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5章 東の地

第247話 トールキン衛士長の仕事

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石造りの暗い廊下を進んでいくと鉄格子が見えてきた。
すえた臭いというのだろうか......嫌な臭いが淀んだ空気にまざり明かりの少ない雰囲気も相まって、非常に陰惨な感じだ。
まぁ快適な牢屋っていうのも......権力者用にあるとか聞いた覚えがあるような気もするけど、間違いなくここのことではない。
廊下を歩く音が響き、近づかれる者達にとっては恐怖を喚起する音ではないだろうか?
とは言え、現在ここに捕らえられている人間が恐怖を覚えることはないだろうけど。
この場所には現在、俺達が捕らえた檻の構成員のみが捕らえられているのだが......彼らは俺の魔法によって意識が無い状態なので、この劣悪な環境も気にしてはいないだろう。
まぁ、これから意識を取り戻したとしても......そんな悠長なことを言っている余裕はないかもしれないけど......。
間違いなくこのまま寝ている方が彼らにとっては幸せだろうね。

「申し訳ありません。レギ殿、ケイ殿。このような場所までご足労いただきまして......。」

「いえ、お気になさらないでください。元々私達が捕らえた相手ですし、起こさないことには話にならないですからね。」

「ありがとうございます。しかしこの......寝かせておく魔道具ですか......捕らえておくということに関しては類を見ない便利さですね。食事をさせる必要もないとは......。」

「お力になれた様で幸いです。」

「こういった魔道具はグラニダにはあまり存在しないのですが......皆様と関わられたカザン様は魔術師の育成にも力を入れそうですね。」

「魔道具は皆の生活も豊かになります。カザン様が興味を持つのは悪いことではないと思います。」

レギさんの言葉に軽く頷いたトールキン衛士長が牢屋の前で立ち止まる。
牢の中にいるのは......アザルか。

「アザルだけ起こせばいいのですか?」

「いえ、何度もご足労願う訳にもまいりませんので、今日、全員起こしてもらえますか?」

「よろしいのですか?」

「はい、これ以上お手を煩わせるわけにはいきませんので。」

トールキン衛士長がそう言うなら全員の弱体を解除するか......。
不安だからとトールキン衛士長に任せないというのは......侮っているとも取れる......それは、グラニダを信用していないと言っているようなものだ。
俺は魔法を解除してアザルの意識が戻るようにする。
手の中には魔道具を持っているのでトールキン衛士長には魔道具を使ったように見えたはずだ。

「これで意識は戻ります。他の捕虜も解除していくので案内してもらってもいいですか?」

「ありがとうございます、ケイ殿。ではこちらの者に案内させます......案内を頼む。それと今まで以上に警戒を厳重にしろ。」

「はっ!それではケイ様、こちらです。」

トールキン衛士長の言葉に牢の前に立っていた兵士さんが敬礼を返し、案内を始めてくれる。

「よろしくお願いします。」

俺は案内してくれる兵士の方に頭を下げる。
本来は弱体魔法を解除するのに傍に行く必要は無いけど、まぁこれも大事な仕事だ。
しっかりと役をこなすとしよう。
俺はトールキン衛士長とレギさんと別れ、案内してくれる方の後ろに着いて行った。



View of レギ

ケイを見送った後、俺とトールキン衛士長はアザルの入れられている牢に入る。
手枷に足枷......武装も解除されている以上、いくら腕利きとは言えどうすることも出来ないだろう。
ここに転がされているのがケイだったらこの程度の枷......この程度というにはかなりごつい代物ではあるが......何の役にも立たないだろうな。
まぁ、強化魔法を掛けてもらっている俺もこのくらいの枷は壊すことが出来そうだが。
どう考えても人間離れしちまっているな。

