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龍田の姫は操を奪われる
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「緋立……」
名を呼ぶ声に、足元まで血の気が引いていく。
声に覚えがあると思ったが、それも道理だ。御簾越しに何度も聞いた東宮の声に、今の今まで気づかなかった方がどうかしている。
だが、まさか居もせぬ『妹姫』を求めて、東宮ともあろう御方が本気で夜這いをかけてくるとは思いもしなかったのだ。
そもそも、『妹姫』の存在が東宮の耳に入ったこと自体がおかしい。
緋立は月に数度ある明神の祭日に姫装束を纏い、『龍田』の姫として過ごす。と言っても、着飾った姫姿を分け御霊である銅鏡に映すだけのことだ。吉野からついてきた従者とその家族は、九重の家の習わしを知っている。
しかしこちらに来てから雇った女房や下働きなどは、これらのことを知らないはずだ。それゆえ、女房のところに忍んできた他家の下男などから、『西の対の屋の姫君』の話が漏れたのだろう。
遊び好きの公卿などは、新しい恋の相手を常に探している。中にはあちこちの家に通う情報通もいるだろう。
だが、まさか東宮の耳にまで『妹姫』の話が届くことになるとは、まったく思いもしなかった。
その上――。
背中にびっしりと汗をかきながら、緋立は浅い息を吐いた。
東宮御自ら忍んで来られるとは、まったく予想だにしないことだ。
当代の東宮は思慮深く理知的な人物で、女色に溺れる姿などはとても想像できない。
その畏き御方が宮中をひそかに抜け出して、京の端にある九重の屋敷にまで忍んでくるなどと、いったい誰が予想しえようか。――そこまで考えて、緋立は怖ろしさにぶるりと背筋を震わせた。
居もせぬ『妹姫』の存在を、緋立は否定しなかった。
そのせいで東宮は臣下の元へ忍んでいく羽目になったのだ。
思わせぶりな態度で東宮を騙したと責められれば、如何に明神の加護があろうとも、九重家は終わりだ――。
「東宮様……」
何か言わなければ。
必死で考えを巡らせようとするのだが、頭の中が真っ白になって何も浮かんでこない。
高まる緊張に荒い息を吐くばかりの身体を、唐突に東宮の両腕が強く抱きしめた。
ふっと穏やかな笑いが漏れる。
「……そうか。貴女は私が誰なのか、知っているのだね。『龍田』の君……」
静かな声に、緋立は目の前が真っ暗になった。
何もかも終わった――。
屋敷から出たこともない貴族の姫が、東宮の顔や声を知るはずがない。
それを知っているのは、宮中に出仕する緋立のみだ。
動揺のあまり、自ら正体を暴露してしまったのだ。
「……お許し、を……」
震える声で請うた許しを、東宮は穏やかな声で遮った。
「いいや、駄目だ」
息を呑む静寂の中、袴の紐が解かれる音が響いた。
絡まっているだけだった打袴が荒々しく抜き去られ、緋立は薄い小袖一枚になった。
全身に浮かんだ汗が冷えて、蒸し暑いはずの夜だというのに震えがくるほど寒く感じる。
穏やかだが、断固とした声が緋立の耳に囁いた。
「――私が何者か、知っているのなら逆らうまい」
「……ッ!」
唇が温かいものに覆われた。
反射的に顔を背けようとして、緋立は何とか思いとどまった。
触れているのは東宮の唇だった。
紅を塗った緋立の唇を啄むように吸い、濡れた舌が時折唇の合わせを擽る。
接吻されているのだと認識した途端、抱きしめる東宮の熱が布越しに伝わってきたのか、血の気が引いていた体に温度が戻ってきた。
「……ぅ……ん……」
暗闇の中、互いの息が睫毛を擽るほど密着した体。鼻を擽るのは高貴な黒方の香だ。
殊の外調合が難しいとされるこの香は、纏える人物がごく限られている。
やはり忍んできたこの男は、まごうことなき東宮なのだ。
「東宮様……なにゆえ……ッ!?」
行き場のない手が東宮の体の中心に触れてしまって、緋立は熱いものに触れたように手を引っ込めた。
そこは硬く滾っていたのだ。
東宮の側には先々帝の内親王である東宮妃と、右大臣家から迎えた女御がいる。
