王宮に咲くは神の花

ごいち

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最終章 神饌

豹神の系譜6

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 白桂宮のホールに出て、ラナダーンは使者を迎えた。
 公爵家から遣わされてきた使者は、沈痛な面持ちで手紙を捧げ持っている。それを受け取って中を検めたラナダーンは、使者に労いの言葉をかけて退出を許した。

 長年この宮の侍従長を務めるフラウが、去っていく使者の背に敬礼した。

 手紙を読まなくとも、この従者には内容がわかっているのだろう。
 その肩を一つ叩いて、ラナダーンは王子たちを暫く乳母に預けるように命じる。
 扉に鍵をかけ、当面の間何者もここに出入りさせぬように、とも。





 宮の中は静かだった。
 元々建てられた当初から、王族の住まいとしては質素なほどに小さな宮で、従者の数も少なかったと聞いている。
 秘密を守るために、王宮のように多くの使用人がいる状況を避けたのだろう。

 ラナダーンは一人で宮の奥へと進んでいく。
 この宮で養育されていた時には入ることを許されなかった、上王の私的な空間へと。

 この国の王になるということは、ここへの出入りを許されるということだ。
 ラナダーンはわざと気配を隠さずに、寝室へと足を踏み入れた。

 扉が開閉する音を聞きつけて、寝台の上の人影がびくりと体を震わせる。
 ラナダーンはその寝台の端に腰を下ろし、声をかけた。

「……どうですか、シェイド。私を受け入れる気になりましたか」

 かつては父王と同等の敬意を向けた相手を名で呼ぶ。
 あの頃と今とでは立場が違うことをわからせるために。

 くぐもった呻きが漏れた。是とも否とも判別できない声だ。
 ラナダーンは汗ばんだ肌に指を這わせる。
 父王と同衾したはずの広い寝台の上に、上王が手足を四隅の柱に縛られて、一糸纏わぬ姿で磔にされていた。

 白い肌は熱を持ち、上気して汗ばんでいる。
 ふいごのように荒い息を吐く胸をひと撫でし、ラナダーンはその指先を下腹部へと滑らせていく。

「……ンンッ、ウゥ――ッ……」

 上王が悶えて指から逃れようとするが、四肢を捕らえる絹の帯が軋んだだけだ。
 臍を擽り、柔らかな下生えに触れたところで、ラナダーンは気を変えて顔を振り返った。

 汗ばんだ額から白金の髪を指で梳き、涙で湿った目隠しを外してやる。
 泣き濡れた青い目が、怪物でも見るように怯えた視線を向けてきた。

「そろそろ良いお返事が聞きたいものです」

「ンゥッ!……ンッ……」

 これ見よがしに指で乳首を弾いてやると、きつく閉じた瞼から涙が零れ落ちた。縛られ続けている足もガクガクと震えている。
 頃合いとみて、ラナダーンは猿轡も外してやった。

「……お、お願い、ッ……外して、ラナダーン……ッ、もうッ、これを抜いて……」

 堰を切ったようにしゃくりあげながら懇願するのを、ラナダーンは冷淡な表情を作って見下ろした。





 もっと容易く堕ちると思っていたのに、上王は思いのほか強情だった。

 秘された妃として父王の寵愛を受け続け、先日までは臣下のヴァルダン公爵の伴侶でもあった人物だ。
 ラナダーンと同じ名を持つ自身の異母兄とも、肉体関係があったと聞いている。
 今更守る操もないはずだ。
 なのにどれほど責め抜いても、ラナダーンからの求愛だけは受けられないと頑なに拒み続けている。

 この淫らな拷問を始めてから、どのくらいの時間が経っただろう。
 上王を幼子のように泣かせているのは、雄芯の中を貫く硝子の棒だった。

 かつて洗礼の秘薬という名で娼婦たちを苦しめた薬があったらしい。
 一度使えば淫婦になり、二度用いれば犬になる。三度受ければ掃き溜めの穴――そんな下劣な謳い文句で囁かれる、依存性と常習性の強い媚薬だ。

