九重の姫♂は出世を所望する

ごいち

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近衛の少将は男を通わせる

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 風が涼しくなり始めると、秋が深くなるまではあっと言う間だった。
 間近に迫った新嘗祭に向け、宮中では慌ただしい日々が続いている。緋立も無論例外ではなかったが、そのおかげで東宮の元へ顔を出せぬ言い訳をあれやこれやと考えずに済むのはありがたかった。
 二度目の逢瀬以降、東宮が九重の屋敷を訪れることはなかった。
 時折文は届くが、緋立は慣れた女房に返事を一任しているので内容は知らない。
 女房の手に余るような話になれば家令の隼人が知らせに来るだろうが、何も言ってこないので当たり障りのない内容なのだと思うことにしている。
 逆に、中納言玄馬とはあの夜以降、濃厚な付き合いが続いていた。




「――息を吐け。ゆっくりと」
 促されるまま、緋立は口を開いて息を吐き、じわじわと腰を下ろしていく。
 出仕から戻って西の対の屋を訪れると、男は既に待っていた。
 愛撫と睦言、油を使った指戯で念入りな準備を施された後、緋立は袍と袴を脱いだ姿で中納言を跨いでいく。
 何度も逢瀬を重ねるうちに、肉を割って進む怒張の太さにも少しは慣れた。
 挿入の初めは苦しいが、一旦馴染んでしまえば、この肉棒は我を忘れるほどの快楽に溺れさせてくれる。
 何もかも忘れて頭を真っ白にしていたいという緋立の望みを、中納言は満足いくまで叶えてくれる相手だった。
「あぁぁ……」
 深いところに男の存在を感じて、緋立はぶるりと身体を震わせた。中納言の牡は緋立の身には余るほど逞しい。
 まだ尻は宙に浮いたままだが、これ以上奥まで呑めば今度は辛さが勝ってしまう。
 怖気たように腰を上げようとする緋立を、中納言の手が留めた。
「そのままだ。腹の奥から心地よさが湧いてくるまで待て」
「あぁ……そんな……」
 男らしい顔に好色な笑みを浮かべて、中納言は煩悶する緋立を下から見上げた。


 遊び慣れたこの風流人は、苦痛が勝る交合を強要することは決してなかった。
 その代わり、晩熟だった緋立を快楽に溺れさせることには容赦ない。
 時には息も吐かせぬほど強引に、時には真綿で首を絞めるようにじわじわと追い詰めて、緋立を忘我の悦びへと叩き落す。
「中納言様……もう……」
 熱に浮かされたような目で緋立は懇願した。
 もう十分に心地いい。
 練り油をたっぷりと塗りこめ、指で高められ解された後での挿入だ。
 乳も脚の間の雄芯も散々に可愛がられて、まぐわうことなく昇天しそうに思ったほど、体の熱は高まっている。このまま浅い場所をゆるゆると出入りされるだけで、さざ波のような淡い官能に溺れることができるはずだ。
 声が嗄れるほどの激しい快楽でなくとも、緩く穏やかに続く快楽は心地がいい。
 縋るように見つめたが、中納言の返事はつれない。
「駄目だ。馴染めばもっと好くなる」
 我を忘れて法悦に狂う己を思い描き、緋立は時を震わせた。


 小さいが格式高く作られた西の対の屋は、柔らかな午後の陽光が差し込んで部屋を照らしている。
 明神が宿る銅鏡は、今は神棚の中に仕舞われていた。秘め事が家人の目に触れぬよう、辺りを人払いした上に部屋にはいくつもの几帳が立てられている。
 中納言が訪れるのはいつも昼下がりだ。
 日を置かずに通う中納言に、来るのならば日が暮れる前にしてくれと頼んだのは緋立だった。
 仕事を終えた中納言は、先に宮中を辞した後、自邸に戻らず緋立の屋敷に足を延ばす。
 西の対の屋に通され、出された酒を嗜みながら緋立の帰宅を待つのが常だ。
 今日も先に着いていた中納言は、袍の襟を緩めてすっかり寛いだ様子で緋立を出迎えた。
 朝服を改めもせぬままの逢瀬は背徳感に満ちている。望んだのは緋立の方とは言え、明るい昼間に人目を忍んで行う情交も。