どちらの女人も教養深く、美しい人だという噂だ。
病がちの今上帝は近々譲位するのではと言われており、東宮が即位すれば、公卿たちは競って娘たちを入内させようとするだろう。どのような高貴な姫も、東宮ならば思いのままだ。
それなのに、どうして九重の屋敷にやってきたのか。
――だが、その問いに答えは得られなかった。
「私のものになりなさい、龍田の君。仏門になど入らせはせぬ」
「あ……ッ」
強い腕に這う姿勢を取らされて、緋立は思わず足の間に手を伸ばした。男の証を隠すように掌で包み込む。
『龍田』の正体は見破られてしまった。
その上で一夜の戯れに応じよと命じられるのならば、もはや逆らう余地はない。
だが、この部屋には明神が宿る鏡が飾られている。あの鏡に緋立が男であることを知られるわけにいかなかった。
「龍田の君……」
誰にも触れられたことのない窄まりに、硬くそそり立つ東宮の御印が押し当てられた。
口づけの甘い余韻が消え去って、ざっと血の気が引く。
女ではないのだからここを使うしかないのだと、頭で理解はしていても、押し入られる苦痛と恐怖が和らぐわけはない。だが覚悟を決めるしかなかった。
手繰り寄せた脇息にしがみつき、着物の袖を噛み締める。
背にグッと重みが掛かり、異物を押し込まれる苦痛に抑えきれぬ呻きが漏れた。
「力を抜いて、受け入れよ……」
背後から届く東宮の声に、緋立は目を閉じて脇息を握りしめる。
男同士の交わりなど知るはずもない。後ろから押し入ってくる塊に、どこをどうすれば楽になるのか見当さえつかない。
あらぬ場所を抉じ開けられる苦しさに、閉じた瞼から涙が滲んだ。
こんなに痛くて苦しいのに、東宮は許してくれない。優しく穏やかなはずの東宮が、常にもない強引さで緋立の身を開いていく。
まるでこれが皇族を謀った罰だとでも言うように――。
「……く、ぅ……ッ」
引き裂かれそうな痛みとともに、体の奥が開かれていく。
硬く猛って潜り込んでくる東宮の御印が、緋立への怒りを表しているようで怖ろしかった。
女ならば、尊き御方に奪われることを誇らしく思えただろう。だが緋立は男だ。
女でもない自分がどうしてこのような辱めをと思い、さらに東宮を騙して怒りを買ったためだと自らを罵れば、情けなさは増すばかりだった。
――後悔と、羞恥と、絶望。
千々に乱れる緋立の心情など知らぬげに、熱っぽい声が名を呼んだ。
「龍田の君……」
溜息のような声とともに尻に冷たい絹が当たった。すべてが収まったのだ。
安堵の息を吐く暇もなく、中に埋め込まれた御印は動き始めた。
「……う……んんッ……」
緋立は呻きを噛み殺した。
体の中を異物が犯している。抜けたかと思うと深く入り込んで、内部を徐々に奥へと侵食していく。
拡げられる苦しさと破瓜の痛みは徐々に薄れたが、そのぶん身の内で息づく色欲の証が生々しく感じられる。
――腹の中に、大君の御印が……。
猛々しく姿を変えた御印はまるで凶器のようで、緋立を穿って男としての矜持も身分も、何もかもを叩き潰そうとしているように感じられる。
硬く閉じた瞼の合わせに涙が滲んだ。
――穏やかで明晰な東宮が好きだった。
御簾越しに初めて挨拶をした日から今日まで、気さくに声を掛け引き立ててくれた恩情がありがたかった。
出世すればするほど、側近くでこの宮に仕えることができるのだと思えば、公卿たちの嫌みや当て擦りにも耐えることができたのに。
その日々も、もう終わる――。
「龍田…………龍田の君…………!」
東宮は、もう『緋立』とは呼ばなかった。
動きが徐々に激しくなる。腹の底から押し出されるように声が漏れ、緋立は脇息に顔を押し付けてそれを殺そうとした。
己は近衛の少将だ。初めて男を通わせる幼い姫のように震え、泣き声が漏れぬように衣の袖を噛み締めているなどと知られたくはない。
それでも声は抑えきれずに衣の端から零れ出る。
「……う、……ッ、うぅッ……ッ!」
突き上げの激しさに思わず逃げかけた体を引き戻され、開いた足の間に東宮の身体が入り込んだ。
叩きつけるような動きに、抉られる下腹が重みを増し――。
