんとも微妙なお顔をされた。
「……………………お前専だ。馬鹿者」
二人で見つめ合って、同時に吹き出した。
私を愛してくださっているのだから、体形など関係ないわよね。
「愛していますわ。フェルナンド様」
「俺も、愛している。リシュフィ」
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