「すぐには意識を取り戻さないようですね。」

「そうですな。とは言え、個人差はありますが、そこまで時間を置かずに目を覚ますはずです。」

トールキン衛士長は油断のない目でアザルの事を見ている。
俺は出入り口の傍に立ち二人の様子を......なるほど。

「狸寝入りは必要ない。アザル。」

「......ちっ、なんだてめぇは?」

体を起こしたアザルが早速悪態をつく。
やはり既に目が覚めていたようだな......。
身体をほぐす様に首を回して目を開くアザル......その目は捕らえられ手足を拘束されている人物がするような目ではない......。

「状況は理解しているか?」

「あぁ?俺が質問してやっているんだ、無い頭を捻って答えろよ。それとも名前も言えないのか?」

「檻について貴様の知っている全てを教えろ。」

「......そりゃ何の冗談だ?俺は今この檻の中で目が覚めたばかりだぞ?何も知らねぇよ。」

馬鹿にしたような笑みを浮かべながら惚けるアザル。
そして相手の言葉に全く取り合わないトールキン衛士長。
まずはお互い挨拶といった所か......ここまで相手の事も自分の事も無視した自己紹介もないな。

「何故貴様たちはカザン様達を狙う。」

「どいつもこいつも会話する脳がねぇのかよ?俺が、聞いてんのは、てめぇの、名前だよ!」

トールキン衛士長もまともな返答があるとは考えていないだろうが......この状況でその態度を貫けるアザルも相当な豪胆さだな......。

「何故グラニダを狙った。」

「な、ま、え、だ!」

アザルのこれは絶対に折れないという意思表示なのだろう。
恐ろしいまでの意志の強さだと言える。
しかし、どちらも絶対に譲る気は無さそうだ。
元よりひんやりとしている牢の中がさらに冷え込んでいく。

「「......。」」

お互い口に出すことを止めて睨み合っている。
ちりちりと緊張感が高まるのを感じる......と、そこでアザルが徐に俺の方を見る。

「おい、禿。こいつの名前を教えろ。」

よし、ころ......いや、違う。
俺が取り合う必要は無い。
俺がそう考えた瞬間、トールキン衛士長がつま先をアザルに叩き込む。

「どこを見ている。貴様が話す相手は私だけだ。」

「げほっ......名前を......いう気に......なったか?」

「状況は理解しているか?」

「......。」

「檻について貴様の知っている事を全て教えろ。」

......どうやら質問が最初に戻ったようだな。
それをアザルも理解したようで、先ほどまでの相手を見下すような表情から一遍して苦々しい表情へと変わる。
その表情を見下ろしながら淡々と先ほどと同じ言葉で、同じ順序で質問を繰り返したトールキン衛士長。
先程までと違い表情を消したアザル兵士長はその問いに何も答えず......トールキン衛士長が再びつま先を腹にねじ込むまで微動だにしなかった。
トールキン衛士長の質問が三周目に突入した所で足音が聞こえて来た。
どうやらケイが全員分の魔法を解除して戻ってきたようだな。
ケイが牢の前で足を止め表情を変えずに牢の中を見る。
ケイもそんな表情が出来るようになったんだな......昔から物怖じしない奴ではあったかが、こういったものはあまり得意ではなさそうだったんだがな。
......いや、今でも得意なわけでは無いか。
表情を消しているのがいい証拠だろう。

「てめぇは......そうか、ここは......ちっ、外の人間といいながらしっかり通じてやがったか......。」

ケイの顔を見て反応したアザルに対し、丁度質問が一周したらしいトールキン衛士長が三度つま先をねじ込む。
せき込むアザルを尻目に振り返ったトールキン衛士長はこちらに......出入口に近づいてくる。

「お互い、挨拶はこのくらいでいいだろう。」

背中越しにアザルに対して一言だけ新しい言葉を発するトールキン衛士長。
どうやら今日はこれで終わりのようだな。
俺はトールキン衛士長に先んじて牢の外に出る。
最後にちらっとアザルの表情が見えたが......何を考えているのか......その透明な表情からは何も読み取ることが出来なかった。

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