「龍田の、君……ッ」
動きが止まったと思った次の瞬間、ビクビクと跳ねる御印が腹の底で精を吐き出した。
名を呼ぶ声に、足元まで血の気が引いていく。
声に覚えがあると思ったが、それも道理だ。御簾越しに何度も聞いた東宮の声に、今の今まで気づかなかった方がどうかしている。
だが、まさか居もせぬ『妹姫』を求めて、東宮ともあろう御方が本気で夜這いをかけてくるとは思いもしなかったのだ。
そもそも、『妹姫』の存在が東宮の耳に入ったこと自体がおかしい。
緋立は月に数度ある明神の祭日に姫装束を纏い、『龍田』の姫として過ごす。と言っても、着飾った姫姿を分け御霊である銅鏡に映すだけのことだ。吉野からついてきた従者とその家族は、九重の家の習わしを知っている。
しかしこちらに来てから雇った女房や下働きなどは、これらのことを知らないはずだ。それゆえ、女房のところに忍んできた他家の下男などから、『西の対の屋の姫君』の話が漏れたのだろう。
遊び好きの公卿などは、新しい恋の相手を常に探している。中にはあちこちの家に通う情報通もいるだろう。
だが、まさか東宮の耳にまで『妹姫』の話が届くことになるとは、まったく思いもしなかった。
その上――。
背中にびっしりと汗をかきながら、緋立は浅い息を吐いた。
東宮御自ら忍んで来られるとは、まったく予想だにしないことだ。
当代の東宮は思慮深く理知的な人物で、女色に溺れる姿などはとても想像できない。
その畏き御方が宮中をひそかに抜け出して、京の端にある九重の屋敷にまで忍んでくるなどと、いったい誰が予想しえようか。――そこまで考えて、緋立は怖ろしさにぶるりと背筋を震わせた。
居もせぬ『妹姫』の存在を、緋立は否定しなかった。
そのせいで東宮は臣下の元へ忍んでいく羽目になったのだ。
思わせぶりな態度で東宮を騙したと責められれば、如何に明神の加護があろうとも、九重家は終わりだ――。
「東宮様……」
何か言わなければ。
必死で考えを巡らせようとするのだが、頭の中が真っ白になって何も浮かんでこない。
高まる緊張に荒い息を吐くばかりの身体を、唐突に東宮の両腕が強く抱きしめた。
ふっと穏やかな笑いが漏れる。
「……そうか。貴女は私が誰なのか、知っているのだね。『龍田』の君……」
静かな声に、緋立は目の前が真っ暗になった。
何もかも終わった――。
屋敷から出たこともない貴族の姫が、東宮の顔や声を知るはずがない。
それを知っているのは、宮中に出仕する緋立のみだ。
動揺のあまり、自ら正体を暴露してしまったのだ。
「……お許し、を……」
震える声で請うた許しを、東宮は穏やかな声で遮った。
「いいや、駄目だ」
息を呑む静寂の中、袴の紐が解かれる音が響いた。
絡まっているだけだった打袴が荒々しく抜き去られ、緋立は薄い小袖一枚になった。
全身に浮かんだ汗が冷えて、蒸し暑いはずの夜だというのに震えがくるほど寒く感じる。
穏やかだが、断固とした声が緋立の耳に囁いた。
「――私が何者か、知っているのなら逆らうまい」
「……ッ!」
唇が温かいものに覆われた。
反射的に顔を背けようとして、緋立は何とか思いとどまった。
触れているのは東宮の唇だった。
紅を塗った緋立の唇を啄むように吸い、濡れた舌が時折唇の合わせを擽る。
接吻されているのだと認識した途端、抱きしめる東宮の熱が布越しに伝わってきたのか、血の気が引いていた体に温度が戻ってきた。
「……ぅ……ん……」
暗闇の中、互いの息が睫毛を擽るほど密着した体。鼻を擽るのは高貴な黒方の香だ。
殊の外調合が難しいとされるこの香は、纏える人物がごく限られている。
やはり忍んできたこの男は、まごうことなき東宮なのだ。
「東宮様……なにゆえ……ッ!?」
行き場のない手が東宮の体の中心に触れてしまって、緋立は熱いものに触れたように手を引っ込めた。
そこは硬く滾っていたのだ。
東宮の側には先々帝の内親王である東宮妃と、右大臣家から迎えた女御がいる。
どちらの女人も教養深く、美しい人だという噂だ。
