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72.挨拶
しおりを挟む離れの建物から急いで本館へ向かう。
朝の支度で通路を走り回るお手伝いたちは時間との戦いである。邪魔にならぬようにその横を足早に通り過ぎていくジャニスティであったが、いつもと違う皆の視線に気付く。
(なんだ、悪い気ではないが。やはり上着が目立つか?)
オニキスの部屋へはこの通路を通るしかないジャニスティは早いとこ立ち去ろうと顔色一つ変えず、歩く。すると突然の声に呼び止められ「まさか」と心の中で驚くと、振り向いた。
「「「ジャニスティ様! おはようございます」」」
「――は? あぁ、おはよう」
(どういう事だ? 私などに挨拶をする者がいるはずは……いや、そもそもこんなに明るい表情のお手伝いがこの屋敷にいただろうか)
「あー! お急ぎの所をお声掛けしてしまい、申し訳ありません!!」
「いや、それは……構わないが。失礼だが――」
どういうつもりだと言わんばかりの怪訝そうな彼の表情に挨拶をしたお手伝いたちが顔を見合わせ、笑う。
「あっ、ほら昨日いらっしゃらなかったから」
「ふふふ、それがですね、昨日のお昼に色々ありまして。あのジャニスティ様、お身体の具合はもうよろしいのですか?」
「あぁ、問題ない」
続きを話そうとしたがそこまでで別のお手伝いが来たのを見ると、笑っていたお手伝いたちはいつもの固く冷たい表情に戻り軽くお辞儀をし、そそくさと去っていった。
気になりながらもその姿を横目にジャニスティは、先を急ぎ再び歩き出す。
しかし、気になって仕方がなく。
――『昨日のお昼に色々ありまして』
「一体、何があったというのだ」
ジャニスティはボソッと、呟く。
それは彼がこのベルメルシア家に来てから一度も経験した事のない、あり得ないと思うような出来事、そして爽やかな朝であったからだ。
その心洗われるような気分に浸りつつ、考える。お手伝いたちの笑顔と挨拶、自分の身体を気遣う言葉に疑心や不安を不思議と、微塵も感じなかった。
今は関係のない事だと分かっていながらも考えているうちにベルメルシア家当主、オニキスの部屋の前へ到着する。ゆっくりと目を瞑り五秒――決心したジャニスティは扉を叩く。
コンコン、コンコン。
「はい、誰かね?」
こんなに朝早くから珍しいな、と部屋の中から名を聞くオニキスの声。そして直後にもう一人、甲高い声がした。
「えぇ? 全く誰かしらね……迷惑よ、急ぎなの?!」
その刺々しい言葉遣いとその声は間違いなくアメジストの継母、スピナであった。
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