王宮に咲くは神の花

ごいち

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最終章 神饌

ファルディアの短い夏5

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 書き終えた手紙に封をして、サラトリアは呼び鈴を鳴らした。
 侍従長に書いた手紙を預けて、王都から届いた親書にもう一度目を通す。

 早馬を使って届けられた親書には、一人目に続いて二人目の妾妃も出産を終え、生まれたのがともに王子であったことが記されていた。
 誕生の祝賀が一段落すれば、役目を終えた妾妃たちは父王の前例に倣って適切に処理する、とも。

 サラトリアは顔をあげ、二階にある書斎から窓の外に目を遣った。




 ファルディアは今短い夏だ。
 緑が萌え、鳥たちは歌い、爽やかな海風が吹いている。生命の喜びに溢れる季節だった。

 ふと下を見ると、上王が馬に跨ってちょうど庭を歩かせているところだった。

 ここへ来た時には病人のようであったのに、二年足らずですっかり生気と美しさを取り戻した。
 王都と違って気軽に馬に乗れるのが楽しいらしく、根雪が溶けてからは毎日のように乗馬を楽しんでいる。

 領地の中を馬で駆けると、いつまでも若く麗しい上王を領民たちが誇らしげに見つめてくるが、人の視線にも少しは慣れたようだ。
 落ち着いて会釈して、時には短い労いの言葉をかけることもある。
 好ましい変化だった。

 視線を注いでいると、上王が窓から見下ろすサラトリアに気付いたようだ。
 零れるような笑みが面に浮かぶ。

 遠駆けしましょう、と手綱を持ち上げて誘う仕草に、サラトリアは片方の眉を上げてみせた。
 もう一緒に馬には乗らないと怒っていたのは、ついこの間のことだったように思うが、上王は忘れてしまったのだろうか。



 ――先日、サラトリアはちょっとした悪戯で、上王の体内に小さな玩具を埋めたまま馬を走らせた。
 鞍の振動が玩具を程良く揺らしたようで、山裾の森に着く頃には下着の中がトロトロに濡れていた。放埓を迎える寸前の状態だ。
 啜り泣いて崩れそうになるのを、服が汚れるからと木に縋らせて、乗馬服を緩めただけの姿で立ったまま善がり狂わせた。

 屋外での交合は、上王にはよほど刺激的だったらしい。
 初めは声を抑えていたのに、途中からはあられもなく喘ぎ、帰りは腰が砕けて馬にも跨れないほど逝き果てた。
 仕方なくサラトリアの前に乗せて二人乗りで帰ったのだが、帰り道にも玩具を収めさせたのが不興を買ってしまったようだ。ずいぶん悦ばせたというのに、すっかり臍を曲げて、もう一緒に馬には乗らないと言われたのだ。

 あれからは宮の中で慎ましいまぐわいしかしていないので、物足りなくなったのかもしれない。
 サラトリアの想い人は穢れを知らぬ御使いのような姿をして、その本性は男の精を喰らって咲く淫らな花なのだから。

 怒ってはいたが、あの日も結局サラトリアの上に跨って、上王はその日二度目の駈歩をたっぷりと堪能していた。
 そろそろまた、『乗馬』をしたくなったのかもしれない。





 手をあげて応えかけた時。
 ――急に胸を絞めあげられるような苦しさに襲われて、サラトリアは息をつめた。

 窓の下では上王がまだこちらを見上げている。
 何とか笑みを浮かべて窓際を離れると、サラトリアは書斎の隅にある長椅子に倒れこんだ。



 『いつか必ず貴方の番が来る。ウェルディの血を継ぐ貴方は、運命の車輪の一つだから。――けれど、生命を注ぐのだから、想いが叶った後は、長くはもたないと思いなさい』



 早逝した姉の言葉が思い出される。
 晩年のジハード王も、時折心の臓が握りつぶされるような発作に襲われるとサラトリアに伝えていた。
 彼も己の運命と、死期が近いことを悟っていたに違いない。

 書き上げた手紙には、王都への帰還を急ぎたい旨を認めてある。

 もう少し猶予があるかと思ったが、ヴァルダンの血には、建国の男神の力はあまり多くは宿っていなかったようだ。
 早く王都に戻らなければ、この地に上王を一人残していくことになる。





 胸元を握りしめて耐えていると、苦痛は徐々に薄れていった。まだ少しの時間は残されているらしい。
 詰めていた息をゆるゆると吐いた時、書斎の扉が叩かれた。

「サラトリア……?」

 顔を覗かせたのは上王だ。
 サラトリアは苦痛の名残を押し隠して、にこやかに両手を広げる。
 上王はほっとしたような顔をして、素直に腕の中に収まった。

 柔らかな白金の髪、白く透き通る肌。
 湖底のような深い青の瞳には、金泥の虹彩が神秘的に煌めいている。
 この地上で最も美しい花の化身を、サラトリアは目に焼き付けるように見つめた。

「あの……遠駆けをしませんか。せっかくのファルディアの夏が終わってしまう前に……」

 遠慮がちに誘う上王に、サラトリアは啄むように口づけした。
 長く厳しい冬があるからこそ、ファルディアの夏は生命に溢れてこの上もなく美しい。
 その歓喜の季節は長くは続かないからこそ、いっそう尊く感じられるのだ。

 腕の中に収まって大人しく口づけを受ける想い人を、サラトリアは抱きしめる。
 あともう少しだけ、この人は自分一人のものだ。

「……行きましょう。貴方と過ごす一瞬一瞬が、私にはかけがえのない宝物です」

 愛ではなくとも、情は向けられている。
 ――願わくば、積み重ねる思い出が離別の苦しみを少しでも和らげてくれるようにと祈りながら、サラトリアは立ち上がった。

 夏は、もうすぐ終わろうとしていた。
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