 それを精製して純度を高めたものが、今ラナダーンの手元にある。

「おねッ……お願いします、ラナダーン…………もう抜いて、ッ……あぁ、もう我慢できないぃ……」

 細い腰がひっきりなしに揺れている。
 動けばそれが刺激になって余計に苦しむとわかっているだろうに、自らを苛む動きを止められないのだ。

 屹立を貫いた硝子棒には、螺旋を描く溝が彫り込まれている。
 その先端には大小の三つの珠が形取られていた。

 挿入の際、淑やかな上王を獣のように叫ばせた連珠は、今は屹立の奥で肉の狭道を堰き止めて、そこに媚薬を溜めている。悶えても叫んでも、責め具が抜け落ちることはない。
 むしろ悶え苦しむその動きが、上王を終わりのない恍惚へと追い立てていた。

「……アアァッ、また……ヒッ、ヒィ――ッ……抜いて! もう抜いてぇぇ…………ぁあ――――ッ!!」

 全身を強張らせて上王が絶頂へと昇りつめる。
 媚薬で何度高みに追われても、精を吐き出す道は塞がれたままだ。

 快楽と苦痛が入り混じる拷問に、あとどのくらい上王は耐えるだろう。
 屈するのが先か、それとも正気を失って、文字通りウェルディの子の肉穴としてこの宮に幽閉される存在となるか。





 ――いっそ狂わせてしまった方が、あの御方を苦しませずに済むのかもしれません……。
 ラナダーンは、秘薬を手渡してきた公爵の顔を思い出す。

 ファルディアへと送り出す時には幽鬼のようだった上王は、王都を離れた二年の間に元の健やかさを取り戻した。
 公爵はこの卑劣な薬をついに用いなかったという。
 薬に頼ることなく、愛情と労わりで上王を癒し、上王もそれを受け入れたのだ。

 亡き父、ジハード王に劣ると言われたのなら諦めもできる。
 だが臣下に過ぎない公爵を受け入れながら、ラナダーンの求愛を拒絶するなどということは到底許し難かった。
 ラナダーンは間違いなくウェルディの血を継ぐ王であり、本来あるべき正統な所有者であるというのに。

「抜いてほしいのなら、言うべき事があるでしょう」

 求愛を受け入れ、妃となること。ラナダーンが求めたのはそれだけだ。
 父王を忘れよとも、公爵を捨てよとも言わなかった。
 たったそれだけだというのに、上王は我が子同然に育てた相手を夫にはできぬと拒み続ける。
 今も首を横に振って、ラナダーンが求める答えを口にしようとはしなかった。

 ラナダーンは息を吐いた。





 憎まれても構わないのだと言ったのは、ファルディアに送り出す前の公爵だ。
 愛されることが叶わないのなら、せめて恨みでも憎しみでも良いから、上王の心の片隅に存在を残したい、と。

 公爵にそう言わせた心の動きが、今のラナダーンには苦しいほどに理解できる。
 愛されないのならばいっそ、永遠に消えない傷を刻み付けて、自分という存在を忘れられなくしてしまいたい。
 憎しみとともにでも構わないから、自分を覚えていてほしいのだ。

 ラナダーンは無防備な乳首を指で弾いて、口元に冷笑を浮かべた。

「……そうやって拒み続けていれば、いつか公爵が助けに来てくれるとでも思っているのですか」

 意識せずとも、嘲るような声が出た。
 ここにいるのは、無邪気に上王に甘えた王子ラナダーンではない。
 王家の遺産を引き継いだ正統なる所有者だ。
 白桂宮の虜囚を支配し君臨するべく生まれた、ウェルディの末裔なのだから。

「公爵はもう参りませんよ。ヴァルダン公爵家からこの知らせが届きましたから」

 使者から受け取った知らせを、ラナダーンは上王の顔の前に広げた。



 ――それは、数日前に上王とともに王都へ帰還した公爵が、今朝がた城下の屋敷で身罷ったという知らせだった。
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