「中納言様……」
 緋立は小さな声で呼びかけた。
 尻の中の巨大な肉棒が、緋立を苦しめている。
 中を埋め尽くされる圧迫感もさることながら、この肉棒に突きあげられる悦びを知った今は、こうしてじっと貫かれているだけのもどかしさが苦しかった。
 若い肉体は高まる官能に追い上げられ、知らず知らずに腰を揺らしかける。だが中納言の大きな手がその動きを制し、時にはさらに奥を突くような素振りで慄かせて、緋立を焦らし続けているのだ。
 凶器を並外れた大きさに猛らせているくせに、涼しい顔で仰臥する中納言が憎らしい。
 恨みがましく見つめると、遊び慣れた男は軽く笑って、褥の傍らに置かれた大きな包みに手を伸ばした。
「そう言えば、これを持ってきたのだった」
 寝たままの姿勢で器用に包みを解く。中から現れたのは、唐紅と黒に染め上げられた二反の絹だった。
「それ、は……?」
 気もそぞろになりながら緋立は尋ねた。


 正直なところ、今は絹などどうでもよかった。
 常ならば美しい衣を眺めるのは楽しみの一つだが、今はもっと直接的な愉しみが欲しい。腹の中を埋め尽くした剛直で、飢えた肉を掻き回してほしいのだ。
 けれど、中納言は焦れる緋立を弄んでか、持参した絹を広げて見せる。
「美しいだろう。出来の良いものを選んできた」
「ぁ……うっ……」
 中納言の言葉に、緋立は答えられなかった。
 姿勢を変えた拍子に、膨れ上がった中納言の雄が奥を突いてきたからだ。
 これ以上の侵入を押し留めようと、肉棒をぎゅっと締め付けると、蕩けるような甘美が腹の奥に広がった。
「あ、あ、ぁ……」
 もう我慢も限界だった。
 誘うように体を揺らすが、中納言は片方の眉を上げて、まだだと首を振る。堪えるほど、辿り着いた時の快楽が深くなるのだと教えられたが、一回り以上年上の中納言と違って緋立には余裕がない。
 潤む瞳で、緋立は男らしく整った中納言の顔を憎らしそうに睨みつけた。
「夜は何処の姫の元へ行かれるやら……ッ」
 生来の勝気な性格が顔を出して、緋立は情人の気の多さを詰った。


 包みから出された唐紅の絹は、どう見ても女物だ。
 二重織で優美な吉祥紋様が織りだされたそれは、身分高い女人の小袿用に違いない。三日と空けずに緋立の元に通いながら、この男には絹を贈る女の恋人もいるのだ。
 焦らされていることと相まって不機嫌さを隠さない緋立に、中納言は苦笑した。
「これは貴殿の妹君に持ってきた。美しい衣を見れば、仏門に入る気も吹き飛ぶだろう」
 思いもかけない言葉に虚を突かれて、緋立は目を見開いた。
 この頃は文一つ寄越すでもなかったくせに、まだ『妹姫』への興味を失ってはいなかったらしい。
 腹の上に緋立を跨らせておいて、妹への贈り物を見せて来るとは……。


「『妹』のことは、もうお忘れとばかり思っておりましたが」
 尻の中のものを締め付けて、緋立は情人を見下ろした。
「まさか。貴殿の妹姫とあらば諦めるには惜しい」
 悪びれる様子もなく、中納言は言い放つ。緋立は密かに舌打ちした。
 自身が男で、どうせ一時の戯れと分かっているから割り切れもするが、もしも女であったなら、このように不実な相手は決して通わせまいと思いながら。
 中納言の大きな手が緋立の腰を掴む。
 やっと動き始める予感に、色白の緋立の目元ばパッと朱を散らせた。
「今はまだ、色付き始めた兄君の麗しさから目を離せぬがな」
「あ、んん……っ」
 嫉妬と怒りで高まった熱を確かめるように、中納言が軽く身を揺すった。
 甘い鼻声が零れ出るのを聞いて、丹念に獲物を下拵えした男は満足そうに笑う。
「さて、兄君には見事に舞うてもらおうか」
 

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