病がちの今上帝は近々譲位するのではと言われており、東宮が即位すれば、公卿たちは競って娘たちを入内させようとするだろう。どのような高貴な姫も、東宮ならば思いのままだ。
それなのに、どうして九重の屋敷にやってきたのか。
――だが、その問いに答えは得られなかった。
「私のものになりなさい、龍田の君。仏門になど入らせはせぬ」
「あ……ッ」
強い腕に這う姿勢を取らされて、緋立は思わず足の間に手を伸ばした。男の証を隠すように掌で包み込む。
『龍田』の正体は見破られてしまった。
その上で一夜の戯れに応じよと命じられるのならば、もはや逆らう余地はない。
だが、この部屋には明神が宿る鏡が飾られている。あの鏡に緋立が男であることを知られるわけにいかなかった。
「龍田の君……」
誰にも触れられたことのない窄まりに、硬くそそり立つ東宮の御印が押し当てられた。
口づけの甘い余韻が消え去って、ざっと血の気が引く。
女ではないのだからここを使うしかないのだと、頭で理解はしていても、押し入られる苦痛と恐怖が和らぐわけはない。だが覚悟を決めるしかなかった。
手繰り寄せた脇息にしがみつき、着物の袖を噛み締める。
背にグッと重みが掛かり、異物を押し込まれる苦痛に抑えきれぬ呻きが漏れた。
「力を抜いて、受け入れよ……」
背後から届く東宮の声に、緋立は目を閉じて脇息を握りしめる。
男同士の交わりなど知るはずもない。後ろから押し入ってくる塊に、どこをどうすれば楽になるのか見当さえつかない。
あらぬ場所を抉じ開けられる苦しさに、閉じた瞼から涙が滲んだ。
こんなに痛くて苦しいのに、東宮は許してくれない。優しく穏やかなはずの東宮が、常にもない強引さで緋立の身を開いていく。
まるでこれが皇族を謀った罰だとでも言うように――。
「……く、ぅ……ッ」
引き裂かれそうな痛みとともに、体の奥が開かれていく。
硬く猛って潜り込んでくる東宮の御印が、緋立への怒りを表しているようで怖ろしかった。
女ならば、尊き御方に奪われることを誇らしく思えただろう。だが緋立は男だ。
女でもない自分がどうしてこのような辱めをと思い、さらに東宮を騙して怒りを買ったためだと自らを罵れば、情けなさは増すばかりだった。
――後悔と、羞恥と、絶望。
千々に乱れる緋立の心情など知らぬげに、熱っぽい声が名を呼んだ。
「龍田の君……」
溜息のような声とともに尻に冷たい絹が当たった。すべてが収まったのだ。
安堵の息を吐く暇もなく、中に埋め込まれた御印は動き始めた。
「……う……んんッ……」
緋立は呻きを噛み殺した。
体の中を異物が犯している。抜けたかと思うと深く入り込んで、内部を徐々に奥へと侵食していく。
拡げられる苦しさと破瓜の痛みは徐々に薄れたが、そのぶん身の内で息づく色欲の証が生々しく感じられる。
――腹の中に、大君の御印が……。
猛々しく姿を変えた御印はまるで凶器のようで、緋立を穿って男としての矜持も身分も、何もかもを叩き潰そうとしているように感じられる。
硬く閉じた瞼の合わせに涙が滲んだ。
――穏やかで明晰な東宮が好きだった。
御簾越しに初めて挨拶をした日から今日まで、気さくに声を掛け引き立ててくれた恩情がありがたかった。
出世すればするほど、側近くでこの宮に仕えることができるのだと思えば、公卿たちの嫌みや当て擦りにも耐えることができたのに。
その日々も、もう終わる――。
「龍田…………龍田の君…………!」
東宮は、もう『緋立』とは呼ばなかった。
動きが徐々に激しくなる。腹の底から押し出されるように声が漏れ、緋立は脇息に顔を押し付けてそれを殺そうとした。
己は近衛の少将だ。初めて男を通わせる幼い姫のように震え、泣き声が漏れぬように衣の袖を噛み締めているなどと知られたくはない。
それでも声は抑えきれずに衣の端から零れ出る。
「……う、……ッ、うぅッ……ッ!」
突き上げの激しさに思わず逃げかけた体を引き戻され、開いた足の間に東宮の身体が入り込んだ。
叩きつけるような動きに、抉られる下腹が重みを増し――。
「龍田の、君……ッ」
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